27.第1独立親衛航空連隊

 しばらくして、第1独立親衛航空連隊の人たちが車に乗ってやって来た。

 その中には私の知っている顔ぶれも居て――


「リョーヴァ、ミール!」


 なんと、2人はこの精鋭部隊に入っていた。こうして私たち飛行士養成課程の第1期生は同じ部隊に所属することとなった。


「リーナ!」

「え、お前もここ来たのか!?」


 リョーヴァとはちょっとぶり、ミールとは久しぶり。つい2人のところに駆け寄ってしまって、まずいことしたかなと思っていたけど、周りも好き勝手に交流してた。

 少佐たちはちょっと遠巻きに私の方を見ながらひそひそ話してる。……なんだよぉ!


「久しぶり、だな。まあ、リーナとはこの前に首都で会ったんだけど」


 リョーヴァがぷいっと顔を背けながらそんな事を言うもんだから、私の顔も赤くなる。……彼にはちょっと『良い思い』をさせすぎちゃった。

 ……今度ミールにもさせてあげないとね。リョーヴァの脳破壊をしてしまうかもしれないけど、友だち同士なんだからノーカンだ。


「……え、2人ともそういう関係になっちゃったの? ぼく悲しいな……」

「な、な、なってねえよ!!」

「なってないよ!」

「あはは、冗談。リーナ、元気そうで良かったよ」

「ミールもね。襲撃機なんて最前線で戦うじゃん。生きててよかったよ」


 襲撃機部隊は敵の地上部隊に攻撃を行う。だから危険で、だから機体は頑強で信頼性を高いものを使うんだけど、それでも危ない。

 私たち戦闘機部隊は、今の段階では自軍が確保している中での防衛を行うけど、襲撃機部隊は敵地まで赴いてその場所で攻撃を行う。めっちゃ危険だ。


「簡単には死なないよ。ていうか、リーナって偵察部隊じゃなかった? なんで戦闘機乗ってるの?」

「ほら、イゾルゴロドの空襲あったじゃん?」

「ああ、あったね。ぼく、実はリーナこそ死んでるものだと……」

「失礼な、偶然空を飛んでたんだよ! それで偵察に出てたら敵と交戦して、基地は破壊されたから別の基地に移って、そしたら即戦力がほしいって言われて戦闘機部隊に再編されたの」

「なんにせよ、生きててよかったわな。リーナがイゾルゴロドの近くにいるってことだけは知ってたから、俺も心配だったぜ」

「ふふ、心配してくれてありがとうね、おふたりさん」


 あったかい。人の心配っていうのはすごいあったかい。

 ……イゾルゴロド。みんなは大丈夫だろうか。大丈夫ではないだろうけど。占領しているのがスオミの部隊だということは聞いていて、それなら大衆ゲルマンよりもマシだと言われている。けど心配だ。

 このままこの話をしていると、私の暗い面が出てきちゃいそうだったので、話を変える。今は明るい私しか必要ない。


「あとアンナさんがいれば全員揃うんだけどね。あの人はどこいるんだろ? 今も航空学校で教えてるのかな?」


 私のその質問にはミールが答えてくれた。私の所属部隊と基地を知っていたり、地味に情報通だ。


「あの人は大尉になったらしいよ。パイロットが不足してきているから、前線に向かっちゃったみたい」

「俺の知り合いの知り合いにチェレンコワ……大尉がいるらしくて、なんでもエースになったって聞いたぞ」


 大尉になって、エースにも。すごい成り上がりだ。

 あの人ならそれくらい当たり前のようにこなしそうな所もあるけど。……今度会った時に、ドレスが空襲に巻き込まれちゃったこと謝らないとな。結局、届いてから一度だけアンナさんに披露した以外で着る機会はなかった。


「すごいね!」

「開戦初日に10機堕としたらしい。……信じられねえけど、あの人ならできそうだよなあ」

「エースかあ。地上攻撃が専門のぼくには程遠い話題だな」


 エースっていうのは地上部隊を撃破するのはカウントされない。どうカウントするかっていうのも難しいし、車列を上手く攻撃できたら一気にスコアを稼げちゃうし。だから襲撃機とか攻撃機とかでエースになってるのはすごい人しかいない。

 ……例えばハンナさんとか。クレプスキュールの侵攻ではエリカ以上のスコアだったらしいし、ヤバいね。

 

「お〜少尉。誰だこのガキどもは?」


 そんな感じで私たちが仲良く雑談していると、リーリヤ少佐がヤンキーみたいに肩を怒らせて歩きながらこっちにやって来た。

 金髪ショートで目つきが悪くて更にベテラン軍人、凄みがある。


「私の同期たちです。ほら、自己紹介!」

「えっと、自分はレフっす。レフ・アレクセーエヴィチ・ペトリャコフ。少尉っす」

「ぼくは、ミロスラフ・ニキートヴィチ・アルハンゲリスキです。同じく少尉です」


 腕を組みながらうんうんと大仰に頷いていたリーリヤ少佐は、リョーヴァとミールの自己紹介が終わると自分とミラーナ少佐のことを話し始めた。


「そうか。アタシはリーリヤ・ウラジーミロヴナ・マルメラードワ。んであそこのピンク髪のがミラーナ・ヴァシーリエヴナ・ラスコーリニコワだ。ラーナ!」


 リーリヤ少佐がミラーナ少佐に声をかけると、こちらを振り向いて控えめに手を振ってくれた。

 男子どもは初めてのサキュバスだったようで、頬を染めて見惚れていた。

 まずい、2人がミラーナ少佐に取られる!


 と思っていたら、リーリヤ少佐が「何見てんだよ」と言って2人の肩を小突いた。……めちゃくちゃヤンキーじゃん。

 ミラーナ少佐と長い間一緒にいるからこういう事には慣れてるのかもしれない。


「アタシもラーナも少佐で、カレーニナ少尉の戦友だ。よろしく、ガキども」

「よろしくっす」

「よろしくお願いします」


 ミラーナ少佐の魅了から脱したリョーヴァはちょっと警戒しながら、ミールはどこで身につけたのか綺麗な営業スマイルでリーリヤ少佐に答えた。そういえばミールは私たちの1個上だから来年で20。結構大人だ。リョーヴァはまだガキ。

 リーリヤ少佐がちょっと離れて、2人のことを上から下までじっくりと観察していた。なにをしているんだろう。


「で、どっちが少尉のこと狙ってるんだ? あ、それとも2人でデキてるのか?」


 ……なにか大事なことでも言うのかと思ったら、ただのノンデリ発言をするために観察していただけだった。何を考えてるんだこの人。

 暇なの?

 ミラーナ少佐が他の人と話してて暇だからこっちにちょっかいかけに来ただけじゃないの??


「少佐っ!」


 これ以上放って置くと何を言われるかわかったものじゃない。私が声を張り上げると、ちょうどミラーナ少佐が近付いてきていた。リーリヤ少佐の背後から。

 真後ろに来て、にっこりと笑いながらリーリヤ少佐の肩をがしっと掴んだ。……そして、桃色の瞳が仄かに光る。


「リーリャ? 早速迷惑かけてるみたいね?」

「げっ」

「こっちに来なさい」

「いやっ、あれ、おい、脚が動かねえんだけど!? ラーナお前、魔眼を人に使うなよ危ねえだろ!」

「調子に乗るリーリャが悪いのよ」


 脚が棒のように固まってしまったリーリヤ少佐を引きずりながらミラーナ少佐はどこかに行った。

 その様子を見ながら、ミールは苦笑していた。私もおんなじ気持ちだよ……。うちの少佐がごめんなさい。


「……にぎやかな人たちだねえ」

「楽しそうでいい連隊じゃん。親衛連隊は全員真面目で硬っ苦しいぞ」


 空軍全体の雰囲気として、結構ゆるいものがある。良く言えば自立的で革新的。

 歴史が浅い最近生まれた軍隊で、使う技術や戦術も真新しいものばかり。だから陸軍や海軍からは白眼視されることもたまにあったくらいに、自由な人が多かった。

 だから親衛連隊も同じようなものだと思ってたんだけど(ジューコフスキー中将だってそうだったしね)、違うらしい。


「へえ、なんだか意外。でも私たちが加入するからその雰囲気も飛んでくよ! 飛行機乗るなら楽しくないとね!」

「……戦争中だが、忘れちゃいけない考えだわな。ミールも危ねえだろうけど忘れんなよ」

「ぼく? 君たちこそ、大衆ゲルマンは空軍に力入れてるんだから気を付けなよ」


 心配し合うのは友人の特権。そして、この見知った顔を守りたいという目的は、敵と戦うためのエネルギーにもなってくれる。







 第33航空連隊は第33航空分隊となった。独立航空連隊の分隊なので、宿舎は分隊ごとに割り当てられる。

 私たちは女性だけの部隊だから、配慮としてなのか航空学校の建物から近い場所を指定されていた。それはいいんだけど、格納庫から遠くなるから割と不便。

 宿舎は第21航空師団の宿舎と似ていた。小さめで、コンクリで、無骨。

 リーリヤ少佐はオルムゴロドの木造宿舎が大変気に入っていたようで、この宿舎の前に来た時には渋い表情になっていた。


「またコンクリ宿舎か……」

「冬は辛いですね」

「襲撃の時は頼れるけれどね。でも二度とごめんだわ」


 つかの間の平和はつつがなく。

 明日から早速親衛連隊としての仕事が始まる。今日は早めに寝ておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る