2.3


 なるべく同胞の気分を害さないように気をつけながら、船で丸二日。ディーアギス大国の港に着いた。隣の貨物室から人の気配がなくなるまで待ち、フリッカも下船する。ローブと小さい鞄は独り立ちする一族の族長が用意するようで、ひとまずは安心だ。

「ちょっと寒いかも……」

 港を抜けていく海風に肩を縮こませながら、まずは宿屋を捜した。そうして拠点を構えてから暮らす部屋を捜そうとしていたのだが。

「ここもダメか……」

 港から近い宿屋は、同胞達が泊まっていた。気分を害してはいけないと、同胞の姿を見つけたら他へ行く。そうしている間に、港からどんどん離れていった。

 何もないただ幅が広いだけの道に出ると、道標に「左・四番街」「右・三番街」と書かれていた。港のある街が三番街のようだ。

「確か、一度目のときは……」

 脱獄した一度目、上空から街の様子を確認した。左よりも右の方が大きくて土地の広い家々が建っていたはず。

「あの人は、貴族……かな」

 一度目の人生でフリッカに人の心を取り戻させてくれたノエル。今思い出しても、全体的な雰囲気に気品のようなものがあった。考え方も、街の人たちとは違っていたのだから、どう考えても貴族だろう。

 一度目の人生で世話になった、ドッドファール伯爵も、伯爵というからには貴族だ。しかし比べてしまうのも烏滸がましいほど、ノエルは優しい心を持っていた。

「できれば会いたいけど……」

 精霊魔法を私利私欲のために使い、魔物を生み出していたかもしれない。恐らくそれが収監された罪。一度目の最後では実際に生み出した末に処刑されたのだが、だからこそ、出会えた。本来ならば出会うはずもない人だろう。

「縁が、縁があったら……きっと、また会えるはず。今は、自分の身の丈に合った生活を送ろう」

 四番街ならば同胞もいないだろうと判断し、フリッカはまず宿屋を捜すことにした。

 宿屋は無事に見つかり、拠点を決めることができた。宿賃を払えたのはリレイオのおかげだと感謝する。

 そして二日ぶりに、揺れない寝台で夜を明かした。



 目を覚ましたフリッカがまず考えることは、何をして一人暮らしをするか、ということだ。十六歳から二十一歳の誕生日を迎えるまで、自力で生活しなければいけない。

 今はまだ、リレイオのおかげで宿屋に泊まれているが、いずれ資金も尽きる。それに宿屋よりも自宅の方が割安になるはず。しかしそのためには、仕事をして稼がないといけない。

「わたしにできることって、なんだろう」

 誰しも最初は、初めてやることばかりだ。とはいえ、各々少し得意なことがある。その得意なことで仕事ができればいい。

「わたしが得意なこと……」

 フリッカは、十年間収監されていた。その間に魔術講義は受けたが、それだけだ。魔力は絶大だが、それで何ができるのか。

「お前、やんのかこらあ!」「良い度胸だ、受けて立つ!」

 ガシャーンと何かが割れる音がして、びっくりしたフリッカは窓の下を覗く。すると朝まで酒を呑んでいたのか、赤ら顔の男二人がへろへろの拳で殴り合っていた。

 一度目の人生の死ぬ間際を思い出し、自分の身を守るように腕を抱く。

「もう、あんな思いはしたくない」

 一度目の人生で、フリッカは相当驕っていた。自分一人で全てできると思い込んでいて、男と女の力の差を目の当たりにしたのだ。しかも、十年間太陽の光を浴びていなかったせいか、フリッカは平均よりも背が小さい。さらに力の差が出てしまう。

 一度目のときは、様々な油断が死に繋がった。

「まだ死にたくない。今回は、きちんと備えておこう」

 やることを決めたフリッカは宿屋の主人に道具屋を聞き、そこへ向かって筆記具と紙を買った。四番街ではあまり需要がないらしく割高だったが、身を守るためには必要だ。

「どんなときでも精霊魔法を使えるようにしなくちゃいけないから……」

 簡単に、且つ迅速に精霊魔法を発動できるように、フリッカはまず買ってきた紙を全て手の平ぐらいの大きさに切った。そしてそれらを四つに分ける。

「精霊様の名前を入れてもいいと思うけど、それだと文字が多いんだよね」

 収監されている間、魔術講義を受けるにあたり文字の読み書きはできるようになっていた。しかし書き慣れてはいないため、一文字が大きくなる。小さな紙に複数の文字は書きづらい。水属性の精霊なんて、六文字もあるのだ。ヴァッテンという綴りを手の平大の紙に書けない。

「ヴァッ、ヴァテン……あぁもう無理ぃ……」

 何度か試してみたが、貴重な紙を無駄にするばかり。効力は同じだろうと、フリッカは精霊の頭文字「E」「V」「J」「L」と一文字ずつ書くことにした。そして紙を無駄にしないように、失敗した紙の裏に「V」と書いて水を出し、桶に溜めておく。精霊魔法を発動させた紙は、水に溶けるようにして消滅した。そんな光景を見ながら、フリッカは頷く。

「良い感じ。これなら、いざというときにすぐに精霊魔法を出せるかも。どうせなら名前もつけておこうかな。簡単に魔法を使える紙……簡易魔法紙パラーマイスカ!」

 こうして、あらかじめ魔力を注いでおくことですぐに精霊魔法を発動できる画期的なものを生み出してしまった。それがいかに貴重なものであるか、結局は両手を塞がれてしまうと効力を発揮しないということに、フリッカは気づかない。


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