1.6


「極悪魔女を焼き殺せ!」「極悪魔女に天の裁きを!」「全ての魔術師を皆殺しだ!」

(……うるさいわね)

 まだ頭がぼんやりとするフリッカは、静かに寝ていられない周囲の騒音で意識を取り戻す。しかしまるで両腕をずっと上げていたかのように両肩がだるいし、手には手袋をはめられている。さらに、足は木に縛りつけられていた。

 頭を何度か振って意識をはっきりさせたフリッカは、自分が身動きできないような状態に拘束されていることを知る。そして足下にはよく燃えそうな、乾燥した草の束。すぐ近くに松明を持った青年と、その青年と同じ腕章を着けた厳つい男が数人と、髪を一つにまとめた女性が一人。青年の部下だろうか。

 少し離れた場所には、今にも台に上ってきそうな、憤怒の表情を浮かべる街の人々がいた。

(あぁ、そうか。わたしは、処刑されるのね)

 街を混乱に陥れ、何人もの人を死に追いやった。そればかりではなく、命を奪ってしまった人を自分の手駒にして動かした。情状酌量の余地はない。

 松明を持った青年が、フリッカに近づく。そしてまるでフリッカを安心させるかのように、ふわりと微笑む。

「ノエル・フォレットだ。貴女の名前を教えてもらえるだろうか」

「……フリッカ・サージュ」

「街に魔物がいた関係で、僕が貴女の処刑を執行する。その前に、何か言いたいことはあるかい」

 ノエルがフリッカに問う間も、街の人々は極悪魔女を殺せと叫び、いくつも石を投げつけてきた。しかしそのどれもが、ノエルや彼と同じ紋章をつけた部下達が弾いている。

 太陽に照らされてきらりと光る金髪のノエルは、街の人々へ説く。

「死は、全ての者に平等でなければいけない!」

「極悪魔女のせいで、子供が殺されたんだ! 平等な死なんてあり得ない」

「「そうだ、そうだ!」」

 誰かの叫びに呼応するように、街の人々が叫ぶ。そして、また石を投げてくる。フリッカだけではなく、ノエルにも悪意が向けられていた。その内の一つを、ノエルがあえて受ける。人々がどよめいた。

「確かに、フリッカ・サージュは罪を犯した。しかしどんな大罪人であろうとも、人である限り、その死は平等であるべきだ」

「うっせーな! 綺麗事をぬかしてんじゃねーよ!」

「極悪魔女に娘を殺されたんだ。平等の死なんてあり得ない!」

 また、街の人々が石を投げた。また石を弾こうとした部下を止め、ノエルは全ての怒りをその身に受ける。

(このままじゃ、この人が……)

 何人も殺してしまった後で心配するのも烏滸がましいが、ノエルはフリッカの意思を尊重してくれている。フリッカを、人として見てくれているのだ。忘れてしまっていた、人の心を取り戻させてくれた。そんな恩人が、フリッカを守るために怪我をして良いはずがない。

 フリッカは目を閉じ、体内で四属性の魔力を練り上げる。落ち着いていれば、フリッカにしかできない方法で精霊魔法を使える。

 フリッカの目の前に立ち、人々の攻撃からフリッカを守ってくれているノエルを見た。

(超回復)

 ノエルに回復効果のある精霊魔法をかけると、驚いたように振り返った。

「両手を拘束していても、魔法が使えるのかい?」

 答えはイエス。ただし、周囲の様子がわかるぐらいに冷静な場合に限る。しかしここで答えてしまったら、危険な存在としてすぐに処刑されてしまうかもしれない。

(……いや、わかっている。この人は、そんなことをするような人じゃない)

 フリッカは、もっとノエルと話していたかった。極悪魔女と言われても、街の人々から守ってくれているノエルと。

「フリッカ!!」

 聞こえてきたのは、リレイオの声。今にも台に上ってきそうな彼を、ルヴィンナや他の男たちが抑えている。

 ルヴィンナを見た瞬間、憎悪の念が生まれた。


 ――ナンデ、ワタシヲ襲エト依頼シタノ?


 そんな疑問は、すぐにどうでも良くなる。

「知り合いかい? 少しの時間なら話せるようにできるよ」

 ノエルの問いに、フリッカは首を振って答える。今まで恋愛感情なんてわからなかったのに、唐突に思ってしまったのだ。

 ノエルに、憎悪に歪んだ顔を見られたくないと。

 フリッカの名前を呼んだのはリレイオだ。リレイオは、もしかしたら何か話したいのかもしれない。しかし収監されているときにずっとルヴィンナの想いを聞かされているのだ。ルヴィンナが一緒に来ないはずがない。

「人を殺すという罪を背負わせてしまってごめんなさい。わたしを、処刑してください」

「ノエル・フォレットの名の元に、フリッカ・サージュを火刑とする」

 決意の目を見たノエルは、松明の火を草の束へ向ける。ノエルが数歩下がると、ボオッと瞬く間に燃え上がり、炎がフリッカを包む。

(ありがとう、わたしの意思を尊重してくれて。どうか、あなたの未来に幸福がありますように)

「コほっ、ごほっ」

 喉が焼ける。肺が燃える。肌が焦げる。それでもフリッカは、死ぬ最後の瞬間までノエルを目に焼きつけておきたかった。フリッカの死を、最後まで見届けてくれる心優しき男性を。

(あぁ……もし生まれ変われるなら、次は、普通の人生を送れたらいいな……)

 こうして、史上初の四属性の精霊魔法を使う魔術師、フリッカ・サージュは、十七歳という短い生涯を終えた。


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