第2話 辿り着いた楽園
デリットさんはエンヴィーに向かって剣を振り下ろす。
エンヴィーは右手を剣と自分の頭の間に入れる。
そしてデリットさんの攻撃を正面から受ける……のだが、魔法で強化された手はデリットさんの攻撃を防ぐ。
デリットさんはすぐにエンヴィーを蹴り飛ばす。
飛ばされたエンヴィーはすぐに体勢を整えて着地する。
しかし、蹴り飛ばしたと同時にデリットさんはエンヴィーへ向かって走っており、
エンヴィーが前を向いた時には目の前で剣を振り下ろしていた。
しかし、その剣もエンヴィーは弾き飛ばす。
デリットさんの剣が止まった瞬間、すかさずエンヴィーは左手で彼の心臓を狙う。
エンヴィーの手がデリットさんの心臓に届いた……と思った瞬間。
ボト……ボトと赤い血が流れ二人の足元を真っ赤に染める。
そしてエンヴィーの左腕が落ちる。一瞬の出来事だった。
「ぐわぁぁぁ!」
エンヴィーは叫び声をあげて後ろに下がる。
彼の強化魔法が及んでいない腕ごと手を切り落としたのだ。
彼の腕からは真っ赤な血が流れ続けている。
「そういえば……お前の能力は、それだったな」
デリットさんの右手には、さっきまでなかった短剣が握られていた。
刀身はエンヴィーの血で赤くなっている。
それは短剣でありながら、人の腕を簡単に断ち切ってしまうほどの切れ味。
「邪魔は取り除く、約束を果たすために……」
先ほど私にかけてくれた優しい声と違い、冷たい殺意のこもった声でデリットさんはエンヴィーに言う。
デリットはエンヴィーに向かって剣を振り下ろす。
エンヴィーはそれを右手で弾き飛ばす。
キーンっという音と共に、デリットさんの剣が宙を舞う。
しかしすぐに彼の手にはまた、先ほどまでなかったはずの剣が握られていた。
彼はエンヴィーに向かって突撃する。
そのスピードはすさまじく、彼が加速のために蹴りぬいた地面は割れていた。
「まだ……死んでたまるかよ!」
エンヴィーは右手で足元を叩きつける。
激しい轟音と共に、地面が割れ、巨大な魔方陣が現れる。
それを見たデリットさんは瞬時にブレーキをかけ、地面を蹴り抜き大きく後ろへ下がる。
そして持っていた剣をエンヴィーめがけて投げる
直後、ドーン!という轟音と共に、辺りを巻き込む巨大な爆発が起きる。
爆心地は吹き飛び、地面がえぐれている。
黒煙が上がり、私の方にも高速で石などが飛んでくる。
私はできる限り体態勢を低く、身をかがめてカバンの中から指輪を取り出そうとする。
防御用の魔方陣を彫っていて、投げるとそこを中心に防御魔法を展開できるものだ。
だが私が指輪を取り出すよりも早くデリットさんが私の元へ来て防御魔法を張ってくれる。
「大丈夫だったかい」
その声は、最初に聞いた声と同じ温かく、優しい声だった。
「はい、ありがとうございます」
やっと私は一安心することができた。
爆発が起きた場所を見ると、大きなくぼみができており、辺り一帯は吹き飛んでいる。
真ん中にはデリットさんが投げた剣が刺さっていて、もうそこにアンヴィーの姿はなかった。
「逃げられたか」
それを確認したデリットさんは、剣を抜き、私の元に歩み寄ってくる。
デリットさんが空中に剣を軽く投げると、その剣はパッと消えてしまった。
「君、そこの村の子? 家は?」
その質問を聞いてお父さんのことを思い出す。
まだ村でお父さんが戦っているはずだ。無事に勝って逃げていればいいけど……
「山の上にある村に住んでたんです。襲われたときにお父さんが逃がしてくれて……」
その言葉で状況を把握したのか、デリットさんはすぐに
「わかった、上へ行ってみよう」
と言ってくれた
私の道案内で村へ向かう道を上がっていく。
お父さんのことが心配で、心臓がとてもバクバクしている。
そのせいで息もしずらい。
そうして歩き続けて、村へ着く。
「夢であってほしかったなぁ……」
戻ってきた村を見て、無意識にそんな言葉がこぼれてしまった。
ついさっきまで、みんなが幸せに暮らしていた村は、もう跡形もなくなっていた。
建物は焼け、いたるところに死体がある。
だが不思議なことに、死体のごく一部だけが村の人で、あとは騎士団の者だ。
デリットさんは村の人の死体を一か所に集めて、手を合わせつぶやく
「間に合わなくてごめんなさい、村のみんなを最後まで守ってくれていたんですね。ありがとうございます」
私も手を合わせて目を瞑る。
しばらくの間手を合わせ、みんなを埋葬して村を出る。
村の人は、私が埋葬した。
騎士団の人たちはデリットさんが埋葬したらしい。
死体の埋葬をしていて一つ気づいた。
お父さんの死体はない。
「デリットさん、少し待っててもらっていいですか?」
「行ってきな、ここにいるから大丈夫」
デリットさんは優しい声で答えてくれた。
お父さんと別れた小屋に向かい、扉を開ける。
床、壁、天井に至るまで血で真っ赤に染まった光景が目に飛び込んできた。
怖い……でも確認しなきゃ。
血はもう固まっている。
でも嫌なにおいがする。
この血の分だけ人が死んだ。
私たちを襲った人たちの血と分かっていてもいい気はしない。
この人たちにも家族たちがいただろうに。
正直同情なんてしたくない。
この人たちのせいで私たちの村はめちゃくちゃになったのだ。
それでも心の奥では、生きてほしかったと思ってしまう。
お父さんと別れた部屋に来た。
そこにお父さんの姿はない。
ピエロの姿も。
ただ、お父さんの使っていた剣が落ちていた。
大丈夫、きっとお父さんも逃げた。
そう自分に言い聞かせ、剣をもって小屋から出る。
デリットさんを見つけて声をかける
「お待たせしました、ごめんなさい」
「…………」
デリットさんは返事をしない。
どうしたんだろう?
私は近くに行き、再び声をかける
「デリットさん?おまたせしました」
「ん……?あぁ、来たんだね」
「あの、何か考え事ですか?」
「そうだね、自分の過去を見ていた。過去の自分は……いやなんでもない」
デリットさんは何か言いかけてやめる。
「行こうか」
デリットさんはそういうと歩き出す。
「あの、どこへ?」
デリットさんはこちらを振り向くと優しい笑顔でいう。
「僕たちの城」
城……この人はどこかの国の偉い人なのだろうか?
そうだとしたらとても失礼な態度を取ってしまってないかな。
急に不安になる。
そうしてデリットさんと共に村を出て、森の中へと入っていく、村からあまり出たことがないのでわからないが、今私達たちが歩いている道は、きっと村の誰も知らないだろう。
整備された道はないが、デリットさんは迷うことなく森を進み続けている。
私はそれについていくことしかできない。
そうして二時間くらい歩いただろうか。
まだまだ森が続いている。
私はこの村の外を見たことがなかった、商人さんや本から見聞きした外の世界しか知らなかった。
「森ってこんなに広いんですね」
「そうだね、この辺りは山だらけだ。自然がありのままの形を保っている。他の国にはない、特別な世界だよ」
デリットさんは他の国のことも知っているのだろうか。
他の国にはないってことは、ここが特別山が多いのかな?
他の国はどんなのなんだろう。
本で読んだ砂だらけの土地や、爆発する山、大きく口を開ける地面もあるのかな。
そんなことを考えていると
「見て」
とデリットさんが言う
正面を見て心が躍った。
緑に満ちた山。
流れ落ちる滝、川。
そんな山々の真ん中に囲まれるように大きな山がそびえている。
その山に建つ大きな城。
山は周りを城壁で囲まれていて、その中には町が見える。
真っ白な城は、緑に囲まれた山の中でとても不思議な雰囲気を出している。
そして、そのさらに奥には、とても高い山がある。
周りの山はそれほど高くないのに対し、その山は天を貫きそうだ。
中腹の辺りには洞窟かな?穴のようなものが見える。
「あそこがあなたたちの拠点ですか?」
「そうだよ、みんなの楽園イニジオ。もちろん君にとってもね」
さらに歩いて、城壁の前まで歩いてきた。
近くで見ると余計大きく感じる。
この城壁に覆われた町と城だけで、私の村の何倍もの面積がありそうだ。
城壁の入口前には四人の兵士がいた。
「おかえりなさい、デリットさん」
「ただいま、見守りありがとね」
「デリットさん、こちらのかわいい娘さんは?はっ、もしかして彼女―」
「なわけあるか」
デリットさんが騎士さんの頭を叩く。ポコッという音が聞こえた。
「ひどいっすよデリットさ~ん」
兵士さんは笑いながら立ち上がる
「そういえば、ついさっきアーブデューペさんの班が帰ってきましたよ」
「そうか、ありがとう。じゃあ僕も城に戻るよ」
「行こうか。え~と……名前は?」
エンヴィーがデリットさんと呼んでいたから、この人の名前は知っていたが、そういえば私自身は名前を伝えていなかった。
早速とても失礼なことをしてしまった……
「リアンです」
「そう、リアンちゃんか。よろしくね」
デリットさんが手を差し出してくる。
私もデリットさんの手を取る。
デリットさんの手は、剣を持つからか、それとも手袋をしているからか硬く感じた。
でも手袋越しでも、手の温かさが伝わってくる。
町から城に続いている坂道を登っていき城の前まで来た。
途中の道にはいろんなお店があってみたことのないものもたくさんあった。
おいしそうな食べ物、きれいな服やアクセサリー。
また後で見に行きたいな。
大きな扉を開け、城の中に入ると男の人がこっちに向かって歩いてきた。
黒髪の眼鏡をかけた20歳くらいの見た目の若い人。
手袋をしていて、それには魔方陣が描いてある。
「来ましたねデリット、無事で何よりです」
この人の声も優しい。
「保護した方々は奥の部屋で休ませています」
「そうか、ありがとうアーブデューペ」
アーブデューペ、さっき門番さんが言っていた人だ。
「こちらのお嬢さんの名前は?」
「リアンちゃんだ」
アーブデューペさんはしゃがんでこちらを見る
「あなたがリアンちゃんですか。あなたの家族が探していましたよ」
そういって私の頭をガシガシと撫でる。
お父さんとお母さんが生きている!?
早く会いに行きたい!
そんな気持ちを察してくれたのかデリットさんが
「行ってきな。そこの扉を開けたらすぐだ」
と教えてくれた。
私はすぐにうなずき、扉へ走る。
大きなドアを引くとギギギッと音を立てて開いていく。
部屋に入ると村のみんながいた。
何人かは怪我をしているらしく、手当てがされている。
村のみんなは私の姿を見ると
「リアンちゃん!おい、お二人さん、リアンちゃん生きてたぞ!」
と叫ぶ。
人混みの中からお父さんとお母さんが出てくる。
生きてた!私はお父さんとお母さんの元へ走って抱き着く。
「よく無事だった!」
「会いたかった」
二人も涙を流して私を抱きしめる。
お母さんたちが生きていると分かるまでの、心臓が破裂しそうなほどの不安が一気に消える。
あれだけの襲撃を受けても、ほとんどの人たちは無事に生きて、再び出会うことができた。
本当に良かった、みんな無事で、生きてた。
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