第四節 双剣

 我がネーレヴィスの友は同時に双剣使いでもあった。彼女の修練の様子をよく眺めたものだ。故に私は双剣を使ったことはないが双剣についてかなりの知識を有していることを自負できる。よって私は双剣を作ることに決めた。

 魔法で探したとて地中まで掘るのは面倒だ。それに金属はそうそうあるものではないため遠くまで探さなければならない。それはあまり嬉しくない事態だ。ううむ、こうなれば、頑強な岩で作ってしまうか。私はそう納得し、持ち合わせる岩石の知識を探って、一言呟いた。

「[大理マルミア石]」

 私の生きていた世界で、古来から建築などに多用されてきた岩だ。魔法で性質そのものを変えてしまえるが、あまり魔法を多用すると疲弊してしまうため、魔力を通しやすいとされている大理マルミア石を使うことにしたのだ。

 マロ岩という岩から溶け出した成分の混ざる水が溜まる泉があれば、そこにはマルミア石がある可能性が高い。〈夜明けの山〉ではマロ岩の泉がそこかしこにあった。デライアの神々の神殿はどれもマルミア石でできていた。ラクァレ・デライアの間では光を象徴する石として大事にされていたのだ。

 む?魔力の動きからすると、近くにあるようだ。驚いた。このあたりがそういう地形でなければかなり移動することを前提としていたが、その手間が省けたようだ。私はそちらへと向かった。

 そこは森の奥地だった。見ればなるほど、周りはマロ岩でできた地質のようだ。中央に泉があった。魔法はそこを示していた。

「[大理マルミア石]」

 私はもう一度つぶやいた。今度はマロ岩の中からマルミア石を抽出することが目的だ。つぶやくと同時に疲労を覚えつつ、見ていると、水底からさざめきが広がった。そしてゆっくりと水面が割れ、泉の底からちろちろと細く白いものが立ち上ってきた。やがてそれは空中で集まり、二つの大理マルミア石の球体を形作った。

 私は手を伸ばして両手にそれぞれの玉を持った。私の顔より二回りほど大きいそれらは、確かにマルミア石だった。魔法が役目を終え、玉が私の両手にそれぞれずっしりと収まった。

 ここからが本番である。私は片方の玉を地面に置き、もう片方を両手で持って座った。そして魔力を玉に注ぎ込みながら、再び低い声で歌う。

「[真珠の如く白き玉

 くうを切り裂く刃となれ

 力強く、強靭で

 しなやかにくうを舞うがために]」

 球の表面が流れ落ちる砂のようにさらさらと動き始めた。そして玉ははゆっくりと変形し、片手半剣ハンド・アンド・ア・ハーフを形作っていく。

 刃渡りは五十センチメートルほど。そして岩人ドワーフが打つどの刃よりも硬く、森人エルフが打つどの刃よりもしなやかで、魔師ルヴィアが打つどの刃よりも鋭い刀身ブレイド。我が魔力が満ちて、私の炎のように碧く煌めく刃。思わず見惚れてしまう。

 普通、双剣士は片手半剣ハンド・アンド・ア・ハーフのような重い剣を使わない。なぜなら長剣を二振りも持ったら重さで思いのままに剣を振るうことができないからだ。だが私はあえて剣を短く作り、二振り持つと決めている。重さの問題は私の腕力なら解決する。それに我が友が使っていた。理由はそれで十分だ。

 疲労が襲う体に鞭打ち、私はもう一つの玉に向けて同じ歌を歌った。そして出来上がったのは、双子のようにそっくりな二本の剣身。あとはこの剣身にヒルトをつけるだけだ。

 本来ならば柄は木製で作られる。だが、それは炎に弱いが故、木製の柄は避けたい。こうなるとやはり石材で作ることにするか。

「[黒曜アーレト石]」

 アーレト石は岩漿がんしょうが地表に出たときに空気によって急激に冷やされてできた岩だ。愚かなる人間どもはアーレト石を「夜の雫」などと呼ばわり敬っていたが、夜も雫も関係がない。確かに美しい言い回しであるが、それと無知故の過ちとは違う。人間がアーレト石を「夜の雫」と崇めていることを始めて知ったとき、若かった私は笑いをこらえることに必死だったことを憶えている。

 魔法に導かれ小さな岩山にたどり着いた私は、再び石の名を呟いた。すると岩がぱっくりと割れ、黒く輝くものが我が眼前に集まってきた。私の手のひらほどの大きさのそれらは、大理マルミア石のときと同様に、魔法が役目を終えると同時に我が両手にそれぞれ収まった。

 私はそれを魔法によって変形させ、魔力を込めつつ剣身ブレイドタングをぴたりとはめ込んだ。

 グリップりは私の手にちょうど収まる。出来上がった剣を構えれば、それはまるで我が腕の一部であるかのようによく馴染んだ。私の魔力に満ちた二振りの剣は、夜空とそこに浮かぶ蒼月ブルームーンを思わせる。

 柄頭ポンメルは正八面体の形をしていて、剣の重心を手元に移す役割を程よく果たしている。ガードの中央には何もはまっていない台座が一つ。これらがきちんとした鍛冶場で作られたものであれば、ここには何らかの宝石がはまる。だがここには宝石はない。故に台座は空だ。この世界を周ればいずれここに適した宝石が見つかるはずだ。

 私は周辺に生えていたオークの木で双剣のための二本の鞘を作った。そして双剣をそれらに収め、腰のベルトに差した。これで弓と剣、二つの武器が揃った。いや、三つというべきか。いずれにしろ、これで私は炎と鉤爪に代わる攻撃法を手に入れたわけだ。

 ふと上を見れば、梢の合間から星空が見えた。私はその中に、私が生きていた世界の星座をいくつか見つけて驚いた。思ったよりこの世界は私の生きていた世界と似ているのかもしれない。私は息をつき、今後のことについて考えを巡らせた。

 創造魔法は負荷が大きいため、今日は一度の運動としてはまあまあ疲れたが、全体としてはそれほど疲れてはいない。それに加えて今日はいろいろな衝撃があったため眠れそうにない。文明界へ出たときに私の異常な特徴を隠蔽するためのマントでも作ろうか。作り終われば、再び文明の痕跡を探して歩を進めよう。今こうしている間にも、彼奴フローデは私を嘲笑いながら眺めているに違いないのだろうから。

 

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