1.4
港がある街を境に、左右で建物の様子が変わっていた。フリッカから見て左、エイクエア諸島に近い方は全体的に家が小さかったり密集していたりする。反対の右、ディーアギス大国からさらに奥の大陸に近い方は大きな家が広い土地に建てられていた。
(……大きい家の方が、住みやすそうね)
ディーアギス大国は貴族がいる国である。大きい家ということは貴族が住んでいるのだが、そんなことはフリッカには関係ない。十年間収監されていたのだ。大きい家は広いだろうという憧れがある。
(一番大きいのは、あの尖っているやつかしら)
どうせなら一番広い場所に住みたい。そう思ったフリッカは、ディーアギス大国の一番右にある城へ向かった。
自分の住む場所だからなるべく壊さないようにしよう。そう思って着地したのは、何人もの兵士が武器を持っている広場。
「な、何だ!?」
「人が、上から降ってきた!?」
「女、か? それにしちゃあ、ちーっとばかし……」
フリッカの容姿について何か言おうとしていた兵士の、頭を目がけて水針を放つ。カーンと音がしたと思ったら、ひっくり返った兜が地面でクルクルと回っていた。
「わたしは住む場所を捜している。ここの族長は誰?」
「族長?」「さっきの見たか?」「あいつは魔術師なのか」「冷たい視線がいい……」「エイクエア自治区から何か連絡はあったか」
兵士がごちゃごちゃと言っている。それがあまりにも騒々しくて、黙らせるためにもう一度水針を打つ。
カーンと音を出して飛んでいった兜が、身なりの整った男の手に届く。その瞬間、この場にいた兵士全てが畏まり、男に頭を下げた。
(この人が族長ね)
一族を束ねる族長から許可が出れば暮らしやすいだろうと思い、男に近づく。しかし男の目線が大分下の方へ向けられている。十年間の収監生活で見下ろされることに苛立ちを覚えていたフリッカは、土と風の力を両手に宿し男に向けて放つ。
男は足払いをされたかのように転んだ。ドデンと重たそうな音を確認するや否やフリッカは自分の足下に火と風の力の渦を作り、瞬時に男との距離を詰める。そしてすぐには起き上がれないように男の腹の上に足を組んで座った。膨らんだ腹は、座り続けるのは少し難しい。
「今の、見えたか?」「ドッドファール伯爵の上に座るなんて」「羨ましい……」「あの子、終わったな」「おい、誰か騎士団長を呼んでこい」
兵士達がざわめく中、フリッカの椅子となっているドッドファール伯爵が薄い髪の毛をかき上げるために腕を動かす。その際少し体勢を崩してしまったが、どうにか持ちこたえた。
「私は王家から魔術師の管理を任されているのだが、初めて見る顔だ。お前、名は何と申す?」
「フリッカ・サージュよ」
「なるほど。ではフリッカ、一つ質問する。お前はなぜ私の上に乗っている?」
「あなたがここの族長でしょう? わたし、住む場所を捜しているの。広いところがいいと思ってここへ来たのだけれど、わたしの部屋はどこかしら」
「族長って、偉い人ってことか?」「なぜ自分の部屋があること前提?」「座られてみたい……」「ここが城だって事知らないのか」「魔術師は変わってるな」
兵士達はずっとフリッカたちの様子を観察しているが、だれもドッドファール伯爵を助けようとしない。そのことが彼の怒りに触れたのか、フリッカに下敷きにされてたままのドッドファール伯爵が急に立ち上がった。
思わず尻餅をついてしまったフリッカに、何人かの兵士が駆け寄ろうとした。しかしドッドファール伯爵の一睨みで、その足を止める。
「フリッカ・サージュ。そうか、思い出したぞ。四属性を扱える希少な魔術師だな。わかった。住む場所を捜しているのなら私の家に来るがいい」
「ここじゃないのかしら」
「ここは城だ。王家の居住区であり、議会の場でもある。そんな場所に魔術師ごときが住めるわけがないだろう」
魔術師を馬鹿にされたことに怒り、フリッカは水針をドッドファール伯爵の耳元に打つ。はらり、と何本かの毛が舞う。
「ごめんなさい? わたしの聞き間違いかしら。魔術師、ごとき?」
「い、いや、それはそなたの聞き間違いだ。魔術師様が当家にいらっしゃるなんて実に光栄なことだ」
「そうよねぇ? そう思うならさっさとわたしの部屋に案内しなさい」
「はっ、ただいま」
フリッカの脅しで態度を一変させたドッドファール伯爵は、自分の髪が落ちた周囲を悲しげに見つめる。しかしフリッカと目が合うや否や姿勢を正し、伯爵の家まで案内した。
ドッドファール伯爵の家は、見た目は普通の家という感じだったが中は凄まじい。金色の壺、金色の花瓶、金色の机。さらには玄関から入ってすぐの階段の踊り場には金色の額縁に入れられた伯爵の姿絵がある。思わず今の伯爵と絵の中の伯爵を比べてしまったが、あの絵は何年前のものなのだろうか。
そんなことを考えていると、一人の執事がドッドファール伯爵に近づいてきた。
「下がれ。この方を世話するのはお前よりもこの私がふさわしい。私が指示したらすぐに用意できるようにだけしておけ」
執事に指示を出すと、ドッドファール伯爵は満面の笑みを浮かべ、両手を擦りながらフリッカに話しかけてきた。
「さ、フリッカ様におかれましては当家でゆっくりとしていただきたく、部屋を用意いたします。準備が整うまでこちらの部屋でお待ち下さい」
そう言って案内されたのは、金の装飾にしか目が行かない客間。金の長椅子に腰を降ろすと、ドッドファール伯爵が何か言いたそうにフリッカを見ていた。
「何かしら」
「フリッカ様におかれましては、当家の大切な客人であります。しかしながら、ただお世話するだけですと……」
「面倒ね。はっきりと言いなさい」
「仕事をする上で少々目に余る者がおりまして、その者がいなくなればフリッカ様に最上の贅沢をして頂けるようになるのですが……」
「ふぅーん。それで、そいつをどうしたいのかしら。人殺しにはなりたくないのだけれど」
「い、いいえっ。まさか、殺すだなんて……ただ、貴族というのは名誉を重んじる生き物でございます。恥を嫌うのです。ですので、貴族社会で生きていけないようにして頂くだけでよいのです」
「なるほどね。わかったわ。部屋を提供してくれるのだもの。少しぐらい協力をしないとね?」
フリッカは怪しげに微笑みながら、ドッドファール伯爵と標的について話しあった。
ディーアギス大国での居住地を確保したフリッカは、その見返りとしてドッドファール伯爵が願う通りに上位の貴族を失墜させていった。その度に伯爵からは報奨金をもらったし、お菓子を食べたい、あれがしたいという要望がほとんど叶った。
唯一、鳥を飼いたいという要望だけは叶わない。子供のころの恨みから、目に入る鳥は全て焼き鳥にして食べてしまうのだそう。家族をそんな目に遭わせるわけにはいかないため、諦めた。
ドッドファール伯爵が望む相手を失墜させればいくらでも金が手に入ったし、その金で街中を遊び回った。エイクエア諸島では決して出会えなかった遊び、食べ物、娯楽の数々。街で出会う人の中には変わった嗜好の持ち主もいて、わざわざフリッカに金を払ってまでフリッカの椅子になりたいという人物もいた。
(楽しい! なんて楽しいのかしら!!)
住むところにも食べ物にも困らず、衣装だって金だって、フリッカが望めばすぐに手に入る。まるで世界が自分中心に回っているようで、フリッカは有頂天になっていた。
街中でときどき、リレイオを見かけた。いつもルヴィンナが一緒だったし、自由を手にしたフリッカには二人の関係なんて興味もない。自分の生活を邪魔しなければ、それで良かった。
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