28.模範的な軍人

 今日からは第1独立親衛航空連隊の第33航空分隊の所属になる。

 番号は引き継ぎ、名前は連隊から分隊に。とはいえ、独立連隊の分隊なので実態は連隊……ややこしいな!

 任務は変わらずに戦闘任務だ。

 首都に集められた陸軍も予想通りに精鋭部隊で、私たちの眼下ではT-34に似た戦車や歩兵たちが雪原を走っている。

 そしてその上には大衆ゲルマンの攻撃機。私たちの出番だ。


 機首を傾けて、攻撃を開始する。Lav-5なら、敵の攻撃機相手に負けることはない。楽な任務だね。

 とはいえ、戦車は別として生身の歩兵は機銃の掃射で簡単に肉塊だ。手を抜くことは出来ない。


『敵攻撃機は3機……。丁度いいわね少尉、全部やっちゃって!』

『いいんですか?』

『もちろんだ。早くエースになっちまえ!』


 敵を狙う時の感覚は、眠る前、蚊が顔の周りを飛び始めたときの感覚と似ている。

 我慢するのは耐え難い。明かりをつけて、蚊を見つけた。息を止めて、そっと機会が来るのを待つ。

 ぱちん、と蚊を潰すのと同じように、機関砲を放つ。上手くいけば、それで終わり。


 まずは1機。

 次の敵機に向かうと、背後に取り付けられた防護機銃が私に弾を放ってくる。けど、どっちも動いているのだ。当てるのは至難の業。

 コックピットを撃ち抜いて、敵機を撃墜。……風防の中は真っ赤に染まっていた。あんまり見ないようにしとこ。


 押されている部分への反攻が私たちの任務だった。だからか、こうして急いで出撃してきた攻撃機くらいしか飛行機はいなくて、敵の戦闘機はどこかに出張っていた。私たちが防衛に専念していてばかりだったから、油断していたんだと思う。

 私たちをどうにかしないことには地上部隊を攻撃することは不可能だと最後の1機も気が付いたようで、すぐ側を真っすぐ飛んでいたリーリヤ少佐の機体の後ろに付いた。

 見え見えの囮に引っかかる辺り、あまり練度はよろしくないみたいだ。この場面で唯一選べる生存の選択肢は、逃げることだけ。


『少尉、やっちまえ!』

『ありがとうございます!』


 操縦桿を操作して、ベストな位置に機体を置く。それから、ボタンをぽちり。

 機体が揺れて、敵機のエンジンは黒煙を上げて地上へ墜ちていく。

 これで公認撃墜数スコアは5。エースだ。


『おめでとうエカチェリーナちゃん少尉! エースね!』

『さすがだぜ少尉、この調子で昇格もしちまおう』


 私の両脇を飛んでいる少佐たちの機体は、私と同じLav-5。我が国の最新鋭機で、一番バランスが良くて強い。

 他の部隊と違うところは、銀色の機体を真っ白に塗装して空を飛んでいるところだった。別に塗装をする必要なんてないんだけど、この塗装と一緒にがんばってきたから、一番しっくりくる。

 他の部隊からはこの第33航空分隊は『白色分隊』って呼ばれていた。まあ、実利もそれなりにあって、銀色じゃないから古い機体だと敵に誤解されるおかげで、警戒されないという利点もある。


『少佐たちが譲ってくれたから撃墜出来ました!』

『気にすんな、絶体絶命を帰ってきたんだからそれくらいのご褒美は必要だろ?』

『これから先は早いもの勝ちよ。私もすぐにエースになってみせるわ』


 地上を見ると、戦車と歩兵たちが敵の塹壕に突入していた。寒い場所での戦いは、私たちが圧倒的に有利だ。なんせ、温かい家々がしっかりと私たちを包んでくれるから。

 大衆ゲルマンはどうにもモノを壊すのが好きなようで、屋根のある家はあんまり残っていない。内戦の時のクセなんだろうね。

 偵察、連絡部隊として1年勤務してきたから、ついつい地上を観察してしまう。これもクセだ。


『二つ名ってどう決まるんだろうな?』


 エースの話題になると、二つ名の話はよく出てくる。大衆ゲルマンのエースはリヒトホーフェン隊以外にも当然存在していて、彼ら彼女らの名前は開戦以前から私たちにも伝わってきていた。

 二つ名っていうのはだいたいかっこいい。そして、その人の人となりだったり戦法だったりを簡潔に表している。パイロットに限らず、あらゆる兵士たちの憧れなのだ。


『さあ、それも自分で決めるのはちょっと恥ずかしいですね』


 でもどう決まるかなんていうのは聞いたことがない。たぶん、他の人が言い始めて……って感じなんだろうと思ってるけど。


『じゃあ私が考えてあげるわよ。エカチェリーナちゃん少尉はそうね、やっぱり聖女カタリナになぞらえたいわね』

『白兎じゃ駄目なのか?』

『リーリャは黙ってて。そんな弱っちい名前じゃ敵にも味方にも舐められるわよ』


 リーリヤ少佐のネーミングセンスはあんまりよろしくない。私と接敵した時の、敵の無線を想像してみよう。

 ――「敵のエース『白兎』だ!」

 ……めちゃくちゃ舐められそうだった。かわいいから嫌いじゃないんだけどね。強さとか格好良さとはちょっとかけ離れているだけで……。味方に呼ばれるなら悪くない。因幡の白兎みたいだし。


『うぐぐ……ここは歴代の冒険者たちの二つ名から取るのはどうだ。この国由来だと……『雷帝』イワンとか『黒鷲』オリョール、『氷雪』スニェクとかか』

『ダメダメ。冒険者から取るならS級冒険者から取らないと。エカチェリーナちゃん少尉は憧れの冒険者とかいるかしら?』


 地上では戦車に乗っていた歩兵たちが飛び降りて、戦車の支援を受けながら敵の塹壕を掃討していた。

 私たちと同じく、地上部隊も精鋭だった。彼らもまた、総司令部スタフカの直属なんだろう。

 制空権を確保したあとの戦闘機部隊は警戒以外にやることはない。だから、今みたいな雑談だったり、地上の観戦をしていたりする。

 

『ええ……あんまり詳しくないですし……。それこそ聖女カタリナくらいしか知りませんよ』


 少佐たちに話を振られた私だけど、冒険者には詳しくなかった。最初のうち(歴史の授業で冒険者はよく取り上げられるのだ)はめっちゃファンタジーじゃん! ってワクワクしたけど、よく考えてみると前世でも日本の戦国時代の武将とかには興味があんまりなかった。個人の活躍よりも、国家同士の動きの方が好きだった。

 それはエカチェリーナになっても変わらなくて、有名どころを何人か覚えているだけで、ほかは試験のための一時的な知識以上の存在になることはなかった。だってややこしいんだもん。

 そんなことがあるから、名前エカチェリーナの由来でもある帝国(帝政ローマみたいな古代の国)で活躍したS級冒険者、聖女カタリナくらいしか覚えてなかった。


『そうなると『常勝無敗』ね。良いじゃない、自信満々でかっこいいわよ』

『……ちょっと大言壮語すぎませんかね?』


 ただまあ、そんな聖女の二つ名を拝借すると『常勝無敗』とかいうプレッシャーが半端ない二つ名になってしまうからやだ。この二つ名の由来は依頼を決して失敗しなかったことから来るらしい。けど、教主クリスタを助けられなかったあたり、結構な脚色があったんだろうと思っている。信仰の問題になるから口に出したことはないけど。

 だって、ねえ。教主が亡くなった後はぱったりと歴史の記録からいなくなるんだもの。

 そもそも伝説上の存在じゃないのかって話だけど、実在はしていたらしい。ファンタジーだからそういうのもあったのか。


『確かにそれはあるわな。もっとシンプルにかっこよく少尉を表す二つ名がよくねえか?』

『難しいこと言うのねえ。あ、『英雄』はどうかしら?』

『特別すぎるだろ。その名前を使って簡単にやられたら後世まで叩かれるぜ』

『楽しそうなお話をしている中失礼する、こちら第1親衛歩兵師団。制圧完了だ』


 雑談をしていると、割り込んできた無線があった。地上部隊だった。

 この機体に搭載されている無線は、地上との通信程度なら簡単にできるくらいの性能を持っている。基地との通信はまだまだ無理だから、信号を送るだけになるけど。


 そんなこんなで、私たちが3機撃墜して、地上部隊は敵陣を制圧。

 この戦争全体でみれば小さな勝利ではあるけれど、精鋭部隊が期待通りに働いたというのは良い宣伝になりそうだ。お母さんたちにも届いてほしい。


『了解よ、お疲れ様』

『塹壕の中は寒いだろ、体冷やさねえようにな』


 開戦してから半年も経っていない。まだ2ヶ月も経っていない。

 それなのに、この戦争状態に私たちは慣れつつあった。

 今日もまたどこかの村が焼かれ、敵味方問わず夥しい数の人々が死んでいるはずなのに、航空クラブで空を飛んでいたときよりも自由だった。

 ――なんて、こんな事を考えていると気が滅入っちゃうね。戦下の私に必要なのは楽観的な笑顔だけ。


 さあ、にっこり笑って、『模範的な軍人』となろう!


『敵機を見つけたらすぐに呼んでくださいね。第1独立親衛航空連隊は同志達の最も信頼できる味方ですよ!』

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