第三節 武器
私は翼を強く羽ばたかせ、空に舞い上がった。竜人の体だと空中でバランスを取ることが難しいが、空中で舵をとる役目を持つ尾が健在だったことが幸運だった。およそ前と同じように飛ぶことができる。ありがたい限りだ。
私は上空から地面を睨みつつ、文明の痕跡を探した。見渡す限りにはない。この世界も私が生きていた世界と同じように太陽が東から昇ると仮定すれば、東には小川があり、北と西は平原が続き、南には森がある。森には何かしらの生き物がいるだろう。私は森に向かうことを決めた。
どれほど飛んだだろうか、そこまで時間をかけずに、私は森の上空で翼を羽ばたかせていた。螺旋を描きながら降下し、やすやすと木の葉の間に着地する。驚いた小鳥が二、三羽、盛大な羽音を響かせながら飛んでいった。やはり森には生命が存在する。しかも、私が生きていた世界とほとんど同じ姿形をしたものたちだ。私は少し安心していた。
さて、と、軽やかに地面に飛び降りる。ふと思い出したのだ。私には今炎がない。故に我が炎のように頼れる相棒――武器が必要だ。
ラクァレ・デライアは武器を持たない。そもそも自らの身体的特徴がどの武器よりも強い威力を持っているからだ。だが我らが友ネーレヴィスは武器を持っていた。彼らの道具を真似ることはできよう。それに、私が生きていた世界で、私は様々な場所を訪れ、そして様々な種族と交流した。強い武器の作り方は分かる。
まずは弓が必要だ。我が炎のように遠くまで届く弓が。生来の魔法使いの種族であるルヴィア族は、木や石に歌を歌って望む形を創り上げる。ルヴィア族の森を訪れたとき、ルヴィア族にその方法を教わった。この世界の生態系が私の生きていた世界と同じなら、私の望む武器も作れるだろう。
「[トネリコ]」
私は言葉に魔力を込めてつぶやいた。私が今やったのは、知能の低い人間どもの言う「呪文」。正確には呪文も呪文を使わない魔法も原理は同じで、人間が区別しているだけなのだ。本当は呪文は「言霊に実体を持たせる」という魔法の手法の一つであるだけ。言霊は、すべての言葉に宿っている。故に言霊に魔力を与えて実体を持たせるという仕組みだ。
魔力は精神力に直結している。魔力の量は精神力の強さに比例するのだ。そして精神力で魔力を操って実体として現実に現した現象が魔法だ。つまり細部まで想像する力と意志の強さが十分にあれば魔法は使えるということだ。愚かな人間どもはこれに気づいておらず、魔法の言葉が魔法を起こすと信じ切ってバカみたいに言葉を羅列していた。あの光景は思い出すだけで笑えてくる。
そもそも大きな力を持つ魔法使いならたった一言で天変地異を起こすことさえできる。 言葉を羅列するのは無駄が多くて隙だらけの上、相手に「自分はまだ想像力が拙い未熟な魔法使いだ」と告げているようなもの。言葉を多く使えばそれだけ足りない想像力を補えるが、想像力があればその必要もないためだ。
私は「トネリコ」という言霊が現実に存在するトネリコと結びつくように魔力を操った。そのためにトネリコのある場所が分かるのだ。惹かれるように私は魔法を追い、トネリコの木を探した。
それほど歩かないうちに、私はトネリコの幼木を見つけた。木漏れ日を浴びて、力強く伸びようとしている。私は微笑み、跪いて幼木の小さく柔らかな葉の先にそっと触れた。そして低い声で歌を歌った。
「[トネリコ 小さなトネリコ
天を突くほどに育て
そして 小さなトネリコ
曲がれど折れぬほどに強く]」
歌いながら想像する。ネーレヴィスのなかでも親しかったものが持っていた弓。〈永遠の森〉に自生する銀のトネリコ材だ。さすがに銀のトネリコは全く違う種類と言っても過言ではないので作れないが、強靭でしなやかな材質が望ましい。作るのは短弓だ。中身の詰まった木でできた重いものがいい。そのほうが威力が出るからだ。
歌い始めてすぐに、小さな幼木は早送りの成長を始めた。歌を続けるうちに、幼木は若木へと成長し、一本の枝が湾曲し始めた。ゆっくりと曲がり、やがて弦の張られていない弓の形を描き出した。十分に形作られ、歌をやめようとした。
だが、不意に前触れもなくさみしくなった。おそらく完成した弓が我が友の弓と恐ろしくよく似ていたからだろう。私は声を詰まらせ、思わずまだ木の枝の一部であった弓に触れた。その時だった。
トネリコの木が震えた。触れた部分から、水面に広がる波紋のようにすっと淡い光が広がった。光が根元から葉先まで広がったその時、私の目の前には銀のトネリコが佇んでいた。
私は驚きのあまり言葉を失った。魔法では再現できないと定義された「造成不可事象」である銀のトネリコが、再現できてしまった。私は反射的に後ずさったが、ふとあることを思い出した。ルヴィア族の村で親しくしていた者の言葉だ。彼によれば、魔法を扱う上で不安定要素となる構成要素があるそうだ。魔法を扱うには想像力と精神力が必要だが、極稀に感情の働きで魔法の威力が跳ね上がるという話だ。今それが起こってしまったのだろう。確かに不安定要素だ。
私は手を伸ばして銀のトネリコの弓に触れ、そっと引っ張った。それはまるであるべき場所に惹かれるが如く木から外れ、私の手に収まった。腕の長さほどの短弓。懐から草で編んだ弦を取り出し、張ってみた。魔法で矢を具現化し、弓を引き絞って放つ。矢は狙いに忠実に、木に深々と突き刺さった。思った以上に威力があるようだ。青白く淡い光をたたえる弓身は神秘的で、月光を思わせる。
私はその場を後にした。まだやることがあるのだ。遠隔武器は手に入れたが、もう一つ武器が必要だ。不甲斐ないこの手の鉤爪と牙の代わりになるような剣が。
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