1.3

(あと、七日後)

 十五歳の誕生日をリレイオに祝われてから、フリッカは壁に自分の爪で棒を彫ってきた。縦に四本、斜めに一本。五本で一組の棒を彫り、慣習が行われるかもしれない可能性にかける。

 一本、また一本と増えていく棒が、残り一本となった。

 慣習の通りならば、フリッカは明日牢から出されるだろう。しかし前日である今日何もなければ、収監者は慣習の適用外なのかもしれない。

 朝食、昼食とリレイオが持ってきていたが、特に話はなかった。フリッカは収監されている身。下手に話題を振って脱獄するかもしれないと思わせてはいけない。そう考えて、あえて聞かなかった。

 そして、夕食の時間。無視をすると決めてから、講義の時間以外は食事を置いてすぐに立ち去っていたリレイオが、足を止めた。

「明日、フリッカは十六歳になる。収監された六歳の頃と違ってずっと魔術講義を受けてきて、フリッカも精霊魔法のことがわかったと思う。よって、族長達の話し合いの結果、フリッカも慣習通りディーアギス大国へ行くことになった」

 フリッカは話を聞き、小さく拳を握る。まだリレイオが明日の諸注意を話しているが、フリッカは全く聞いていなかった。

(明日、わたしは自由になるんだわ! 魔力封じも外されるし、何をしようかしら……)

 明日からの生活に心を躍らせていると、リレイオが大仰なため息をついた。

「……フリッカ。聞いているのか」

 問われたって、答えない。リレイオのことは無視すると決めているのだ。

 フリッカの頑なな態度にリレイオはもう一度ため息をつくと、牢から出ていった。

(やっと行った。もうリレイオの小言を聞かなくていいなんて、清々するわ)

 明日から自由。ただそれだけで心が弾む。六歳のころから収監され、十年間。ずっと牢屋の中だったのだ。しかもフリッカが収監されたのはフェンゲルドムの最深部。

 精霊魔法とはなんたるやと講義を受け、知識がついた。成長する体に合わせて魔力封じの腕輪は大きくなっている。精霊魔法を使えない分、ずっと頭の中で想像していた。魔力の増やし方だってずっとやってきて、外に放出できない魔力の最大値はかなり上がっているだろう。

 鉄格子の反対側にある篝火を見る。明かりは全て火の精霊魔法を使う。だから代わりの火種を使わなくても燃え続ける。

(燃えなさい)

 念じると、篝火の炎がボオッと威力を増した。しかし直接魔力を送っている訳ではないため、篝火の大きさはすぐに元通りになる。

(ふふっ。明日は誰が来てくれるのかしら。というか、リレイオに来て欲しい。そうしたら、ぴーちゃんの復讐がてら外へ行けるもの)

 自由に空へ羽ばたけることを思いながら、念入りに準備を進める。鉄格子の上下の根元を見つめ、表面の土を柔らかくしておく。さらに牢屋の出口付近の土も衝撃が加わったらすぐに変化するように水の精霊魔法をしかけておいた。

(さぁ、これで準備万端ね)

 ふふふと笑うフリッカの口元は怪しく歪んでいた。



 翌日。フリッカは十六歳の誕生日を迎えた。

 フリッカの希望通り、魔力封じの腕輪を外すのはリレイオが担当するようだ。今も解除しながら何か言っているが、聞く耳を持たない。

 そして十年間フリッカの魔力を封じていた腕輪が外された。その瞬間、ぶわっと全身を何かが駆け抜けていく。力が戻ってきたことを体感し、フリッカは何度か手を握ったり開いたりしている。

「フリッカ、聞いているか。これから九の月の後半に誕生日を迎える同胞と一緒に船に乗る。魔力を封じて十年だからな。すぐには精霊魔法を使う感覚が掴めないと思う。船に乗っている間に講義の内容を思い出してすんだ」

 フリッカに無視されることはもう慣れてしまったのだろう。特に相槌をしていないのにリレイオが鉄格子の扉を開く。

(今だ!)

 フリッカが鉄格子を蹴った瞬間、それらはリレイオめがけて倒れていく。

「何だ!?」

 一本の鉄格子が地面に倒れ、リレイオが立っていた場所が湿地に変わった。ガランガランと音を立て、残りの鉄格子も倒れてリレイオの動きを鈍らせる。ずぶずぶと体が沈み、リレイオは上半身しか出ていない状態になった。

「エルド様に願い出る! 土を乾か」

「遅いわね」

 詠唱を始めたリレイオをあざ笑うかのように、フリッカは右手に火を、左手に風を纏わせる。そして両手を合わせ、上昇気流を発生させた。急激な上昇に合わせて水と風の精霊魔法を凝縮させて細い棒状にし、上方へ投げる。

「貫きなさい!!」

 凝縮された水流は何層もの土天井をぶち抜いていた。そしてそのすぐ後を、上昇気流に乗ったフリッカが突き抜けていく。

 堅牢とされていたフェンゲルドムの牢屋は、最深部まで日の光が届くようになった。しかしすぐに上昇気流の影響で雨が降る。その雨は、フリッカが移動した後を追うように海に注がれた。

 エイクエア諸島は魔術師が暮らす島。しかし十人の族長ですら、ギリギリ三属性を使える程度。だから火と風の精霊の力を借りて飛ぶ行為は、人によっては半日寝込む程の魔力を消費する。

 しかしフリッカは元々四属性使えただけでなく、十年間魔力を溜め続けた。その結果、全く疲れずに連続で精霊魔法を使ええてしまう。ましてや、ずっと頭の中で精霊魔法の使い方を考えてきたのだ。上昇気流を作る精霊魔法を応用して、浮いている自分の体を水平に移動させることもできる。

 収監された六歳のころに周辺の地理なんてわからず、十年間魔術講義だけされていた。独り立ちする前の国として選ばれるくらいだ。エイクエア諸島から一番近いのだろう。

 そんな予測をし、フリッカはひとまずディーアギス大国を目指す。

 ぼんやりと陸地のようなものが見えてきて、ここが目的地かと上空から街の様子を探る。

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