第3話(最終話)燃える古城
「ちくしょう、とんだひでぇ目にあった!」
ヴァンパイアハンター、イゴスはガリガリと爪で頭を引っ掻いた。
彼の家は吸血鬼を狩る者らしく、木でできた杭や聖水の入った小瓶、ニンニクや十字架など、怪しげな品物が並んでいる。
見ようによっては魔女の工房のようだった。
「あの女吸血鬼には銀の弾丸は避けられるし聖水も割れる前にキャッチされちまう。おまけに十字架もニンニクも効かないなんてどうなってるんだよ!」
何よりイゴスが腹を立てていたのは同じヴァンパイアハンターのレオス・ローズブレイドのことである。
彼は優秀なハンターだったと噂に聞いていた。今回も吸血鬼の目を欺き、暗殺するために奴らの城に潜入していたはずなのに、何故かイゴスは彼に脅されて人狼に追われる羽目になったのだ。
奴は人間を裏切ったのだと、腸が煮えくり返る気分だった。
――あいつらを皆殺しにしないと気が済まない。
忌々しい吸血鬼も、元人間でありながら怪物の血が混じった汚らわしい従者共も、あのレオスも。
なんとか一網打尽にしてやるのだ。
賞金のことを考えなければ、方法はある。今まで躊躇していたが、要は吸血鬼を殺した証拠さえあればいい。
自分のプライドをめちゃくちゃにされて、とうとうイゴスは凶行に及ぶことになったのである。
月のきれいな夜だった。
今夜もヴァンパイアハンターたちが城に押しかけ、マーカラによる「おもてなし」が始まるはずだったのだが……。
「今日はお客様はいらしてないの?」
「ええ。お嬢様の美しいダンスが見られず、残念です」
レオスの褒め言葉に、マーカラは微笑みを浮かべる。
それにしても、嫌な予感がする。レオスは訝しんでいた。
やがて、その直感は残念ながら当たってしまうことになる。
従者たちが息せき切ってマーカラとレオスの元へ駆けつけてきた。
「城の裏手が燃やされています!」
「消火活動を行っていますが、火の勢いが強くて消しきれません! お嬢様はすぐに避難を!」
従者たちが口々に騒ぐのを、マーカラは「まあ、大変」と呑気とも思える口調で呟いた。
「棺を持ち出す暇はなさそうね。一緒に来て、レオス」
「承知いたしました」
レオスは懐に手をやる。銀のナイフは10本ほどは常備している。
(でも、これじゃ足りないかもしれないな)
レオスはマーカラの手を引いて、古城の入り口から飛び出した。
途端、待ち構えていたハンターたちが襲いかかってくる。
「やはり、お前たちが城に放火したんだな」
レオスが怒気の混じった口調で責めると、ハンターたちも応戦する。
「残念だよ、レオスくん。君は若くて優秀なハンターだったのに」
「吸血鬼の洗脳を受けたのか? それとも既にその女の血を混ぜられたのか」
「太陽が登る前に仕留めるぞ。日に当たって吸血鬼が灰になったら、懸賞金を受け取る証拠の首がなくなってしまうからな」
ヴァンパイアハンターは、夜のうちに吸血鬼を殺して、その首を麻袋に入れて持ち帰らなければ証明ができない。
だからこそ、彼らは吸血鬼が一番活発な夜に危険を冒して戦いを挑むのだ。
ハンターたちの背後では、あのイゴス・ロゴスが三日月の口でニヤニヤと笑っている。
おそらくは、他のハンターが始末したあと、一番美味しいところを掻っ攫う腹積もりなのだろう。
「かかれ!」
「吸血鬼を殺せ!」
イゴスの号令で、ハンターたちが一斉にレオスとマーカラに襲いかかった。
***
古城が炎に包まれ、焼け落ちていく。
メイド長のアリスと従僕たちが駆けつけたときには、気絶したヴァンパイアハンターたちが山積みになっていた。
そして、マーカラの膝にはレオスの頭が乗っていた。彼の胸は弾丸で貫かれたのか、胸が真っ赤に染まっている。
その近くには、まだ煙を上げている銃を持ったままイゴスが立ち尽くしていた。
吸血鬼ハンターが怯えた顔をしているのは、マーカラが初めて怒りの表情を浮かべているからである。
「ヒッ、ヒィィ!」
イゴスは何度も転びそうになりながら、ヨタヨタと夜の暗闇の中に逃げていった。
「お嬢様、追いますか?」
「今はそれどころじゃなくってよ」
殺気立ったメイド長を抑えて、マーカラは息も絶え絶えのレオスを膝に乗せたまま、その頬を撫でる。
「お嬢様……」
レオスは意識が朦朧としながら、なんとか絞り出すように女主人に話しかける。
「申し訳ありません……わたくしはもう……ご一緒できないようです」
「いいえ。お前を助ける方法はあるわ」
命を救う方法はある。しかし、マーカラは目を伏せて、長いまつげが影を落とした。
「私の血を分ければお前は助かる。でも、お前は人間を辞めても、命を永らえたいと思う?」
しばらく沈黙が流れる。マーカラとレオスの周りには、吸血鬼の血を分けられた従者たちが見守っていた。
「このまま死んだほうがお前は幸せかもしれないけれど……」
「……フフ」
レオスは血を流しすぎたのか、力なく笑う。
マーカラには彼が笑った真意がよく理解できなかった。
「お嬢様から血を分けていただくなど光栄の極みです……。今すぐ飲ませてください、そろそろ本当に死ぬので」
「本当によろしいの?」
「わたくしはお嬢様にどこまでもついてまいります。永遠に近い命が得られるなら、これほど好都合なことはありません……。いいから飲ませてください。今すぐ。早く」
「え、ええ、お前がいいのならいいのだけれど……」
マーカラは予想と少し違う反応に戸惑いながらも、鋭く伸ばした爪で唇を少し切り、レオスに口移しで血を飲ませた。
こうするほうが効果的に早く人間の体に血をめぐらせることが出来る。
レオスは少しずつ息を整え、やがてマーカラの膝から体を起こした。
「はぁ……、まさかお嬢様から直接口づけしていただけるとは……。これはいっそ役得では……?」
「お嬢様、本当にこの男に血を与えてよかったのでしょうか……?」
メイド長は怪訝な顔をしながら女主人にひそひそと耳打ちするが、当のマーカラは「レオスが元気になってよかったわ」とニコニコ微笑むのみだった。
「それにしても、困ったわね。城を焼かれてしまって一文無し。住処がなければ、お前たちを養っていけないわ」
マーカラがほぅとため息をつく。
しかし、アリスは女主人を元気づけるように、背中を撫でた。
「そちらはお任せください。お嬢様のお父上様が魔界で新しい住居を探していたところだったのです。我々はこのまま魔界に向かいましょう。きっとお父上様がお待ちかねのはずです」
「まあ、そうなのね。それでは、みんなで行きましょう。レオス、お前は魔界に行くのは初めてね? きっと面白いものがたくさん見られると思うわ」
「左様でございますね。お供いたします、マーカラ様」
レオスはマーカラの差し伸べた手を取り、従者たちとともに暗闇に消えていった。
それ以来、王国のはずれにあった古城は焼け落ちたまま、吸血鬼たちは二度と現れなくなったそうだ。
〈了〉
吸血令嬢の犬 永久保セツナ @0922
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