episode.22 渦巻く陰謀

今にして思えば不可解な点がいくつかあった、たった一人でこの森を訪れた事やお継母ばあ様がみすみすと逃がした事。私たちを追い詰めた時にあれだけの兵力を投じていたのに、それをしなかったのはここに送り込んだ張本人だったからなのだろう。それでも、ここまでのことにならなければ気づけもしなかった。屋敷にいた間も魔法の存在に気づけなかったのだから、無理もないだろう。


私はなんとか立ち上がれるようになるまで休憩し、牢を後にオルタナの元へと歩へと向かう、体の節々が悲鳴を上げるような鈍痛が響くが、なんとかして引きずっていく。


「おや、終わったようじゃのお」

「オルタナ?」


涼しげな顔をしながらオルタナは声をかけてきた、私と比べて平気な姿をしておりそれを見た途端に堪えていた力が全身から抜けて落ちていくような感覚になる。


「え、大丈夫だったの?」

「あんな程度でやられる妾じゃないわ」

「じゃ、じゃあなんで…」

「いやのお、宵闇の魔力を習得するのにうってつけな状況じゃと思うての」

「なによそれ……こっちは死にかけたのに」

「大丈夫じゃよ。信じておったし、そうならんように助けるつもりではおったよ」


飄々とした態度にほんの少しの怒りと、それ以上の安堵と感謝を覚える。お陰様と言って良いのかは分からないが、魔法を使えるようになった事に変わりはない。それに助けるつもりだったのは嘘ではないだろう、その証拠に牢からそう遠くない所までこうして近づいていたのだから。ずっと気づかれないように気配を消し、息を潜めていたのでしょう。


「そっか……そっか…」

「それにしても精神操作の魔法とは、残酷なもんじゃ」

「治す手立ては、防ぐ手立ては分かる?」

「いやーっ、さっぱりじゃが…あやつなら……」

「何か知っているの!?」

「いや、気の所為じゃ。あやつは死んでいるからな」


何かを知っていそうだったがそれ以上は何か話そうとはしなかった、小さく呟くように〝あやつは死んだ〟と聞こえたが、過去にも同じような魔法を使っていた人物、もしくは魔族の誰かがいたのだろうか。


「それよりも、どの系統の魔法か分からんゆえにな」

「そうよね、どの系統にも精神に作用するような魔法があるとは聞かされていなかったもんね」


魔法とはそれぞれに優劣がある、〝火炎は風嵐に強く〟〝風嵐は土岩に強く〟〝土岩は電雷に強く〟〝電雷は水氷に強く〟〝水氷は火炎に強く〟といったように関係が出来上がっており、有意な系統で上書きするような形をとれればと思っていたのですが。


「それにしても見事な牢じゃのお」

「オルタナのおかげよ」

「にしてもじゃよ、宵闇と火炎が上手く混ぜあってが生きているの」

「それでもこの状態を維持するのは不可能ね」

「そうじゃな、日が昇ればば弱まるじゃろう」

「それまでにどうにかしないと」


リュシアン様のように苦しむ様子は見られたが、意識が呼び戻されるような兆しは見えていなかった。それほどまでに深く根強く仕掛けられているのでしょう、かといって何かで縛って拘束するにも限度はある。


「エレナ……」


悩んでいた所にお祖母様の声で私を呼ぶのが聞こえた、思わず牢の方を見ると横たわりながらもこちらを見据えていた。これはどっち……主人公何かの原因で一時的に意識が呼び起こされたのか、それとも私を誘い込もうとした罠なのか。判断がつかないでいると、オルタナが背中を軽く押してくれた、それに合わせて足が前へと踏み出し牢の方へと近づいていく。


先ほどよりも炎の揺らめきは小さくなっており、お祖母様の魔力を燃やし尽くした事を表していた。牢の中では苦しげな表情を浮かべ横たわるようにしている。今すぐに動き出すような気配は見られない。


「エレナ…いるか」

「はい、お祖母様」

「そうか……すまんな…迷惑をかけた」

「いえ、お祖母様のせいでは」

「情けない話よ……息子を二人失うばかりか、孫にまで手をかけようと……それも私自ら…」

「悪いのはディンズ家、お継母かあ様です」

「それにしても……成長したな…まさかこの私が」

「ふふっ、ギリギリでしたよ」


そう話しながらも笑顔を取り繕うので精一杯だった、今の私にお祖母様の状態が敵か味方なのか判断が出来なかった。それほどまでに精巧な魔法なのだと、背筋に感じる恐怖と共に改めて思い知らされる。


「そうか……なぁ、エレナ」

「はい」

「お前の手で……終わらせろ…そうでなくては……」

「なっ!?」

「話が聞こえていたが日が昇れば……この牢は…」

「そんな事はしません!」


自分でも考えようともしなかった言葉に力強く返す、お祖母様をこの手にかけるなど出来るはずもないのに。祖母の目には悲しみが宿っているようにも見えるが、その奥底に別の感情が隠れている気がしてならない。


「私がこの手を汚す前に……頼む」

「出来るわけがないでしょう!」


頭の中はぐちゃぐちゃだった、敵か味方か殺すか生かすか、時間は待ってくれない中で仮にお祖母様の意識が一時的に戻っていたとしてもいつ呑まれるか。まとまらない考えに吐き気を覚えながら下を俯く、これはさすがに残酷過ぎないか。


「エレナどくのじゃ」

「オルタナ、何を……」

「この業は妾が背負ってやろう」

「おぉ……魔王に殺されるとは……悪くないね」

「やめて!オルタナっ!」

「ぐっ…ああぁ゙ぁ゙っ……早…く……」

「お祖母様ぁっ!」


心臓が苦しくなるほど脈打ち、オルタナを止めようとするも力が入らない。視界は涙でぼやけながら決まらない自身に嫌気が差してくる。この状況でお祖母様の望む事が正解なんだと、囁きかける言葉もあり倒れ込みそうになる。


「ふふふっ。なーんだ、つまんないの」


不協和音に似た声が聞こえ、男は牢の上へと降り立ち一瞬で場の空気を凍らせた。その姿は黒いマントを羽織っており、こちらから顔を確認する事は出来なかった。騒がしかった空気を鎮めるかのようにして佇み、周りを呑み込むかのような存在感を放っている。異常なはずなのに、目が離せずに声すらも出せずにいた。


「ねぇ、何で殺さないの?エレナちゃん」

「なんで私の名前…」

「ん〜、君のことは知ってるよふふふっははっ」


全身を舐め回すような薄気味悪い笑い声が聞こえてくる、震えそうになる体を抑えているとそれ以上に震えているのをオルタナの方から感じる。


「お主、何故こんな所におるんじゃ」

「これはこれは、誉れ高き原初の魔王様。ご機嫌麗しゅう」

「何故お主が生きておるんじゃっ!!」

「おや、僕のことがお分かりで?」

「オルタナ、何を言って」


その瞬間にオルタナは男の元へと地面を蹴り上げ飛び出していった。こちらにも衝撃が伝わる程の勢いを乗せ、蹴り上げるようにして足を突き出すがそれを片腕で止めるようにして掴んでしまった。


「離さんかっ」

「はははっ、楽しいねぇ」


男は笑いながら掴んだままの足を振り回し、私の近くに向かってオルタナを投げ飛ばした。かなりの衝撃だっようで爆発するような音と土煙が上がる、声を上げて呼びかけるが平気だったようでその場ですぐに立ち上がりながら「大丈夫じゃ」と言っていた。


この少しの攻防でも二人の力量が理解できるようで、あの男が一筋縄でいかないと思わされる。


「ありゃ、こんなもんかい」

「そう言うな、来たばっかりじゃろうて」

「ねぇ、あいつは何者」

「あいつはの……「おっと、エレナも知ってるはずだよ」


そう言いながら男は顔を覆い隠していたコートのフードを捲るようにして持ち上げる。現れたその顔を見た私は驚きを隠せないでいた、確かに知っている人物であったからだ。だが、オルタナとの会話が違和感にしか感じられなかった、二人に接点や因縁があるようにも思えない。


、何でこんな所に」

「はいエレナちゃんせいか〜いっ。まぁ、原初の魔王様にはバレていたみたいだけどね〜」


お祖母様の兄であるザンラ伯父様、考えればディンズ家次期当主である彼がここまで言ってきたのであれば理解できるが、それ以上にこの言い表せない不気味さや、まるで遠くから見ていたような口ぶりに少し恐れを感じている。だが、それ以上にオルタナのここまで怒り狂った顔は見たことが無い。


「言えっ、お前はこの手で確かに殺したぞ!!」

「えぇ、覚えていますとも。ほらこの胸の傷」


そう言いながらコートをめくり左胸にある大きな傷跡を見せつけてくる、オルタナが彼を殺したと言ったのであれば何故生きてここに。それよりも、お継母かあ様の兄である以上封印されるよりも前に会っていたことにはなるが、それでは時系列が合わない。


「間違いないようじゃのう」

「オルタナ……これは一体…」

「すまぬ、詳しく話している余裕はないのでな」

「そう…でも共通の敵のようね」

「なんじゃと」

「そうでしょう!ディンズ家次期当主、ザンラ伯父様」

「これはこれはご丁寧にどうも、原始の魔王様?であります故」

「相も変わらぬ、ふざけた奴じゃのお」


どうやら二人にはただならぬ因縁があるようで、互いに睨み合ったまま動かなくなった。こちらにも突き刺さるような殺気を飛ばしているが、それを気にしないかのように鼻歌混じりに戯けた姿を見せている。


「ザンラ伯父様、一つだけ教えてください」

「お、なんだいエレナちゃん」

「私やお父様を追い詰め、国の人間を欺き操っていたのは、お祖母様をそのようにしてのはディンズ家ですか」

「直球だね〜、でもそれは不正解」

「えっ」


お父様からはディンズ家が独自の魔法を用いて此度の混乱を引き起こしたと、そう聞かされていた。そのお父様が嘘をついたのか、それとも読み違えたのか。いや、ザンラ伯父様が嘘をついている可能性だってある。


「正解はね〜……僕でしたっ」

「は、えっ?」

「ディンズ家は関係ないことはないけどね…あの魔法は全部僕なんだよ〜」


私の頭は混乱でいっぱいだった。ザンラ伯父様の言葉が真実だとしたら、お父様の言っていた事は正しい事になる。彼の目に宿る狂気はそれを確信するには十分すぎた。

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