第五節 街

 双剣を作り上げた森を抜け、何日経っただろう。私は来る日も来る日も空を飛びつつ、地上の様子を探っていた。ほんの二日前、街道らしき踏み固められた道を見つけ、今はそれに沿って空を翔けている。

 やがて建物の集まりが見えてきた。今日初めての収穫だ。この世界に到着してから三つ目の文明の発見だ。

 一つ目は前述したように街道だ。そして二つ目、旅人や商人らしき人影がこの道を人間の足で精一杯の速度で進んでいるのをちらほら見かけたことだ。そう、人間。私が憎んでやまない愚かなる人間どもが、この世界にもいたということだ。間違えようもないあの人間の匂いに、私はこの世界に来てから何度目かのしかめつらをした。

 街らしき建物群に近づいてきたとき、私は地面に舞い降りた。翼をたたみ、黒く染め上げたマントを羽織ってラクァレ・デライアの翼を隠す。マントは顔も隠すため、頬の鱗を見られずにすむ。人間どもは見慣れぬものを見るとすぐに騒ぎ立てる故厄介なのだ。重たいブーツで足を隠し、手袋をして手の鱗を隠す。手の鉤爪は隠しようがないため、爪付きの手袋と思われることを祈ろう。

 街の門前まで歩いていくと、何やら人だかりが見えた。どうやら検問をしているようだ。別段珍しいことではないが、この世界にもあるしきたりなのかと驚いた。やはりこの世界と私の生きていた世界はよく似ているようだ。

 列に並び、あたりをうかがう。そしてそれはすぐに目につき、私は目を見張った。なんと、獣と混じったような姿をしている者がいたのだ。彼らは獣人ナイメイル族といい、私の生きていた世界にもいたが、ごく少数だった。特に人間は彼らを嫌い、忌まわしい生き物として蔑んで、虐殺した。この世界では彼らは普通に受け入れられているようだ。

 ナイメイル族が受け入れられているのならば、私の姿についても最悪の場合ナイメイルとして弁明することが可能だ。この世界で彼らのことをナイメイルというかどうかは知らないが。だがこれは一つの安心できる要素と言える。

 やがて私の番が回ってきた。この世界の言葉は分からないので、異国人として身振り手振りで押し通そうと思っている。我ながら強引な計画だが、理にかなっているとも言えるだろう。

 しかし私は予想を完全に裏切られることとなった。

「こんにちは。身分証はお持ちですか?」

 なんと、彼らの言葉が理解できてしまったのだ。若干訛りを感じるが、理解できなくもない。ミブンショウとはなんだろうか?いずれにしろ私の所持品にそれに該当するものがないということはわかる。私は驚きのあまり言葉を詰まらせたまま、首を横に振った。

「おや、そうですか。身分証なしで門をお通しできるのは初回のみとなっておりますので、この街で何かしらの身分証をお作りください。戦闘職なら冒険者ギルド、商人なら商人ギルド、職人なら工房ギルドへ行ってください。」

 門兵らしき男は面倒くさそうに告げた。

「ああ、それと、街で騒ぎを起こさないように。ではどうぞ。」

 想像していたより容易に街へ入れてしまった。私は人混みに流されつつ、街の中央へと向かった。

 中央は広場となっていた。広場の端に掲示板らしきものがある。近寄って眺めれば、それがこの街の地図となっていることが分かった。これは便利だ。少なくとも今の私にとってはありがたい限りである。

 男の言っていたギルドとやらの名は地図上に発見した。だが、ギルドとは何だ?私の生きていた世界での人間の言葉で確か「組合」という意味だったはずだ。となれば、これらは複数の事業所が協力している集まりなのだろう。

 男は「戦闘職なら冒険者ギルド」と言っていたな。傭兵のことか?思いつく限りそれくらいしか想像がつかない。まあ、私は商人でも職人でもないので冒険者ギルドへ向かうことはほぼ確定だ。

 冒険者ギルドは三番街の一番通りか。ここから近い。私は人の多さに身をすくめながら冒険者ギルドへと向かった。


 冒険者ギルドは木造の建物だった。表の看板にでかでかと「冒険者ギルド」と書かれているので一目瞭然だ。この建物に出入りしている人間どもはほとんどがむさ苦しい男たちだが、チラホラと若い女の姿も見える。ここも私の生きていた世界と違う点だ。私の生きていた世界の人間社会では男が絶対で、女が武器を手に取ることはなかった。性別で差別するなど愚の骨頂としか言いようがないが、人間の考えることだ、仕方がないのであろう。

 日が高く昇るにつれ、出入りする人影は減っていった。潮時だろう。私は腹を決め、冒険者ギルドの扉を開けた。

 建物の中は意外ときれいに整えられていた。入って正面に受付らしきカウンターがあり、右手に掲示板、左手には酒場があるようだ。

 私は「新規登録」と書かれた看板の列に並んだ。見ると、同列に並んでいるのは若者がほとんどだ。だが私のように黒マントで全身を隠しているものはおらず、若干の視線を集めていた。

 やがて私の番となり、受付嬢がにこやかに応対した。

「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ。新規登録のお客様でございますね。こちらの紙に必要事項の記入をお願いします。」

 これは驚いた。私の生きていた世界では紙は貴重品で、人間たちの間では貴族しか使うことができなかったと記憶している。この世界ではだいぶ技術が進んでいるようだ。

 どれどれ、必要事項か......む、こんなものか。


名*ヴァルア

姓*ー

種族*お選びください

人間 エルフ ドワーフ 獣人 その他

〔獣人〕

年齢*十七歳


 ヴァルアという名は無論偽名だ。ラクァレ・デライア族は自らの真の名を本当に信じ合える者にしか教えない。故に違う世界であろうと、その誇りだけは崩したくないのだ。

 種族は獣人を選んだ。加えて、森人エルフ岩人ドワーフが存在することが確認できて良かった。この喜びは後でじっくり吟味しよう。

 年齢は外見に適当なものを選んだ。別段おかしくもないだろうから、これで怪しまれることはないだろう。

「ヴァルア様ですね。登録手続きをいたします。......完了しました。」

 受付嬢は書類に何かを書き付け、後ろの事務員に渡し、戻ってきた捺印済みの書類を見せながら言った。彼女は書類をしまってから言った。

「冒険者制度についての説明をいたします。冒険者は最初、Fランクから始まります。次にEからAと続き、そして最高ランクがSランクとなります。そこからさらに大きな功績を重ねれば、英雄ランクへと昇格できます。」

 ランクと来たか。よほど人を選びたいのだろうな。

「冒険者様はご自身と同ランク以下の依頼しか受けることができません。また、依頼に失敗すれば違約金をお支払いいただく可能性があります。」

 責任問題となるわけか。

「詳しい説明は受付右のマニュアル棚のマニュアルにて閲覧できますので、よろしければそちらをご参照ください。では、これにて基本の説明を終わります。」

 駆け足でなされた説明だが、理解することはできた。要は依頼をこなせばいいわけだ。後々金も必要になってくるだろうから、稼いでおくに越したことはないだろう。

 入り口右手の掲示板には依頼が張り出されていたようだ。依頼は早い者勝ちというわけだな。ふむ、どのような依頼なのだろうか。確か私はFランクだったはずだ。冒険者カードとやらに書いてある。


推奨ランク:Fランク

依頼主:ララ村の住人

依頼内容:ララ森のゴブリンの討伐

報酬:銀貨六枚


 ......?ゴブリン?なんだ、それは?

 どうやら私は知らないことが多いようだ。夜は街の外で眠るとして、今日と明日は図書館で常識を身につけるとしよう。

 私はその足で冒険者ギルドを出て、図書館へ向かった。

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