38.八日目 / 大空戦

 敵の第一波を食い止めて、小休止。

 包んで持ってきていたピロシキを口に入れて、お茶を飲みながら空を飛んでいると、リョーヴァの通信が入ってきた。


『リーナ! 緊急だ! 首都前面の防衛線が突破された!』

『んぐっ……やばいね!』

『その通りだ! ミールたち襲撃機部隊が出動した。戦闘機からしたら良いカモだ、援護に回るぞ!』

『了解!』


 残りのピロシキを強引に口に入れて、お茶で流し込む。ちょっとむせたけど、お腹の中で栄養になればそれで十分。


 リョーヴァの斜め後ろに付きながら、敵の方へと飛んでいった。

 道中で基地を通過したけど、続々と襲撃機が飛び立っていた。機体の後ろに描かれた番号を見てみると、彼らはミールの部隊ではない。

 ミールたちは既に出発してしまったようだ。急がないと。


『ミールたちはもう行ってるみたい! 急ごう!』

『了解。襲撃機の癖に早いな。俺達が来るまで待ってれば良かったのに』

『そんな余裕もないくらいに緊急なんだろうね!』


 5分も飛ばないうちに、敵部隊が見えてきた。首都からは30キロも離れていない。本当に、眼前まで押し込まれてしまっている。


『敵は例の機甲師団っぽいよリョーヴァ! 気を付けて!』

『了解だリーナ。お前も気を付けろよ』


 機甲師団が精鋭なのは、長い間戦争を生き残ってきたからだ。そして、どうして生き延びられるかというと、陸はもちろんのこと、空への対抗手段も充実させてきたから。

 近付きすぎれば対空兵器に堕とされるし、遠すぎれば攻撃も味方の支援も難しい。

 ……だけど、私たち親衛連隊の襲撃機部隊も精鋭だ。地上は彼らに任せれば良い。私たちは空をよく見ておこう。


『生きてるか命知らず! 戦闘機の護衛も無しに敵部隊に突っ込むんじゃねえ!』

『その声は。リョーヴァ、いいところに来てくれたね。ちょっと後ろのこいつ堕としてくれる?』


 叫ぶようなリョーヴァの通信に応答したのはミールだった。

 後ろに戦闘機が喰らいついているというのに、ミールはなんとも無いような声色で返事をしてきた。


『おまっ……なんでそんなに余裕綽々なんだよ!?』

『後は彼だけだからね。他はぼくが堕としといた。ぼくの分隊もみんな生きてるよ』

『えっやば!』

『あ、リーナも居たんだ』


 さらりとミールがすごいことを言うものなので、私は素で驚いてしまった。

 私もリョーヴァも一瞬呆けてしまったけど、急いでミールの機体に近付いて、連携して敵機を落とした。

 ミールは地上部隊から護衛戦闘機を引き離す囮役をしていたのか、敵機甲師団からは少しだけ距離が離れていた。同僚の襲撃機部隊とも。

 ……それなのにたった1機で生き残っていた。


『お、ありがとう。助かったよ二人とも』

『うん。……それより確かにそれは空戦も出来るくらいの傑作機だけどさあ』

『すげえな、ミール。襲撃機でエースになれるんじゃねえか?』

『でもやっぱり戦闘機相手は難しいよ。ぼくは地上を相手にするのが楽だね』


 彼が乗っている機体は傑作機だった。重く、固く、搭載火力もたっぷりで機動性も十分。唯一、速度が出ないのが欠点ではあったけれど、戦闘機じゃないから速度は別に必要ない。

 戦闘機と空戦することも出来るだろう。……けど、常識的に考えてそれは自衛程度。襲ってきた敵部隊をたった一人で相手をするなんていうのはまず不可能だろう。

 ハンナさんみたいなタイプでもなければ。


『攻撃機とか襲撃機に乗ってる人は化け物しかいないの?』

『失礼だなあ。ぼく以外にも当てはまりそうな人が居るんだね?』

『うん。敵のエースでね――』


 私がハンナさんの二つ名を言葉に出そうとすると、リョーヴァに遮られた。


『――察したぞ。それ以上は言うな、エースの二つ名を呼ぶと来るっていうジンクスがある』


 話しているうちに敵が近付いてきていたので、私たちは散開しながら話を続けた。

 ミールとはこうした実戦の空戦で連携することは初めてだったけど、航空学校の時の訓練ではたまにあった。だからか、あんまり違和感もない。


『いいじゃん。ぼくたち3人ならエースでもなんとか相手できるんじゃない?』

『堕とさねえと意味ねえよ! ミールって割と自分に自信持つ方だよな』


 近付いてきた敵は編隊だった。私たちより1機多い、4機の編隊だった。基本的な単位だ。

 まあ、障害にすらならない。やっぱりミールの機体は襲撃機だからか優先的に狙われるんだけど、その旋回性能は敵の戦闘機を凌駕している。

 一撃離脱に徹するならまだしも、欲を出してミールと格闘戦を始めるのは悪手だ。そうなった敵機は簡単につまめるおやつになっていた。


『そうでもないと地上攻撃なんてできないよ。君たちも乗ってみる? 対空砲火をくぐり抜けるのは結構楽しいよ』

『……私は遠慮しとこうかな』

『俺も。……あの時戦闘機選んでて良かったぜ』


 敵戦闘機の弾幕をくぐり抜けながら、私たちは言った。

 対空砲も戦闘機の機関砲もどちらも同じ弾幕ではあるものの、その量は随分と違う。地上攻撃はやりたくないね。


 話ながらの空戦は集中力を切らしそうに見えるけれど、案外そうでもない。

 仲の良い三人で空を飛ぶのは、危険よりも楽しさが勝っていた。







 それからしばらく空戦を続けて――


『ミール上手!』

『なんだよミールばっかり褒めやがって。俺の方も見とけよ』


 敵戦闘機を堕としたミールを褒めてみたら、リョーヴァの拗ねたような声が聞こえてきた。

 ちょうど隣にリョーヴァの機体があったのでコックピットを見てみたら、唇はへの字に曲げられていた。

 そんな通信を受けて、ミールは笑うのを必死に抑えながら言い始めた。


『おっと、嫉妬だ。リョーヴァって可愛いとこあるよね、リーナ?』


 ミールにとって、私たちは1個下。私とリョーヴァは今年で19歳だけど、ミールはハタチ。この国ではお酒は16から飲めるし選挙権も18から与えられるから制度的な節目でもなんでもないけれど、キリが良いから20からは立派な大人として見られることが多い。

 大学に行く人も少ない時代だからね。みんなそれくらいから未来を見据えて真面目に働くのだ。

 そんなわけで、同期ではあるんだけれど、ミールは私たちを庇護する相手として見ているところがある。実家では沢山の弟妹を持つ長男だったから、っていうのもありそうだけど。


『わかるわかる。基地に戻ったら二人でいっぱい撫でてあげよう』


 だから、ミールの『可愛い』に他意はない。

 一方のリョーヴァなんかは私のこともミールのことも意識しているみたいだけど、ミールは全くそういう意識を持っていない。

 罪な男だ。


『いいね。リョーヴァを撫でるのも久しぶりだなあ』

『お、お前ら真面目にやりやがれ!』


 まあ、それを言うなら私もよっぽど罪作りな女だろうけど。くっつく気が無いのに粉をかけるからね。

 いつか刺されて死んでしまうかもしれない。でもね、男女双方の気持ちが実感を伴ってわかるようになるとみんなこうなるんだよ。


 ミールと私でリョーヴァをからかっていると、拗ねて無線を切ってしまった。

 仕方ないので私はミールに話を振った。


『そういえばミール、ご家族は元気?』

『山脈の向こうだからね。何も無いと思うよ。疎開先になるだろうから、これから忙しくなるだろうけど』

『そっか、良かった』


 今回の『大撤退』、人民たちの疎開先として一番に挙げられる街がミールの故郷……の近くの都市、パヴェルフスクだった。

 一応、太平連盟(例の東アジア同盟のこと。夜見日本みたいな国新麗韓国みたいな国東方帝国中国みたいな国の仲良しトリオ)も避難民を受け入れてくれているらしいけれど、外国にまで疎開する人は少ないだろう。祖国はまだ元気なんだから。


 警戒しながら飛行して、周りを見渡しても敵の姿は見えなくなっていた。

 地上を見てみると敵機甲師団の前進も止まっていて、味方の襲撃機が好き勝手に機銃掃射を行っている。

 それなのに敵戦闘機はこれ以上来ない。


『……増援が来ないね』

『だね。遂に限界かな?』

『だと良いけどな。おっと、地上部隊も撃退出来たみたいだな』


 いつの間にかリョーヴァも無線に復帰していて、地上を見ながら言った。


『それなら、そろそろぼくは戻ろうかな。それじゃあ基地で。今回はありがとうね』

『こちらこそ。楽しかったよ』

『出かけた帰りみてえだな。気をつけて帰れよー』


 ミールが機体を左右に揺らバンクして私たちに別れを告げた。

 戦闘機私たちと比べて遅いとは言え、加速すればその速度は時速400キロにも近くなる。あっという間に私たちから遠ざかっていった。


『燃料も弾薬ももう無いな。ちょっと早いけど切り上げるか』

『そうだね。敵さんも息切れみたいだし、当分は平和かな。何とか切り抜けたぞぉ』


 コックピットの燃料計を見ると、もうカツカツだった。

 太陽は随分と西に傾いている。首都の方を見てみると、敵影は少ない。爆撃機の姿も見えず、味方の機体が残党狩りをしている様相だった。


 敵の強攻はどうにか……一時的にではあるだろうけれど、止められたのかもしれない。

 訪れるのはつかの間の平和だろうけれど、その間に首都の人の疎開も大きく進むだろう。


 夕飯の献立を考えながら、私は基地へと戻っていった。

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