第七節 悪意
偽りの歴史書――驕り者の著者の書いた「アセルデニヒュト史」のページをさらにめくると、気になる項目が記されていた。それはすなわち「魔物」についてだ。
「――魔物とは、大魔道士クリーズ様の起こされた崩落の跡、地の底から現れた邪悪なるモノたちのことである。彼らに意思はなく、ただひたすらに人を襲った。これらに英雄クリーズ様が立ち向かい、その多くを葬った。だが地の底から湧き出る魔物たちは際限を知らず、とうとう手に負えなくなった。そこで新たに作られたのが〈冒険者〉の役職である。――」
英雄やら何やら、罪なき命を潰しておいて随分な言われようだな。反吐が出る。
魔物とは大方暴発した魔力が結晶化した副産物であろう。どうやら魔法を使わずに倒せるようで、人間が太刀打ちできることにも頷ける。冒険者とは魔物を倒すことを主の目的とした、
そして魔物には動物と同じように種類や種族別に強さがだいたい決まっているようだ。むろん飛び抜けて強い個体というのもいるのだろうが、大抵はランク別に分かりやすく区別することができるようだ。
魔物の素材は希少なものばかりで、高く売れるらしい。故に冒険者は職業として成り立っているようだ。
さらに、未だに魔物は特定の場所から生み出されているらしい。魔物は地下で生まれるようで、魔物の生まれる巣は迷宮のように入り組んだ洞窟だそうだ。魔物の溜め込んだ宝や金目のものが多く手に入るらしく、ダンジョンと呼ばれるそこに宝を目的に潜入する冒険者も多数いるようだ。
もう一つ、興味を惹く記述があった。冒険者ギルドの登録用紙にも記されていて気になっていた、
他にも十数冊読んだあと、知りたいことを満足するほどに頭に入れた私は図書館を出た。この足で依頼を受け、魔物を試しに討伐してみようと思う。冒険者の仕事に慣れることと、今の竜人の体の強さや、弓と双剣の威力を試すことが目的だ。
冒険者ギルドに入り、昼下がりの人の少ないエントランスを右に曲がって掲示板に向かう。昨日見た依頼はなくなっていた。誰かが受けたようだ。
代わりに、私はこの依頼を選んだ。
推奨ランク:F
依頼主:シウサの街の農民
依頼内容:東の農地を荒らすベヌーの討伐
報酬:銀貨二枚
ベヌーとは、冒険者マニュアルで読んで知っている。ヘドロの魔物で、有機物を体内に取り込むのだ。核と呼ばれる心臓に相当する部位を破壊すれば討伐可能なため、比較的初心者向けの魔物と言える、とマニュアルには書いてあった。
依頼の張り紙を持ってカウンターに行き、受注する。
「ご武運をお祈りしております。行ってらっしゃいませ。」
受付嬢はなぜ毎度貼り付けたように同じ笑顔なのだろうか。
シウサの街とはこの町の名だ。東西に広がる農地の東側に向かえば、なるほど数体のヘドロが作物の上に覆いかぶさっていた。しかし、ヘドロの塊を目にしたとき、私ははっとした。
匂いが、あの石像――フローデの匂いに似ている......どういうことだ?これは......?
目を細めてよく観察したとき、気づいた。これらは、憎き
おそらくフローデは敵対するべき魔族がいなくなったため代わりを用意したのだろう。人間は力の均衡を保つためには何かしらに敵対関係を見出さなければならない不器用な種族だ。クリーズの魔力の余りを利用して魔物を造ることくらい、神なのだから容易であろう。
どちらにしろ倒すことには変わりない。私は魔法の矢をつがえ、拡散する様子を想像しながらきりきりと引き絞って放った。思い通り、矢は一瞬で五本に増え、扇状に広がり五体のベヌーを射抜いた。矢の拡散は魔法で行ったが、狙い自体は私の力によるものだ。どうやら百五十万年のブランクがあっても生まれてこの方二千年間磨いてきた能力は衰えてはいないようだ。私は五つの核の残骸を回収し、冒険者ギルドへと戻った。
受付で五つの残骸を提示すると驚かれた。
「ひ、一人でこんなに早く......?」
何がおかしいのだろうか?全盛期の私ならこの半分の時間もかかっていないが。
「あ、ありがとうございます。初めての依頼の達成おめでとうございます。こちらが依頼の報酬、こちらがベヌー核の買取金額となります。」
渡されたのは金貨一枚に銀貨が二枚。合計銀貨十二枚分だ。......む?
「ベヌー核は銀貨一枚のはずだが?」
「あ、それは、状態が非常に良好なため買取金額が二倍となったからです。傷も小さく、こんなにきれいな核はそうそうありませんから。」
そういうものなのだということにしておこう。私は金を受け取り、その場を後にした。
私は門が閉まる前に街を出て、すぐそばの木立に滑り込んだ。音もなく木を登り、何かが迫ればすぐに反応できるよう辺りを警戒しつつ、夢を見ないラクァレ・デライア特有の浅い眠りに落ちた。明日は周辺でもう少し冒険者活動をしよう。
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