37.七日目 / 大撤退
昨日は一日休んでだいぶ落ち着いた。今日からはいつもの私だよ。
がんばろう、祖国と家族と戦友のために!
あと党のためにも。
首都の攻防戦は長引きそうだった。
というのも、ついに党から正式に首都の一般市民の疎開が案内されたから。開始は『直ちに、遅滞なく』。
私たち軍人は、大混乱になるんじゃないか? と心配していたけど、オクチャブリスカヤ中央駅が大混雑になったり、首都から逃げる車で大渋滞が出来たりはしていないらしい。
疎開計画は前々から案内されていたのかもしれないね。
正式名称は戦時特別人民令第27号。
ニュースの人が言うには『大撤退』だ。
そして、それに合わせたかのように敵の攻勢も強まった。首都の上空には敵の大編隊がやって来た。
『リーナ! 空戦のマナーは知ってるか?』
『もちろんだよリョーヴァ! 安心して、私も話し合いは得意だから!』
『流石エースだな。さあ、突入するぞ!』
リョーヴァの分隊に編入して初日の任務はこの大空戦だ。地上からは対空砲火が敵味方の区別をしていないんじゃないかと思うレベルで襲ってくるし、敵の爆撃機部隊は民間施設よりも軍事施設や党の建物といったものばかりを狙っている。
私たちの油断は即刻国の瓦解につながる。責任重大だ。
《おいでませ大衆ゲルマン御一行様! かわいい兎のサービスはどうですか?》
《かわいいだって? よく言うぜアバズレが! 何人お前にやられたと思ってんだ!》
《まだ二桁ですよ! 内戦で将来的な味方を殺しすぎましたねバカ短気!》
今日はリョーヴァと二機編隊を組んでいる。単純で、一番やりやすい形の編隊だ。こういう混戦だと編隊員の数は少ないほうがやりやすい。
両隣を気にするより、片方だけ気にするほうが楽だしね。
《今日こそお前を堕としてやるッ!》
《なんでそんなに恨むんですか面倒だな……。ほら、頭に血が登ってると》
敵の編隊に向かっていき、議論を重ねながら絡み合う。蛇が絡みったような、髪が絡まったような、ナメクジの交尾みたいな――ともかく、ぐねぐねうねうねと動きながら空戦をする。
傍から見たら美しい空戦かもしれないけど、当人たちからしたら全身に負担は掛かるしその癖頭も使わないといけないしで、結構辛い。
後ろに気配を感じたので、スロットルを絞ってフラップを落として、速度を下げた。
真横と真上を曳光弾が飛んで行って、レシプロエンジン特有の空気を切り裂くような轟音が近づいてくる。
《速度を出し過ぎですよ。
そしてそのまま、私の前を通過して行った。
フラップを格納してエンジンを最大出力、一気に加速しながら機関砲を撃って敵機の尾翼を打ち砕いた。
『やるなリーナ。口も達者とは恐れ入ったぜ』
『リーリヤ少佐直伝だからね。負けないよ、絶対に!』
――びくん、と頭で認識するより先に身体がなにかに反応して、私は機体を大きく傾けた。
そのまま横に移動して、天地は綺麗に一回転した。
『おっと!』
結構無理な動きをしたんだけど、今回の敵は綺麗に後ろに喰らい付いている。なかなかやる人だ。
だけど、速度は私と同程度。つまりエンジンの出力で優れてる私の機体の方が優勢だ。
キツいGに耐えながら一気に上昇する。
《危ないですね急に後ろから!》
敵からしたらカモに見えるだろう。けど、それは大きな間違いだ。
低速域の機動性も、失速に対する体勢も、何もかも私の方が優れている。
《調子にィ、乗るなッ!》
叫びながらヤケになって機関砲を放つけれど、私の遥か上――地上に垂直になっているから正しくは横――を通っていくから当たらない。
そして、次第に敵機は失速していく。トンボみたいな細長い機体の機首が、ゆっくりと斜めにズレていく。
フラップとラダーとエルロンとエレベーター、全部を上手く動かして、失速して地上に向かって加速していく敵機の後ろに付いた。
煮るなり焼くなりご自由に、私の勝ちだ。
《クソ、どうして、どうして!》
《珍しい! あなたたちの国にも女性パイロットが居たんですね。だからこそ、堕とすのは残念です》
無線から聞こえてきたのは女の人の声だった。
エリカとハンナさん以外にも居たんだね。
ちょっと感心しながら、エンジンを狙い撃つ。エンジンに運ばれた燃料が外に飛び出すと、あっという間に敵機は炎に包まれて、首都を温める炎の一つになった。
《白兎に構うなァ! 他の奴らを殺れ! あいつを堕とすのは最後だ――クソッ! 来るな!》
《白兎なんてやめてください! 私にも二つ名が付いたんですよ。『白聖女』……って!》
次の獲物を見定めていると、いい位置に留まって何時でもカバーできるように警戒している機体を見つけた。上昇しながら機関砲を放って、その機体を堕とす。
けど、その時になって私は随分と突出してしまっている事に気が付いた。私を狙った敵機が、斜め後ろからぐんぐんと近付いてきている。
《何が聖女だ魔女じゃねえか!》
《言い過ぎだ》
絶体絶命の場面だったけど、リョーヴァがカバーしてくれたお陰で九死に一生を得た。危ない危ない。
『ありがと、リョーヴァ!』
『補助するのが精一杯だ。あんまり深追いするなよ。油断するとリーナでもやられるぞ……敵が多すぎる』
リョーヴァにも釘を刺されてしまったので、すこし注意しておこう。気が急いてしまっているのかもしれない。実感は沸かないけれど、ちょっと冷静になって見てみると、いつもよりハイになっている自分が居た。
『……本当だね。どんだけやる気なんだか』
『まあ無差別爆撃じゃねえからこっちも守りようはある。不幸中の幸いだな』
『今日は徹底して真面目な爆撃しかやらないね。何考えてるんだか』
大撤退が発令されているから、中央駅からはひっきりなしに列車が出ていた。様々な経由地点を経て、山脈の向こう、東部の諸都市へ向かっている。
何時もの大衆ゲルマンなら、狙うのはそっちだ。民間インフラを破壊することばかり目的にしている奴らだから。
まあ、人民に被害が出ないならそれが一番だけど。軍人だけで戦争が完結するなら、それ以上の事は無い。死ぬのは最小限で十分だ。
『噂をすれば。爆撃機編隊だ。……8機。いつも通りの数だけど、キツいね。どうしようか』
『俺とリーナじゃキツいな。分隊長に連絡する』
一応爆撃機の方へと向かいながら、リョーヴァが分隊長と連絡を取っていた。
私からも連絡はできたけど、こういうのは一人がやったほうが混乱しなくて良い。
『あっちはやってくれるらしい。俺達は好きに動けってさ』
『ありがと。それと了解。リョーヴァにも二つ名が出来るくらいの活躍しちゃおっか』
『そうだな。やってやろうぜ!』
爆撃機の相手をしなくていいのは良かった。
操縦桿を大きく引いて、リョーヴァと私の編隊は大きく旋回した。
向かうのは背後、無数の敵機を堕としに行く。
◇
弾も燃料もギリギリになるくらいになるまで飛んで、戦って、ようやく私たちの出番は終わる。
次は夜勤のパイロットたちのお仕事だ。緊急事態になったら、また別だけど。
『日暮れだ。交代だな、基地に帰ろうぜ』
『なんとか生き延びたね』
西の地平線では太陽が沈みかかっていた。空を橙色に染めながら、ゆっくりと瞼を閉じている。
そんな西からも、列車はどんどん東へと向かって走っていた。
乗っているのはその殆どが一般市民で、対空砲や機関銃が搭載されていた装甲列車だった。動く要塞のようなものだ。
『大撤退』によって、何が起ころうとも戦争を継続させるつもりだろう。
軍人が減れば民間人から補充すればいいけど、民間人が減ったら補充する先はない。それに、工場の働き手の補充先も――人間が生きていく上で必要な何もかもは、普通の人々によって生まれてくる。
人道的見地も大いにあるだろうけれど、党は何もただ善い行いのためだけにこんなにも全力を出している訳では無い。
『列車も次々に東に出てる。疎開も順調そうでなにより』
首都からの列車も止まることはなかった。このくらいの時間になると、東から帰って来る列車も見かけるようになる。
深夜になっても、早朝になっても続くのだろう。明日の朝には首都は黒煙で包まれているかもね。
『ウチの家族もさっさと避難してくれてると良いんだが』
『大丈夫でしょ。時間はまだあるよ』
『……疑問に思わないか? どうしてあの大衆ゲルマンが人民を標的に攻撃しないのか、って』
『そりゃ、重要な情報を手に入れたとかじゃないの? 戦争を指示する頭を潰せるならそれが一番じゃん』
『まあな。杞憂なら良いんだけどな』
『不穏なこと言わないでよ』
……リョーヴァの疑問はもっともだった。
けど、今の敵の第一目標は首都の攻略だろう、おそらく。それが停戦のためなのか、ただプライドのためなのかはわからないけれど。
その為に必要なのは、軍隊を崩壊させることだ。そして、その目的の為に一番効くのは軍事施設や政治施設への集中攻撃。
どうして詳しい場所を知っているのかわからない。まあ、ここまで追い込まれてるんだ。何人か偉い人が裏切っていても不思議じゃない。
――なんて、私が考えることでもないか。
目の前の敵を食い止めて、私たちは平和のために戦う。
なあに、雪が溶ければ私たちの番なんだから。あんまり気負うこともないよ!
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