第9話 魔制病
……ちゃん、リア……ちゃん、リアンちゃん、起きてる?
ハッ、ベッドの隅に置いていた魔道具からの声で目が覚める。
「デリットさん、すみません。今起きました!」
「ハハ、大丈夫だよ、昨日はいろいろあった上に遅かったからね。むしろ呼び出してごめんね」
すぐにベッドから飛び起きる
「すぐに行きます!」
そして通信を切って準備を始める。髪の毛を整えるために鏡の前に立ってあることに気づく。昨日痛みがあった左目が青くなっている。黒い瞳だったのに、今は薄い青色になっている。神能者の特徴だろうか。そういえばエンヴィーは右目が赤かった。デリットさんは何色なんだろう。彼はいつも鎧を着ているから目を見たことがない。
城を出るとすぐ前にデリットさんがいた。この間みたいに大きな袋を抱えている。
「おはようリアンちゃん」
「おはようございます」
「じゃあ、ついてきて」
デリットさんについて歩いていく。
「この間、君が僕を探しに来た時、こんな風に袋を持ってたことを覚えてる?」
「はい、中身を聞いたら、デリットさん逃げるように走り去っちゃいましたけど」
デリットさんは笑いながら続ける。
「実はね、あの先には病気になった子たちがいる建物があるんだ。でも、あの時は言えなかった。きっとリアンちゃんが怖い思いをしてしまうから。だから今回も、もし怖かったら断ってくれて構わない」
「私は何をすればいいんですか?」
デリットさんは足を止めてこちらを向く
「子供たちの状態を見てほしんだ」
この間の道をさらに行くと、大きな建物が見えてきた。四階建ての横に長い建物だ。玄関まで行くと、一人の女の子がいた。
「おはようございますデリットさん。それと、リアンお姉ちゃん。ようこそ治療等へ。お弁当は美味しかった?」
「昨日お弁当を置いてくれていた子!?」
「はい、リエといいます。会えてうれしいです」
握手をすると、リエちゃんの手はとても小さくてかわいかった。
「リエちゃんは、ここで看護をしてくれているんだ。手伝いとはいっても、ここで子供たちを治療するのは僕だけだから、実質的にはリエちゃんがここを管理してくれているよ」
こんな大きな建物の管理を一人で!?すごい
「中に入ってみようか、リアンちゃん、怖くなったりしたら言ってね。無理はしなくていい」
「わかりました」
中に入ると、薄暗かった。長い廊下に明かりがぽつぽつあるだけだ。たくさん部屋にはC、B、A、Sと表示がある。何個も同じ表示があるのを見るに、部屋の番号などではないようだ。
「デリットさん、部屋にかかってるCやBって何ですか?」
「あぁ、それは病気の進行具合を表しているんだ。Cが最も軽傷で、Sに近づくほど重症の患者だ」
ぱっと見るだけでも、Sの表示が決して少ないわけではなさそうだ。むしろ、Sの方が多い?
「一番多いのはなんていう病気なんですか?」
「ここにいる子供たちはみんな同じ病気だよ。魔制病って僕たちは呼んでる。なんで発病すのかは、わからない。この病気は魔族にしか出ないんだ。一つ仮説があるんだけどね、魔族がもともとは人だったと言われているのは知ってる?」
「はい、本で読みました」
「魔力っていうのは、人間の体に適した力ではないんだ。なのに呪いによって、魔族は体内に大量の魔力を得てしまった。そうなれば、もともと人間の体だった、魔族たちはそれに耐えられなくなり、いずれ制御できなくなる。そして魔力が暴走することで発症するんじゃないか考えてる」
なるほど、それなら筋が通る。実際、人間は魔力を多くは扱えないから、魔法の面では圧倒的に魔族に劣る。神能は話が別だけど。
「じゃあ、まずはCの子たちに会ってみようか」
一番手前のCと表示のある部屋の扉を開けると、何人かの子供たちがおもちゃで遊んでいた。でもみんな手足が震えていたりしていて、やはり病気なのがわかる。
「デリットさんが来た~」
子供たちはデリットさんに歩み寄る。やはりちゃんと歩くのは難しいのか、まっすぐには歩けていない。
「この人が、リアンさん?」
「そうだよ、みんな仲良くね」
デリットさんがそういうと、私の方に子供たちが来た。
「よろしくお願いします、リアンお姉ちゃん」
兄弟がいなかったので、みんなにお姉ちゃんと言われると、なんかうれしい
「じゃあ、一旦他の部屋に行くから、ばいばい」
「ばいば~い」
子供たちに見送られて、私たちは部屋を出た。
「小さい子供たちしかいないんですね」
「そうだね、発症してっ重症化するまでは時間がかかるから、軽症の子たちは小さい子たちしかいないんだ、あと、この病気は大人になるまでに死ぬか、大人になると魔力が定着するから、大人はいない」
大人になるまでに死ぬ……か。までということはある一定の年齢で死ぬというものではないのだろう。
「治った人はいないんですか?」
「そうだね……みんな死んでしまった。僕じゃ助けられなかった」
デリットさんはとても悲しそうな表情をしていた
Bの部屋に入ると、先ほどより少し大きな子供たちがいた。先ほどの子たちと同じように、手足が不自由なようだが、さらに腕などにたくさんの紫の亀裂のようなものがある。目の色も紫だ
「彼らは魔力の暴走が激しい状態でね、体が魔力に負けてぼろぼろになっているんだ」
痛いのだろうか、彼らは動くことなくこちらを見つめるだけだ。手を振ろうとしたのか手を挙げようとした子は顔をしかめて途中で手を下げてしまった。
デリットさんはその子の頭を優しく撫で、大丈夫だよと優しく声をかける。Bの部屋をでてAの部屋へ向かう。
「もう、あの段階から動けなくなってしまうんですね……」
「そうだね、と言うか、もう自我を保てるのは今の段階が最後だ」
デリットさんはこぶしをぎゅっと握る。
Aの部屋に着く。この部屋は特別頑丈な作りになっている。扉を開けて入ると、小さな部屋だった。そこに子供たちの姿はない。
「Aの段階では、魔力の暴走によって自我を失う。もう、彼らは自我を持っていない」
そういってデリットさが窓の向こうを指さす。そこをみて驚愕した。
苦しみの叫び声をあげながら、ひたすらに壁を叩いている子供たちがいたからだ。こちらに気づくと、走り寄ってくる。そして私たちと彼らを隔てる窓ガラスを思いっきり叩く。私は思わず後ずさりする。
心配したデリットさんが声をかけてくれる
「大丈夫?出る?」
私は首を横に振る
一緒に見ていたリエちゃんが、彼らに向かって
「落ち着いて、大丈夫」
と言う。すると彼らが急におとなしくなり、眠ってしまった。
「一種の睡眠魔法です。言葉に魔力を乗せることで発動させるんですよ」
「リエちゃんはこの年で魔法の扱いがとても上手なんだ。魔力を完全に制御しているんだよ」
こんな小さな子が……すごい
「今見たのが、魔制病の一番激しい段階だね」
じゃあ、Sはどんな状態なんだろう。
私たちはAの部屋を後にする。部屋から出ると、デリットさんから注意してほしいことを言われる
「魔制病の最終段階S……それは死滅期という状態だ。この状態は、魔力の暴走が身体を壊しつくし、身体の機能が弱まっていく。そして最後は死んでしまう……」
デリットさんは、魔制病の子供たちを助けられなかったと言っていた。デリットさんが治療するところを見たことはないけど、それほどにひどい状態なのだろう
「ここでは静かにしてほしい。彼らには、できるだけ安らかな時間をあげたい。もう一つは彼らに素手で触らないことだ。ある条件を覗いて、死滅期の人に他の魔族が素肌で触れた場合、即座に崩壊する危険性があるからだ。だからここに入る時は、手袋をしてくれ」
手袋をはめて、Sの部屋に入る。静かに、足音を立てないように歩く。部屋にはたくさんのベッドに横たわる子供たちがいた。いや、私と同い年くらいだろうか。みんな全く動かず小さな呼吸のみをしている
Bの部屋にいた子たちにあった紫の亀裂は、もう全身に広がっている。手前にいた一人にリエちゃんが歩み寄る、そして手を握る。するとその子もゆっくりと、手を握る。握るというよりは、手を丸めるの方が正しいかもしれない。完全には手を握れないのだろう。そして彼は顔をリエちゃんに向け優しく微笑む。
デリットさんがとても小さな声で話す。
「彼がSで唯一動ける子だ。サンという。他の子は聴覚も、視覚も、嗅覚も、味覚も、触覚も失ってしまっている。だから生きるための栄養は、点滴で補っている」
自分と同じ年、そして下の子供たちが、こんな残酷な運命に立たされていると思い、とても胸が痛くなる。リエちゃんの隣に行き、サンくんを見る。するとサンはこちらを見て優しく微笑む。涙が出てきた。こんな苦しくても、笑ってる、生きている、生きようとしている。
全てのクラスの部屋を見終わって、私たちは治療施設を後にする。城に戻り、今日見たこと、聞いたことを私はメモする。絶対に助けてあげたい。私は心の底からそう思った。
コンコンとドアをノックする音が聞こえる
「デリットだ、リアンちゃんいるかい?」
「あ、入ってどうぞ」
ガチャッとドアが開く音がしてデリットさんが入ってくる。
「何をメモしているんだい?」
「今日見たこと、聞いたことを忘れないようにメモしてます」
それを聞いたデリットさんが微笑む。
「ありがとう、君はあの子たちを、それほど大切に見てくれていたんだね」
「……デリットさんがエスポワールは探していたのは、あの子たちを助けたいからですか?」
「そうだ、助けてあげたい。一人でも多く、今まで死んでいった子たちもそれを望んでいた。たとえ自分が死んでもって……」
デリットさんは下を向いたまま黙ってしまった。嫌なこと思い出させちゃったな。私もそれ以上は話しかけずメモを取り続ける。しばらくしているとだんだん眠くなってきて私はそのまま眠ってしまった
みんなの魔の城、私の楽園~11の呪いと11の神 @zinbeityan
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