1.5
魔術師を馬鹿にされて苛立っていたフリッカは、十七歳になるころにはすっかり変わってしまっていた。精霊魔法を使うのはドッドファール伯爵に仕事を依頼されたときのみ。その仕事だって、依頼された相手を公衆の面前で転倒させたり、不倫を暴いたりするだけだ。人の命に関わるようなことはしなかった。
寝て、食べて、仕事をして、遊んで。自分がやりたいことを、自分の気が済むまでやっていた。なんて素晴らしい生活なのだろう。
そんな風に思っていたフリッカは、自分なら何でもできると驕っていた。四属性の精霊魔法を使えるし、他の魔術師たちのように詠唱に時間もかからない。だから何があっても一人で切り抜けられると。
「ちょっと、どこまで行くの」
遊びの最中、街で男四人に声をかけられた。楽しい遊びを紹介すると言われて路地裏までついていったのだが、表の店が何軒も並ぶ華やかさと比べると路地裏は湿っぽくて薄暗い。誘ってきたくせに何も話さない四人は、くるりと振り返った。そしてフリッカの両腕と両手を二人が拘束し、一人が表通りを見張る。両手は手の平に空気を入れられないほど密着して握り込まれていた。そして残りの一人が、ゆっくりと近づいてフリッカの服の裾から手を入れてくる。
「ひっ」
「極悪魔女様も、可愛らしい声が出るんだな」
「な、何をする気!? それ以上、その汚い手でわたしに触れないで!」
目の前の男を蹴り上げようとしたが、身長差と両腕を拘束されていたため、逆に片足を持たれてしまった。
「ちょっと、お転婆がすぎるな? 極悪魔女様。あんたが暴れたって、俺らの家が貴族社会で生きていけなくなった事実は変わらねえんだ。だったら、わかるよな?」
「は、離しなさい! わたしを誰だと思っているの!? わたしは」
「四属性を扱える、希少な極悪魔女だろ? 知ってんだぜ。どんなすごい魔女だろうと両手が使えないと力を発揮できないんだろ?」
「なっ……なんで、それを」
「あんた、同族からも嫌われているんだな? ルヴィンナっていう魔女から、あんたを再起不能にしてやれって依頼を受けた」
「はぁ!? ルヴィンナ!?」
「かーわいそうになあ? 人の心を考えないで好き勝手やっているから、こういう目に遭うんだ。恨むなら、自分の過去の行いを恨むんだな」
男が、フリッカの服の裾を持ち上げる。片足で立った状態でどうすることもできず、両手に空気――精霊魔法の力を溜める空間が確保できないから、一属性の単発攻撃も当てることができない。
万事休す、と思って目をぎゅっと瞑ると、急に拘束されていた体が軽くなった。反撃のチャンスと火と風の力を両手に溜める。しかし目を開けた先にいたのは、金を払ってでもフリッカの椅子になりたいと志願してきた男だった。フリッカの周囲にいた男四人は気絶している。
特殊な嗜好の持ち主だが城で働く兵士で悪い奴ではないと知っていたため、フリッカは警戒心を解く。
「椅子じゃない。助かったわ」
「フリッカ様が路地に行く姿をお見かけしたので……」
「そう。それならもっと早く来なさいよ。もう少しでわたしの柔肌が汚れるところだったわ」
椅子志願者の男の横を通り過ぎようとしたとき、腕を掴まれた。
「わたしの許可なくなにを……」
振り返ると、男は控えめに言ってもやばそうな息づかいになっていた。そして男の目線の先は、捲れたままの服の裾。フリッカの腹が見えている。
「え、嘘でしょ、まさか……」
「フリッカ様の柔肌、フリッカ様の柔肌、フリッカ様の柔肌、フリッカ様の柔肌、フリッカ様の柔肌……」
男の目が血走っている。正常な状態ではないということは明らかだ。急に気持ち悪くなって、フリッカは男の手を振り払う。
「椅子。あなた何様のつもり? 椅子ごときがわたしの肌に触れようだなんて」
言いつつ、フリッカは思わず後ずさりする。男はフリッカを追いかけてくるし、倒れていた四人組の暴漢らも意識を取り戻しかけていた。このままでは自分の命すら危ないと危険を察知し、フリッカは体内の魔力を両手と息に集中させる。そして火、水、風の精霊魔力を口の前で練り上げた。
「死になさい!」
明確な意思を持って、男達に向けて溶岩を発射した。
「あぁぁぁぁあああぁぁっ」「あづいぃぃいぃ」
男達の断末魔の叫び声が路地裏に響く。
「フディッガざまぁぁぁぁ」
叫びながら近づいてきた男から素早く離れる。
「ぁぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁああ」
男達は全員、原型がわからなくなるぐらいに燃え尽きた。
これまで、フリッカは誰も殺さないようにしてきた。それは、両親が死ぬときに何もできなかった自分を恥じたから。力を手に入れても野鳥を守れなかったから。
そんな無力感を、他の誰かに感じさせたくなかったから。
(こ、これは自分の命を守るためにしたことで……)
死ぬ直前までフリッカに近づこうとしていた男の手が、自分が人を殺してしまったのだと実感させる。
「っ」
路地裏に、誰かが入ってくる気配がした。思わず物陰に隠れてしまってから、自分は決して悪くない。命を守るための行動だったと言い聞かせ、立ち上がる。
堂々としていればいい。そう思いながら、路地裏を抜ける。
「っ!!」
表にいた人たちが、一斉にフリッカを見た。そんなことはあるわけもないのだが、精神状態が普通ではないフリッカには、全人類が自分を責めているように感じた。
「わたしは悪くない!!」
精神に異常をきたしていたフリッカは、街の人たちに向けていくつもの精霊魔法を放った。それは水針だったり、火泡だったり、異常成長させた蔓だったり、水分を奪って干からびさせたりと様々だ。血を流してどこかに駆けていく人、火傷を負っている人、空中で蔓に巻きつかれている人、乾いた声で何か言っている人々。
被害を免れた人は逃げ惑い、知り合いが被害者の人は泣きわめく。そんな人たちを見てさらに異常な精神の高ぶりを感じたフリッカは、すぐ近くにいた死体に四属性分の魔力を注ぐ。すると死体はむくりと起き上がり、死んだ状態のまま街を徘徊し始めた。
「あはははっ! もう、何もかもどうでもいいわ!! みんな、消えてしまえばいい!!」
四属性の魔力を一つの渦に練り上げ、そこら中の死体に放つ。その死体がのっそりと起き上がる頃、厳つい体つきの男達がやってきた。
「デューダンデ!? どうして街中に……っ!」
驚くのも束の間、男達はフリッカが生み出したデューダンデをを切り伏せていく。しかし元々が死体だ。何度切っても、むくりと起き上がる。
箍が外れてしまったフリッカは自分が作り出したデューダンデたちが心置きなく戦えるように、次々と数を増やしていく。
「あはははっ。もっと! もっとよ!! わたしを責める全ての人間たちを殺しなさい!!」
四属性の魔力渦を四方八方に飛ばす。そんな派手なことをしていれば目立ってしまうのだが、理性が残っていないフリッカにはそんな考えも及ばない。
ただ自分の欲のために。ただ自分がしたことの正当性のために。フリッカは、莫大な魔力を放出し続けた。
そんなフリッカの目の前で、作り出したデューダンデが何かをかけられ霧散する。
「なにをする、の……」
目の前のことに集中しすぎていた。フリッカは、首に何か刺さったと感じた瞬間猛烈な睡魔に襲われる。目を開けられないほどの強烈な眠気で、フリッカは意識を失うようにして倒れた。
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