episode.23 旧世の激戦

不気味なほどに静まり返る中に突如として現れたザンラ伯父様、私の創り出した牢の上で森の不気味さをその身にまとうようで不吉な笑みを浮かべている。眼の前にいるこの男こそが憎べき相手だと明かされ隣にいるオルタナ以上に怒りの炎で体が内から吹き出しそうになるのを感じる、お父様をここで殺し私を国から追いやり、数多の人々を狂わし惑わせた元凶。


「貴様が……全部…」

「なになに、エレナちゃん怒ってんの?」

「貴様が全部企てたのかぁ!!」

「さっきからそう言ってんっじゃん」


怒りで我を忘れそうになる、先程は抑えることができていた負の感情が更に沸き起こり闇の魔力と共鳴するかのように溢れ出す。目の前の牢にほとんどの魔力を持っていかれたと思っていたが、まだまだ奥に秘めていたようだ。


「エレナっ、抑えるんじゃ!」


オルタナのその言葉に我に返る、隣を見ると彼女が心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「チッ、邪魔しやがって」

「エレナ、よいか。ここは妾に任せておけ」

「オルタナ?」


オルタナは私の前に立ちふさがるようにして歩み始めた、その背中は何故かあの日のお父様と重なってしまう、同じくして私を守ろうと自分の身で遮るようなその姿に。それはほんの少しだけ、寂しくもある。


!お主がまた何か企んでいるようじゃが、今回も思い通りにはさせんぞ」

「やめてよその名は、もう捨てたんだから。今は”ザンラ”だから」

「どっちでもよいわ……何故生きておるのかは知らんがもう一度この手で」

「こいよ原初の魔王。あの時と同じと思うなよ」


そうして二人は激しい戦闘を繰り広げる。そこに静かな森の姿はなく、辺りの木々は衝撃の余波により激しくしなり葉々は音を立てながら舞い散っていく。不謹慎ながらもその二人が戦うさまは美しいとすら感じてしまった、時折照らされる月明かりはまるでスポットライトのように二人を印象づける。


「なんて戦いなのかしら、お祖母様は牢のお陰で無事ではあるが」


いつの間にかお祖母様は牢の中で気を失っていた、私もその場から吹き飛ばされないようにと堪えるのに必死だった。先程の会話でもしやとは思っていたが、魔族であることは間違いなさそうだ、オルタナの発する魔法と相反するかのように光り輝く魔法を放っている事を想像するに、あれが陽光の魔法。魔族が使用する魔法系統の一つ、精神魔法もそれに関連するところだろうか。


それなら、宵闇の魔法か虚空の魔法で元に戻すことが可能なのでは。


「きゃぁっ」


周囲の地面が抉れ、木々が薙ぎ倒される中で二人は激しくぶつかり合う。これが乱世の世を生きた者同士の戦いなのだと思い知らされる、仮に私が万全の状態だったとしてもこの中に割って入れば数秒と持たないような気がする。


そんな最中、戦闘の流れを大きく作り出したのはザンラの一撃によるものだ。互いの力は拮抗するように夜の闇と、月の明かりをそれぞれの力として味方につけていたが次第に薙ぎ倒される木々の影響により月明かりの光量と範囲が大きくなっていき、防ぎきれないほどの集約された一撃にて吹き飛ばされるその瞬間は言葉を失った。


吹き飛ばされたオルタナはその勢いのまま小屋に向かっていった、衝突すると同時に爆発音のようなものが鳴り響き土煙を上げながらも、辺りに小屋の破片を大きく散らしていた。


「ふはははははっ、原初の魔王とあろうものが無様だねぇっ」

「オルタナーっ!!」

「こんなに弱っているなら計画の意味がないじゃないか。おーいどうした、力はそんなもんか」

「封印が解けていた……ですって?」


思わず口にした言葉にザンラが反応したのか、急にこちらに視線を送ってきた。聞こえるような距離ではないのに確かに反応を示し、その証拠にこちらに向かって歩いてきた。次は私かと、構えを取る。


「なに、知らなかったの?」

「なにがですか」

「えーっ、原初の魔王に封印は施されていないってこと」

「それが何だというのですか」

「だっておかしくない?封印されていないなら、何故オウルはここへ」

「……やめろ」

「原初の魔王は争いを好まない、封印されていないのに森から出ない」

「それは魔獣の発生を抑えるために」

「こんな魔王が生きている森で魔獣なんか発生するとでも?」

「………」

「だとすれば、オウルはここで何を?」

「やめろ!私には関係ない!!」


気にならなかったといえば嘘になる、ここで過ごして数日間。魔獣に襲われるどころか、その姿すら見たことはない。そもそもこの森に入ったときにお父様は”今は魔獣はいない”と仰っていた。その言葉を鵜呑みにしていたが、理性のない魔獣をこうも完璧に間引くことなど果たして可能なのだろうか、それにあの日この森へは急遽逃げ込んだ。それも迷うことなく。


お父様が魔王オルタナと何かを企んでいた、それもずっと前から。そう考えれば辻褄の合うことはあるが、それでもまだまだ不可解な点が多すぎる、お父様の事は初めて見たような反応を示していたし、殺された現場を見て何も感じていなかったようにも思える。


「さてさて、一体ここでは何が行われていたんでしょうか」

「私には関係ない」


その視線と言葉が私の全身に絡みつくようで、対峙しているだけで力が抜けそうにもなるが呑み込まれそうな空気になんとか踏みとどまり、言葉を絞り出す。お父様がここで何していようとも、今目の前にいるのは私の憎むべき敵であり、敵のようなものでもある。


「つまらないな、これも駄目か」

「何、ふざけた事を……」

「方法は分からないが、エレナちゃんは宵闇の魔力を扱えていたよね」

「それがなにか」

「もしかして最初っから?……いや、原初の魔王か…」

「さっきから一人で何を」

「まぁ、関係は無いか」


その瞬間、ザンラは一直線に牢の方へと向かっていく。それを見た私は嫌な予感がしたが、その一部始終に何も出来ずにただただ見ているだけ。


「あっ………」


ザンラは牢の中へと腕を伸ばし何かを唱えたその瞬間、光の剣が幾重にも現れお祖母様の体を刺していた。血飛沫を上げながら、その光の剣は紅く染め上げられ無事では済まないことを物語っていた。声を上げることも無ければ、体が動くこともない。またしても同じ光景を目にするが、お父様の時とは違い視界が真っ黒に染め上げられていく。


「あーはっはははははぁぁぁっ!エレナちゃぁん、ウェルカァム!!」


ザンラの逆なでするような笑い声が響き渡るが、何も見えない。次第に失われていく手足の感覚に不思議と心地良さを覚えている自分がいた。落ちて堕ちていく……しばらくして何かにぶつかったかと思えば、水面に叩きつけられたようでそのまま水の中へと入り、深く深く堕ちていく。森の中にいたはずなのにと、驚くべき冷静な思考は残されていた。


そういえば最後にもう一人、私の名前を呼ぶような声が聞こえたがもう確かめようのない何も聞こえなくなっていた。


森の中での自分を失い、その直後に起きたのは突如として水面に叩きつけられたような感覚に襲われ、何も抵抗できずに深く沈み込んでいった。藻掻き抗おうと体を動かしたが普通の水とは違い重く体にまとわりつくようだった。


わけもわからない感覚ではあるが、どこかに身に覚えがあり次第になる冷静さにこの水が宵闇の魔力なのだと気付き、そうなればこれが力に呑まれて元に戻れなくなった状態なのだと理解できる。


そうして何もかも諦め、身を預けながら沈んみ込んで行った先に懐かしい気配を感じる。


(これは、オルタナ?)


変わらない水中の中で、一際強力な魔力の塊のようなものを発見する。これは以前、私に植え付けたと言っていた魔王の力というやつかしらと思うが、遂にはその力について何も聞けなかった。それでもこの温かさと私の直感がオルタナから渡された力なのだとそう囁いていた。


(改めて思うけど、こんなにも力強いものだったのね)


これ目覚めていたら、もっと上の方にあればとそんな後悔の念を感じながら深い眠りに誘われるように、目の前にある魔王の力を抱きかかえ体を丸める。音も聞こえなければ、四方は真っ暗に包まれている。そんな中で私は、静かにそっと瞳を閉じる。

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