1.1

「ぴーちゃん! いやだよ、しなないで」

 目の前で息絶えた野鳥を見たフリッカ・サージュは、二年前の事故を思い出した。自分を抱きしめながら死んでいった父。愛しているよと死ぬ直前まで囁いてくれていた父。そんな父の死を思い出し、銀灰色の瞳に浮かべた涙を拭い、必死に自分の小さな両手を野鳥に向ける。

 六歳になったばかりの小さな両手から、強く白い光が発せられた。赤と青と黒と緑の房が入った白金色の三つ編みが、風を受けたかのようにパタパタと揺れる。しかしすぐに、六つ上の幼馴染みリレイオ・シィルルエによって精霊魔法を無効化されてしまった。

「フリッカ。生き物は死んだら生き返らない。倫理的にも死者は生き返らせてはいけない。無駄なことは止めた方がいい」

「いやだっ! リレイオだって、いっしょに、ほごしてくれたじゃん!」

 父が死に、母も父の後を追うように死んでしまったフリッカは、父の兄である伯父に引き取られた。そしてその伯父の娘、フリッカにとっては従姉妹になるルヴィンナとは折り合いが悪く、その婚約者のリレイオと遊ぶことが多い。目の前で息絶えた野鳥も、そのときに保護した。

 家族のように野鳥と過ごしていたフリッカが、目の前で死に行く家族を見過ごせるわけがない。父のときも母のときも、フリッカは何もできなかった。

 フリッカたち魔術師が住むエイクエア諸島でも、幼少期から精霊魔法を使える子供は稀だ。しかしフリッカは自分の無力さが悔しくて、リレイオやルヴィンナ、他の大人達が使う精霊魔法をずっと見ていた。

 そして、未だかつて誰も叶わなかった、火、水、土、風の四属性を使えるようになった。

 四属性を使用した精霊魔法は、いわば全知全能の力。術者が望めば、何でもできてしまう。

 そう。死者蘇生でさえも。

「……わかった。それでフリッカの気が済むなら」

 六歳の子供にはどうせできないだろうと思われたのだろう。もしくは、余りにも必死な姿に好きなだけやらせてやろうと同情されたのかもしれない。

 フリッカはもう、リレイオに止められなかった。だから死んでしまった野鳥に直接触れるぐらい近い場所から、自分の魔力を注ぐ。白く強い光が野鳥を包む。

「ぴーちゃん!?」

 フリッカの願いが通じたのか、死んだはずの野鳥がぴくりと動いた。その後もフリッカが魔力を注ぎ続けた結果、子供の両手に収まるくらいの大きさだった野鳥は、フリッカが見上げてもまだ足りない程の大きさまで膨らんだ。

 家族が生き返った。そんなフリッカの喜びを無視するかのように、リレイオが詠唱を始める。

「ヨド様に願い出る! 魔力太りした魔物未満を処するため、お力をお借りする!」

 詠唱が終わるや否や、元野鳥の大きな鳥の四方に土壁が盛り上がる。

「やめて! やめてよ!! ぴーちゃんが、またしんじゃう!」

 フリッカの訴えは届かず、リレイオの精霊魔法によって大きな鳥は土壁の中に閉じ込められた。

「ぴーちゃん! まっててね、いま、たすけるからね!」

 壁と壁の境目の僅かな隙間から、フリッカは小さな手を伸ばす。しかし届かなかったため、近くに落ちていた石で土壁を削りはじめた。

「フリッカ! やめるんだ! 綻びが出たら……」

「うるさい! わたしは、ぴーちゃんをたすけるんだ!」

 フリッカは、ただ必死に家族を救おうと手を動かす。しかしその先にいるのは家族として共に過ごした野鳥ではない。魔力を過剰に摂取してしまった何かだ。

「魔力太りした生き物は魔物になる可能性がある! その中にいるのは」

「うるさい、うるさい、うるさい! わたしは、ぴーちゃんを、たすけるの!!」

 フリッカが右手で土壁を削りながら、左手で精霊魔法を発動しようとしていた。色は青。土壁に水の精霊魔法を使われてしまうと脆くなる。そのことを、フリッカはまだ知らない。

「ぴーちゃん、まっててね!」

 フリッカの呼びかけに答えるように、閉じ込められた野鳥が暴れる。土壁の上方から、ぱらりと何かが崩れてきた。

「ヨド様に願い出る! 直ちに魔物未満を処する力をお借りする!」

 リレイオが早口で詠唱を行いながら、土壁からフリッカを引き剥がす。そして崩れそうだった土壁は瞬時に硬くなり、閉じ込めていた元野鳥へ倒れていく。そして瓦礫となり、僅かな隙間さえも埋める。

「ぴーちゃん!!」

 駆けだそうとしたフリッカはリレイオに腕を掴まれ、振りきろうと必死になって精霊魔法を使えず、家族が押し潰される光景を目の前で見ているしかできなかった。

「何があった」

 フリッカが呆然としていると、リレイオの父、シィルルエ族の族長がやって来た。その他にも複数の族長がいる。

 腕を掴んでいたリレイオの力が弱まった瞬間、フリッカは駆け出して瓦礫の山へ駆け寄った。そして六歳の小さな手で、野鳥を助け出そうと瓦礫を一つずつ退かしていく。

 唯一の家族を救い出そうとフリッカが必死に手を動かしていると、周囲がどんどん騒がしくなっていた。しかしフリッカはひたすら瓦礫の山を崩していく。

「ぴーちゃん……ぴーちゃん……」

 六歳とは思えない程の集中力で瓦礫に向かうフリッカの背後にシィルルエが近づく。そしてフリッカの腕を取り、小さな両腕に大きな腕輪を着けた。それは瞬時にフリッカの腕の太さに合わせた大きさとなり、両手首を接触させる。

 両手を体の前で拘束されてしまったフリッカは、それでも諦めずに瓦礫を掘る。

「止めなさい、フリッカ・サージュ」

「はなしてっ! わたしが、ぴーちゃんをたすけるの!!」

 フリッカはシィルルエに抱き上げられた。

 無我夢中になって瓦礫を掘っていたフリッカの手は、自身の血で真っ赤に染まっている。集中力が途絶えて痛みを覚えたフリッカは、シィルルエの腕の中で泣き出した。

「いたい……いたいよぉ……」

 わんわんと泣き出すフリッカは、手の痛みと唯一の家族を失ってしまった悲しみで涙が止まらなかった。

 フリッカはまだ六歳。しかし六歳で四属性が使える。今回は家族を救おうとした行動。しかし、他の目的で精霊魔法を使っていたら?

 フリッカ自身が破滅してしまう未来を案じ、シィルルエから話を聞いた、議長であるエネル族長がフリッカの収監を決めた。

 それからフリッカは、まだ六歳であるにも関わらず、フェンゲルドム島の最深部の牢屋へ入れられてしまった。

 議長は、エイクエア諸島で生きる十の部族魔術師の中で唯一の裁量権を持っている。フェンゲルドムの牢屋に入れられるということは、エイクエア諸島では大罪人と同意だった。

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