episode.22.5 ザンラ・ディンズ(前半)

エレナが国から逃げた日から数日後まで遡るーー。


「ふふっふふふ……エレナちゃん逃げれてんだ〜」


現国王は殺され、リュシアン殿下が王位を継ぐことになった。そしてオーエンス伯爵とエレナちゃんは国外へと逃亡し魔の森へ、と御触れが正式に下された。


「いいねいいねいいね、わくわくするよっ」


王城がこれまでにないぐらい騒がしかったあの夜から数日が経ち、一変して不思議なくらいの静けさが国中を包んでいた。オーエンス家の反逆として噂が国中を巡り始め、様々な憶測とともに僕の耳にも届いていた。


「噂は噂を呼ぶ、人の欲を渦巻きながら……さて、賽は投げられた。僕の見たい景色を見れるかな」


そうして爽やかな朝日の下で屋敷の方へと向かっていた、こちらも可愛い妹と姪が戻ってきているだろうから労ってあげないと。上手いこと事を運ぶ為にに一役担ってくれていたんだから、きっと面白いことになっているだろう。


そんな事を考えながら屋敷に着くと門は開放されており、庭には人の姿は見えなかった。特に驚くこともなく門を通り屋敷の中に入っていく、さすがに中では使用人達が慌ただしく動き回っていたが気にすることなく部屋の方へと向かっていく。


部屋の前に着き、扉を勢いよく開け放つと妹と姪が疲れ切ったような顔でソファに横たわっていた。部屋の外の騒がしさとは違って、ここは葬式会場のように空気が重たく感じられる。まぁ、僕には


「やあやあ、大変だったみたいだね二人とも」


そうして二人に声を掛けると、血相を変えて妹が音を立てながら近づいてき、力強く掴みかかってきた。その顔は何日も寝ていないようで死にそうな顔をしている、その奥のソフィアの方が酷いように見えるが。


「お兄様っ、が上手くいかなかったわよ!!」

「まぁまぁ、僕もあそこまでとは……」

「ソフィアに限っては様子がおかしくなりましたよ!」

「ん?どれ…」


掴みかかってきた手を優しく振りほどき、ソフィアの方へと向かって歩いていく。何かを呟いているようでさらに顔を近づけてみると「何よあれ」「あんなの聞いてない」「化け物じゃない」と何度も何度も口にしているのが聞こえた、その雰囲気からもよほどの恐怖を刻み込まれたのだと感じる。


「いいねぇ…」

「ほらお兄様っ、ソフィアがソフィアがっ」

「大丈夫、大丈夫…ねっ、落ち着いて」


そうして妹を押し込むようにしてソファに座らせ、もう一度ソファの方へと向き直り問い掛ける。


「ねぇ、怖かったんだ?」

「ひぃっ、やめて思い出させないで」

「でもそれってでもずるくない?」

「何が、もう嫌よあんなの見たくない」

「エレナが持っていて、ソファに無いんだよ」

「あんな力、ただの化け物じゃない」

「その力のおかげで今も生きて、リュシアン殿下とお父様からの愛情も独り占めしていたんだよ」


その言葉に反応を示した、やはり僕が思っていた通りで彼女にはがある。このまま潰してしまうのは惜しい、もう少し揺さぶろうか。


「お兄様、ソファに何を…「しっ、ちょっと部屋を出ておきな」


妹の顔に手をかざし魔力を込める、その言葉の通りに先ほどまでの怒り狂った表情がから生気を失ったかのような表情に変わり部屋の外へと歩いていった。


「ふふっ、可愛い妹は素直でかかりやすい」


そして、僕は再び続ける。


「リュシアン殿下と沢山話していたのに婚約者の席は取られ、エレナの方にお父様からのドレスが贈られて。いつも美味しい所だけ掠め取っていく…ね?」

「そう、お異母姉ねえ様だけ楽しそうにしている、何もかも美味しい所だけを食べながら」

「そのエレナが力を手に入れたまま放置していたら?あの森からまた出てきて、その力を向けてきたら?」

「そうなれば…私には何も出来ない」

「ねぇ、ずるくない?楽して手に入れた力で」


そう、あの森の出来事は逃げてきた一人を捕まえて聞き出していた。聞く限りでは原初の魔王が現れた事もそうだし、まさかあのエレナが宵闇の魔力に目覚めるなんて思ってもしなかった。それには不可解な点もあるが、原初の魔王が手を加えたとなれば一時的に力を貸し与えていた可能性もある。


「あの力だってソフィアが持つべきだろう?」

「えぇ、そうよ。リュシアン様だって私のもの、お父様は仕方ない……あの女が生きているのは我慢ならない」

「ねぇ?こんな所で俯いてる場合じゃないよ」

「えぇ、そうよ。あの女がちらつくもの全て憎たらしい、全てを手に入れて絶望を味あわせてやる」

「それなら先ずは空いた椅子を取りに行かなきゃね」

「えぇ、そうね。それを知ったあの女はどんな顔するかしら……絶望と後悔をその顔に刻み私がこの手で殺してやるわ!!」


ソフィアが立ち上がり声を荒げた瞬間だった。


「痛いっ!?、痛い痛い痛いっ、何これ!」

「ふふふ………はーっはははははっ!!!」

「痛いよ伯父様っ!助けてっ、痛い痛い痛い!」


胸を握りつぶすほどの勢いで抑えながら、目の前で苦しむ声を上げていた。瞳孔は開き、口からは情けなくよだれを垂らしながら。


「いいよいいよいいよっ!やはりソフィアは器だ」

「何よ…それ………」


苦しみが終わると同時にソフィアに倒れ込んだ、問題なく息はしており先程とは違い静かに眠るように。次に目が覚めた時には使をしっかりと教えてあげないとね。


「ようこそ、〝〟今回も頼むよ」


これで駒は揃いつつある、次は誰にも邪魔させない。


「おっと、要件はまだあったんだ」


部屋の扉を開けて妹を探しに歩いていく、しばらく探していると廊下を歩いていた所を見つけたのでそのまま捕まえ魔法を解く。


「やぁ、ソフィアはもう大丈夫だよ。今は寝てる」

「そうなの、大丈夫なのね」

「うん、それにちよっと来てほしいんだよね」

「どこへ?」

「もうそろそろ来るはずだからさ」


そう話していると廊下の奥から執事が走りながらこちらに向かってきた、慌てた様子で伝えてきた内容は僕が手配して、ここに来た理由の一つでもあった。


「奥様、王兵がいらしており。罪人を連れてきたとのことで庭に呼ばれております」

「何よそれ…」

「だーいじょうぶだから、行っておいで」


そうして肩を掴んで後ろから押すようにして妹を庭の方へと連れて行く、そこには馬車が数台と馬車の周囲には、甲冑の隙間から鋭い眼差しを覗かせる王兵たちが立ち並び、手にした槍の先端が朝日に鈍く輝いていた。爽やかな朝の雰囲気とは似つかわしくないほどに重々しく、嵐の前の重たい空気のように支配していた。僕は全て知っているので驚きもしない、が妹の方はそうでも無いようだ。


「あ、あの…もしかして私達も……」


そりゃそうだ、オーエンス家の反逆となればその妻や娘すらも疑いの矛先が向けられると思うだろう。それが昨日の今日でこの威圧感をまといながらやってきたのだから、自分たちが捕らえられると考えてもおかしくはない。


「伝えっ!!」


その内の王兵の一人が大きな紙を取り出し声を上げる、静かなこの屋敷では全体に聞こえるほど轟いていた。


「此度のオーエンス家の反逆断じて許せざる行為也」

「それは、オウル単独でっ」

「よって一家諸共罪死の刑と致す」

「そ、そんな………っ」


妹は震える手でスカートの裾を掴み、崩れるように地面に膝をついた。視線は地面に固定されその顔は蒼白だった、正直僕は笑いを堪えるのに必死だがそんな事気付きもしないだろう。


「だがしかし、主犯であるオウル・オーエンスを捕らえようと動いたルーゼン・オーエンス並びに、ソフィア・オーエンスには情状酌量の余地在り」


それを聞いた瞬間、妹の表情が一瞬明るくなったのがわかった。愚かだ、希望など抱いても無駄なのに。


「従って国への忠誠を誓いたし」

「も、勿論国への反逆など考えもしません!誓って」

「よろしい、ならばその忠誠確かめさせて頂く」

「わ、私に出来ることであれば何なりと」

「一週間後、王城にて何らかの形で忠誠を示せ」

「そんないきなり言われても、こうして誓うと」

「では、王城にて待つ」


それだけを言い残して馬車と王兵達は屋敷を引き上げていった、残された妹は隣でただ泣き叫んでいる事しか出来ないでいた。なんとも情けない、これしきのこと乗り越えれるようにと育ててきたつもりだったのに。どうやら、僕の思い違いだったらしい。


呆れた僕はソフィアの確認をしようと屋敷へと戻ろうとした時、腕を勢いよく掴まれた。


「お兄様っ」

「離せよ、興味が失せた」

「分かっております。ただ、今だけは離せません」


僕は深い溜息を吐き「は・な・せ」と重い声で告げるが、変わらず話そうともしなかった。死にたくないと助けを求めるしかできないのだろう、エレナの件も含めて急場を乗り切る策が思い浮かばなければ、逃げる度胸すら無い。ほんの少し、期待をしていたのだが。


「助けて……下さい」

「もう少しできる子だと思っていたのにね」

「つまらないよ、本当に」

「助けて……。お兄様にも利があるはずです! 私が……魔王の力を手に入れれば!」


やはり、つまらない。


「なんだ、そんな事か」

「そんなっ、お兄様っ」


妹の腕を力強く振りほどき、僕は屋敷の方へと振り返りそのまま歩いていく。

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