第13話
「どう、満足した?」
美羽は真顔で俺を見た。盗み聞きした罪悪感は吹き飛んだ。母親から話を引き出して、俺に聞かせたかったのだ。美羽の胆力に感服した。
「遺影、見たよ。びっくりした」
「美しすぎて?」
うろたえる俺に、美羽は苦笑を浮かべた。
「あれは中学の卒業アルバムの写真。家族で撮った写真なんて小学校まで遡らないとないし。笑ってる写真が見つからなかったんだろうね。私、スマホも持ってなかったし」
なんでもないことのように美羽は笑う。
「多分ただの事故だよ。事故に見せかけて私を殺したのなら、積極的には動けないはず。建設局にクレームいれたりメディアに近づいたりしたら、シロだと思う」
美羽は結論付けたようだった。そういわれればそんな気がしてきた。だがすっきりしない理由は他にあった。
「悪いけど、美羽の家族にいい印象はないよ」
事故に見せかけて殺したという推論は間違っていたかもしれないが、機会に恵まれればやりかねないという印象は拭えない。
「弓弦の物差しで計らないで。母や父が死んでも、私は嘆かないわ。あの人たちは私が死んでも嘆かない。同類なのよ」
「そうかなあ」
美羽と俺は病院へと向かっている。ダラダラと坂をのぼっていく。
「キッチンにゴミ袋があったでしょ。私の好物ばかり捨てられていた。傷んで、腐ってた。きっと母は腹を立てたろうね。食べないで死んじゃった私のことを。親は子供を愛しむ、子は親を慕う。それがジョーシキだと思ってるでしょ。でも家族だからって自然に愛情が湧くわけじゃないの。関心を持てなかったりするの。努力でなんとかなるものでもないの。だから母も父もおじさんも苦しかったと思う。私が死んで楽になったと思う」
家族って、囚われて出られない牢獄のようなものだもの。
美羽の呟きに俺は首をふった。
「何を言ってるのかよくわかんねーよ。平気なふりをしていただけじゃねーのか」
「いま思い返しても、殴りたくて殴ってたとは思えないんだよね。中学に上がった頃からは体格に差がなくなってきたからか、暴力は減ったけど」
無表情のまま、さらりと明かす美羽。俺の心臓はきゅっと軋んだ。
「少しだけど思い出したことがあるの。あの日、モールの本屋で本を買ったわ」
「あの日ってのは死んだ日?」
「事故の日。買ったのは一人暮らしのガイド本と東京の大学案内の本。警察から遺品として手渡されたはずだから母たちは知ってると思う」
「大学進学を機に家を出るつもりだったのか」
金がかかるだろうに、と陳腐なセリフを口にする前に、美羽が答えた。
「成績上位合格者は授業料免除になる大学があるのよ。生活費はバイトでまかなうつもりだった。両親を頼る気なんかなかったわ。あーあ、結局はあの家から逃げ出せなかったんだなあ」
そんな話をしているうちに病院が見えてきた。
「惜しかったな、美羽。おまえ、探偵になれたんじゃないか」
「探偵?」
美羽は目を瞬かせた。
「真実を暴く名探偵だよ。フィクションによくあるだろ」
「ふうん、そういうのに憧れてるの? ちなみに清水先輩は探偵倶楽部同好会の会長だよ。いまは勉学優先で活動してないけど」
「クラブなのに同好会?」
「探偵倶楽部までが名前。部員が足りなくて同好会止まりなの。……勇気がなくて入会希望を出せなかったんだよね、残念。生きているときに一歩も踏み出せなかった自分には後悔する資格はないけどね」
「そんなこと言うなよ」
事故で唐突に生を断たれたのは予測できるものではない。美羽の気持ちはよくわかる。だからといって死んだあとに一気に取り返そうというのはいかがなものか。
「その同好会、どんな活動してたんだろう」
推理小説を読んで評論でもしてたんだろうか。
「興味出たの? ああ、霊体だと他人の秘密を覗けるもんね。でもそれは探偵じゃなくて覗き趣味だよ。清水先輩はそんなんじゃないから」
ぴしゃりと言われて、俺は口を噤んだ。たしかに透明人間になってわくわくしていた部分はある。
「別に俺は探偵になりたいなんて思ってないから」
負け惜しみのようなか細い声をなんとか押し出した。
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