幕間「星の降る夜」
「……いやいや、勝手にアタシを終わらせるなっての」
高架橋が氷槍によって破壊される際のことだ。ハルミを除くリット一行は、クロハラが空中に構築した
そこにスフィアが、呆れた顔つきで佇んでいたのである。氷槍で破れた衣服はそのままで、血がべったりと染み込んでいた。そして開けた胸元を、気恥ずかしそうに隠している。
「スフィア!? ホントにスフィアなのか。……無事で良かった。でも、どうして……」
「旦那と同様、嬢ちゃんが生き返らせたんですな」
「ううん、スフィアは死んでない。スフィアの心臓が潰れて、生命機能が完全に停止する前に――わたしがもう一つの心臓を作り出した。だから、生き返らせたわけではない」
「リットちゃん、それって死んだようなものなんじゃ」
「というか、旦那の【
「違う、絶対違う……これは、ギリギリ、セーフだから……」
「じゃあ、セーフだな! いや、何がセーフかは分からないけど……。……まあ、ともかくさ、これで全部、終わったんだ」
戦いで傷ついた身体はそのままであるが、ハルミは心が温かいもので満たされてゆくのを感じていた。
「旦那、一件落着のところ悪いが……こやつの処遇をどうするか決めてくだせえ」
そこで気付く。ハルミから逃れるように、スフィアの背後に小さな童女が隠れていた。
「…………」
「忘れた訳じゃないでしょうね。この子はレヴィリス、銀ガラスを従えるディーの配下よ」
黙りこくるレヴィリスに代わり、元同僚のスフィアが応答する。
「橋が崩れる寸前に、連れてきたの。これは戦後処理ってやつよ。それをしない限り、戦いはまだ終わっていないわ。……まあ、アタシ的には、レヴィリスちゃんは……その……」
「大丈夫だ、分かってるよ」
そう言ってハルミは、レヴィリスの傍でしゃがみこんだ。
「戦後処理……わたしにも、まだ、やるべきことが残っている」
対してリットも、確固たる意思を胸に秘めて星空を仰ぎ、両手を目一杯大きく広げた。
「――――【
――無数の光が生じていた。蛍火のような、蝋燭の灯火のような、見るものに安らぎを齎す光の球が散開し、辺り一面に繚乱する。陽へと向かう花弁のように、リットはその細首を撓垂らし、遥か天空に浮かぶ二つの月を見据える。
「……これだけじゃ、足りない。もう、使えなくなっても、いい。力を、暴走させてでも……接続率一一〇%――一二〇%……まだ、もっと……!」
玉の汗を浮かべながら、リットが力を振り絞る。言葉に応じて、散らばる光が眩く瞬く。それらに共鳴するかのように、夜空の星々も輝きを強めているようであった。
「……嬢ちゃん……いったい何を……」
「わたしのせいで、たくさんの命が失われた。遡れば、暗夜戦争での犠牲も、全てそう。でも、一五年もの時間は覆せない。だから、せめて、この数日だけでも――世界を巻き戻す」
+++++
――暗夜戦争終結からちょうど三周年を境に巻き起こった、奇妙な一連の事件は、後に【星の降る夜】と呼ばれる事となる。
街の到るところで、戦闘の痕跡が残っている。シグナルが虐殺を行った、という証言が無数に上がっている。それが事実であるならば、まさしく惨劇と呼ぶべき事件なのだろう。
しかし、違っていた。結果だけを述べるとするならば――
――戦闘で敗れた加害者らしきシグナルを除き、この事件における死傷者数は〇人である。
そしてこの日を境に、一五年ぶりに星空が蘇り、空には二つの月が浮かぶこととなった。
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