episode.22.5 ザンラ・ディンズ(後半)
妹の必死な声は、薄暗い森にこだまする小鳥の鳴き声のように頼りなく聞こえたが、僕にはもう何も聞こえない。興味を無くした妹がどうなろうと、もう関係ない。
一呼吸置いたあと、ふと立ち止まる。どうせなら、このまま何もせずに傍観せずに面白い事が出来るのではないかと。その証拠に僕の中である一つの考えが思い浮かんだ、この状況を利用すれば計画を前倒しさせることが出来るかもしれない。
その場で立ち止まり、振り返る。
「ねぇ、僕の話を聞いてみるかい?」
「お兄様っ、何でもしますから是非」
「何でも、だね」
「は、はい……」
「なら僕の言う通りに動いてもらおうか、そうすれば死ぬ事だけは回避出来るかもね」
そうして僕は思いついた事をそのまま告げる、・オウルオーエンスの罪を清算する意味も込めてその弟と母親を王の前に突き出し目の前で断罪を執行すると。そうすれば、オーエンス家の壊滅。そうすればソフィア含めてディンズ家に戻ってくる事も出来るだろう。
それを聞いた妹は目を丸くしていたが、それ以上の考えは思いつかないと踏み、直ぐに行動に移した。それから一週間の間、手段は問わずして二人を捕らえることに成功したと知らせが入った、迎えた約束の日に間に合ったと目を赤く充血させ、十は年を取ったかの姿となり、僕へ知らせに来た時には正直驚いたが。
その間にもソフィアは目を覚まし意識は朧気ながらも、嫉妬が根付いたのは確認できた。こちらはこちらで順調に事を進めることが出来ていたので、これから王城で起こることが楽しみで仕方がない、
そうして僕は、特に呼ばれてはいない王城に来ていた。これから面白い事が起きると分かっているのに、その場に居合わせないのは考えられなかった。
「さてさて、演劇の始まりだね」
僕は会場を上から眺めることが出来る場所に位置し、下の方にはリュシアン新王が王座に座っており、その周囲にはこの国の重鎮達が神妙な面持ちで立っている。これから起こることを知っている人間は果たして、この場に何人いるのやら。
声も聞こえない重く葬式のような空気の中、入り口の大きな扉が雰囲気を壊すような音を立てて開かれた。全員がその方へと顔を向け、入ってくる者を待つ。
その瞬間、どよめきと共に場がざわつき始める。それぞれが顔を見合わせながら一体何が起こっているのかと、これから何が始まるのかと不安に駆られている様だった。それもそのはずで、入ってきたのは二人の男女を鎖でつなぎ引きずりながら歩みを進める妹と、その隣で下を俯きながら連れているソフィアだった。
「はははっ、ここまでやるとはね」
声を抑えながらこれから起こることを見守る事にする、騒がしさが収まらなくなった会場は、リュシアン新王の一喝によってかき消され静けさを取り戻す。
「ルーゼン・オーエンス、話は聞いているな」
「は、はいっ……王に忠誠を誓う証。それをこの場でご覧いただこうと参りました」
震える声とともに裾を持ちながらお辞儀をする、それに合わせるかのようにしてソフィアも頭を下げた。鎖に繋がれた二人は後ろで声を出すことも許さないと言わんばかりに布のようなもので口を覆われていた。そのせいか、唸るような声だけが発せられていたが、その姿は滑稽にしか思えなかった。
「では、その忠誠とやらを見せてもらおうか」
「ははっそれでは今からこの二人、オウル・オーエンスの実弟と、実母の公開処刑を執り行います!」
「……理由を聞こうか」
「はいっ。此度の一件、私としても未然に防ぐことが出来ずに非情に心苦しく思っております」
「それで?」
「罪滅ぼしとはいきませんが、オウル・オーエンスその一族す全てに責任を負わせるべきかと!」
「それはお前たちにも言えることではないか」
「いえ、此度の一件をもちましてオーエンス家は取り潰し、私とソフィアはディンズ家に下ります」
ここまでは概ね予想通りだった、提案した通りに二人を処刑することでオーエンス家を無くし、ディンズ家の下に入ると。そう考えたのは僕だからね。たが、その発言にまたしても周囲は少しずつざわつき始めていた。
「そしてその証として。現オーエンス家は私とソフィアを除きまして全員を私自らの手で処刑とし、国への…王への絶対的な忠誠と代えさせていただきたく!」
そうして土下座をするような形で頭を下げていた。その姿、言動は王への忠誠を誓う者としていかがなもんかと、周囲からは反対の声が挙がっていた。自身の保身のためにとった今回の行動、少なからず摩擦は生じると思っていたが、ここから先は己自身で乗り越えてもらいたいんだけどね。
そんな中、場を落ち着かせるように声を上げたのはリュシアン新王でその言葉に誰も意見できずになる。
「私は此度の忠義受け入れよう、私の父上を殺した事は決して許されることではない」
「はいっ、ありがたき幸せであります」
「では自らの手で終わらせよ、オーエンス家を」
そう言い下すと妹は言われた通りに手に持っていた剣を二人に対して突き刺した、その瞬間その場にいた全員が手のひらを返したかのように歓声で包んでいた。不自然に思うだろうが、実は僕が《
「これが最後の手助だよ。はぁーっ、やっぱり僕って優しいね、妹には甘いみたいだよ」
そうして僕は王城を出ていく、去り際に今回オウル・オーエンスを討ち取った報酬としてリュシアン新王とソフィア・オーエンスの婚約が言い渡されていたが、これもまた僕がこの一週間の間に仕込んでおいたものだった。二人を引き合わせ、優秀な手駒として国の中枢に忍び込ませておくために。
「さて、僕には行く所があるからね……つくづく思うよ、僕って働き者だなーって」
以前に感じていた視線の主もあの会場にいたようで、僕が出ると同時に何処かへ消えていったがこちらも問題なく進みそうで安心する。
さて、あの場で処刑されたオウル・オーエンスの実母が本物ではなく代わりの者を忍ばせていたなどと、これまた誰も気づくまい。自ら動いていたあの妹ですら、疑う事なく最後まで事を進めていたのだから。
本物はここにいるのにね。
そうして国の中でも外れの方にある一件の小屋の前に着いていた、この中に本物のオウル・オーエンスの実母を捕らえてある。
「エレナにはさらなる絶望を味わってもらいたいからね、もう一押しは必要だろう」
扉を開けると何もない小屋の中に、椅子に縛られた状態となっている。その足元には魔法陣を描いておりその効果は《
「やぁ、お元気そうだね」
「ぐぁっ……やっときた……かい」
「あれ、しぶといね…まだ自我があるんだ」
「ははっ、〝戦場の嵐鬼〟と謳われたこの私が…簡単に、ぐっ、はぁっはぁっはぁっ」
「それにしても限界みたいだね?ふふっ」
顔を見るとはじめに見た時に比べてやつれており、目も虚ろになってきている。何かが最後の一線を越えないようにと堪えているのだろうけど、そこをへし折るのが最後の僕の役目だろう。
「諦めたら?楽になるよ」
「ふんっ、誰がお前なんかに……」
「ねぇ、良いこと教えてあげるよ」
そうして僕は少しずつ近づいていき、耳元で囁く。
「最後の息子さんはさっき死んだよ、それにね〜残されたお孫さんはこれから僕の玩具になってもらうんだ」
「貴様ぁっ、許さない。許さないよ絶対に!」
「あーっははははっははは、無駄だよ!だってこっちは、君たちが産まれるよりも前から生きているし、ずっと前からの計画だからね」
「何を……言って…」
「僕は〝魔族〟だよ。求めているのは魔王の力とこの世界の混乱、こんな国の些細な事などどうだっていい...小さな国の権力争いなんてただの暇つぶしさ」
そう告げると、捕らえられた彼女の表情が驚愕から怒りへ、そして次第に恐怖へと変わっていく様子を楽しむように眺めた。彼女は縛られた体を震わせ、まるで抵抗する力を振り絞るかのように椅子を軋ませる。
「お前が魔族だろうと…ぐっ、私たちは絶対に負けない!エレナは、お前の思い通りにはならない!」
その言葉に僕は少しだけ眉を上げた。思ったよりも粘り強いな、と感心しつつも、諦める時が来るのは確実だと確信していた。彼女はすでに《操心誘引(マインドルアー)》の影響で正気を失いつつあるのだから。
「エレナね…確かに彼女は興味深い存在だよ。だけど、それ以上に僕にとっては――」
僕はそこで言葉を切り、満足げに微笑む。
「彼女を追い詰めるための駒が揃う方が面白いんだ。絶望の中でこそ、人は最も輝く。エレナも、君も、そしてこの国もね」
そう言い放つと、僕は彼女に背を向け、小屋を出る準備をした。最後に一瞥し、虚ろな目を見下ろす。
「さあ、これでおしまい。君がどれだけ抗おうと、結末はすでに決まっている。でも、まあ…頑張ってみるといいさ。僕は君たちがどれだけ足掻くかを見るのが大好きだからね」
扉を閉めたその瞬間、小屋の中から悲痛な叫び声が響いた。それを背に、僕は一歩一歩と足音を響かせながら清々しいほどの空の下を歩いていく。次の計画のために――そして、エレナがどんな絶望を迎えるのかを思い浮かべながら。
「さあ、舞台は整った。次の幕はどんな展開になるのかな?」
冷たい微笑みを浮かべながら、僕は森に向かって歩いていく。すでに拘束は外しているので目が覚めれば、エレナの元へと僕からのプレゼントとして向かってくれるだろう。ふふっ、一足先に待つとしようか。
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