26.配置転換

 がたんごとんとトラックが揺れる。

 軍用トラックの荷台に座るのは初めてだった。歩兵が移動するのはこうやるらしいけど……お尻が痛い。それに、ストーブが置かれてるとはいえ隙間風が凄く寒い。


「で? プロボーズされたのか? あはははっ! すげえな少尉!」

「笑い事じゃないですよ! なんで敵のエースに付き纏われないといけないんですか……!」


 私たちは配置転換を行うこととなった。というか、決まってたらしい。

 オクチャブリスカヤまで行く。どこに所属するかはそこで聞けって。

 首都の基地となると、我らが母校、航空学校に隣接する基地となる。里帰りだ。


 そんな私たち連隊は仲良く雑談中だ。

 女ばかりとなると、男性陣からはナンパ目的で話しかけられたりもする。けどそういう時はリーリヤ少佐が相手をしてくれる。

 階級を見せて、一発腹を殴れば同じ車に乗っている人はみんな大人しくなった。……軍隊なんだなあ。


「エカチェリーナちゃん少尉は婚約者とかいるのかしら?」

「いません。恋人もいたことないです」

「へー意外だなあ。でも少尉おもしれえしかわいいし狙ってる奴は沢山いるんじゃねえの?」

「……恋人の前で他の人を誉めそやすなんて随分といい度胸をしているのね?」

「はあっ!? そういうんじゃねー……いやごめんごめんわかったごめんって!」


 恋人かあ。

 そういえば私ってどっちが好きなんだろう。女の子なのか、男の子なのか。

 前世と今世が混ざりあって正直どっちもイける。まあ、この国――というかたぶんこの世界の人のほとんどがそんな感じらしいから、至って普通なんだけど。とはいえ、男が女に、女が男に惹かれやすいのは確か。

 だからこそ、たまーに軍隊で不祥事が起きて新兵が処罰されてたりする。


 でも付き合うなら女の子の方がいいかなあ。ちょっと前世おとこ寄りな価値観は持ってる。

 それはそれとして、ミールとかリョーヴァには良い思いさせてあげたいから私が何かするのもやぶさかではないけど。老婆心だねこれは。

 あとかわいい女の子になると男を誑かす面白さがよくわかった。普通の学校行ってる時もいろいろしてたからね。モテモテだったよ。

 けど付き合うなら女の子かなあ。なおハンナさんは論外です。怖い。


「ていうか、最後に襲ってきた8機堕としたんだろ? もうエースじゃねえか、申請しとけよ」


 ミラーナ少佐の攻撃をいなしながら、リーリヤ少佐が言ってきた。そう、一応エースなのだ。私は。でも強くなった感覚とかはしない。

 そういえば、と学校の授業で習った物語を思い出した。

 この世界では有名な古典で、大量の魔物を相手に戦って成り上がっていく物語だった。それによると、魔物と戦うごとに強くなっていったという。レベルアップとか経験値みたいだな〜って思ったのを覚えている。


 昔の人がそうなら、人間相手を戦っても経験値が貰えそうな気もする。私も結構強くなってるかも?

 ていうかそうでもないとリヒトホーフェン隊の人間離れした戦績は説明できないしね。


「……いえ、私一人だけの確認となってしまうので、カウントできないようです」


 でも私は申請できない。僚機や地上部隊からの確認ができたものしかカウントしない制度なので、自己申告はノーカウントなのだ。

 これじゃ骨折り損のくたびれ儲けだよ。


「マジか。ま、そんだけ堕とせんなら次も任せるぜ」

「無理ですよ、あの時は集中と興奮がすごかったから出来ましたけど……360度が見えているような錯覚もありました」

「凄いわねえ。人間ってそんなに強くなれるのね。私たちも負けてられないわ」


 もう一度と言われても、同じことはできないししたくもない。すっごい疲れるし、神経が衰弱する。火事場の馬鹿力みたいなものだったんだろう。

 少佐たちもパイロットの中では十分に上澄みだ。良い機会があんまりないだけで、エースになるのは時間の問題な気もする。


 と、そんな感じで色々なことを話しながら、トラックは首都へと向かっていく。

 大衆ゲルマンの大攻勢が始まったものの、空軍も陸軍も上手く戦っていて、一気にボロ負けはしていない。しかし、じわじわと確実に国土は削られている。

 首都から始まるのは、たぶん、反転攻勢だろう。

 私たちみたいに練度が高い部隊を集めているようだし、乾坤一擲のバグラチオン作戦みたいのでもやるんじゃなかろうか。







 首都は雪に覆われていた。一昨日に大雪が降ったらしい。今日は晴れていてよかった。

 トラックに相乗りしていた男たちは北方戦線所属の歩兵だったようで、首都で降りていった。私たち空軍組は郊外の航空学校に向かう。更に一時間だけど、私たちだけでストーブの近くを陣取れるからそこまで辛くなかった。

 ……お尻は痛いけど。クッションがほしい!


 郊外の雪はさらに厚く積もっていた。前世では雪があんまり降らないあたりに住んでいたけど、この世界に生まれて早18年。もう少しで19年。雪なんて飽きるほどに見てきた。

 子どもの頃ははしゃいでいたけど、今では雪かきや厳しい寒さばかりを思って辟易とするくらいになってしまった。

 後方のパイロットは滑走路の除雪をしなくていいからまだマシなんだけど、前線では全員参加になるらしい。……前線には行きたくないなあ。


「おぉ、ここが少尉の母校か。でっけえな、なんでもありそうじゃねえか」

「航空学校は私も初めてね。エカチェリーナちゃん少尉は飛行士養成課程よね? 他にはなにがあるのかしら?」

「えっと……整備士もありますし、飛行機を作る技術者のところもあったはずです。後は、国内の有名な設計局が招聘されて、この学校にまとめられたらしいですね」

「確か、中央航空研究所とかいう名前だったわね」

「そうですね。長いので殆どの人は中航研って呼んでましたけど」


 私たち、各地から招集されたパイロットが集まる場所はなんでも飛行士課程の庭らしい。毎朝集合しては訓練に向かっていた場所だ。懐かしい。

 けど冬だと風が強くてすごい寒い。第33航空連隊は3人で固まってなんとか耐えていた。おしくらまんじゅう。


 周りを見渡すと、私たち以外のパイロットもぽつぽつと居た。あんまり数は多くないけど、それなり。女性パイロットもそれなりにいる。流石空軍。

 見知った顔――具体的にはミールとリョーヴァとかアンナさんとかいないかな、って思ったけど居なかった。残念だ。


 しばらく待っていると、偉い人が私たちの前に来た。「整列!」と言われたので並ぶ。みんなどこの誰なのか、誰がどのくらい偉いのかあんまりわかっていないから結構適当な整列になったけど。

 少なくとも、前に立つ偉い人は相当偉い人だ。服装からして将軍……階級ワッペンを見ると、中将だった。

 航空連隊を纏める航空師団、それをさらに纏める航空軍の司令クラスの人だ。わかりやすく言うと、すごい偉い。


「あまり緊張しないでくれ。私はジューコフスキー。中将だ。諸君らは各地から集められた精鋭の飛行士。私は飛行できないため階級は違えど戦時では私より重要だ! 誇ってくれたまえ! ハハハ!」


 偉い人のよくわかんないジョークだ。笑っていいのか、笑っちゃ駄目なのか判断に困る。他の連隊からは乾いた笑いが少しだけ聞こえてきた。

 まあ、将軍様ならパイロットである必要はないんだろうけど。優秀なプレイヤーがリーダーに相応しいというわけでもないからね。その逆ももちろんある。


「そして私が指揮を取る部隊が第1独立親衛航空連隊――名前くらいは聞いた頃があるだろう?」


 驚いたことにこの変な偉い人は親衛連隊の指揮官だった。……あんまり驚くべきことじゃないかもしれない。

 となると、私たちがここに呼ばれた理由は自ずとわかってくる。


「諸君らは我が連隊に所属することとなる。そして、総司令部スタフカ直属の空軍戦力として扱う」


 そうなるよね。若干どよめいたものの、半ば予想通りであったのか大きな混乱無しにみんな受け入れていた。

 ……でも、一つだけ疑問がある。親衛連隊が人手不足だなんて聞いたことがない。


「伝えることは以上だ。この後は戦闘機部隊、襲撃機部隊に分かれてもらう。私の出番も以上だ。質問は?」

「はい」


 今のうちに聞いておかないとずっと聞けないままになりそうだったので、意を決して腕を上げた。こういう場で質問するのって結構プレッシャーがかかる。


「どうぞ」

「第21航空師団第33航空連隊所属エカチェリーナ・ヴォルシノワ・カレーニナ少尉です。この場に集まるパイロットを纏めれば2つや3つの連隊を増設することも可能だと思います。なぜ私たちは第1独立親衛航空連隊に所属することとなるのでしょうか?」

「良い質問だ。彼女以外にも、疑問に思った者も居るだろう。……ふむ、どこから話そうか」


 ジューコフスキー中将は顎に手を当てて考え込んだ。機密があるから迷っているというわけでもなく、ただ単にどこから伝えるべきか迷っているようだった。


「……『赤公爵』の名前を聞いたことはあるかね?」

「私は、はい」

「どこかで見たことがあると思えば、先日の出張に出向いた少尉だったか。であれば知っているのも当然だな。他の者に説明すると、大衆ゲルマンの筆頭エースだ」


 私以外の人を見回しながらそのことを伝えた中将は、「その彼が」と続けた。


「第1独立親衛航空連隊と戦闘になり、我が連隊は半壊した。ああ、何、同情を誘いたいわけではない。だから人手不足で、そのために君たちを組み込む、ということになっただけだ。単純な理由だろう?」


 「マジかよ」とリーリヤ少佐が呟いた。

 親衛連隊――最新鋭機を優先的に配備され、最も優れたパイロットたちが集められた精鋭部隊ですら勝てず、半壊させられるという事実は、パイロットたちの心に深い傷を残した。


 そういえば、王国で遭遇したエリカも、この間戦闘になったハンナさんも単機で行動していた。

 ……意図して伏せているようだけど、たぶん、リヒトホーフェン卿も単機だったのだろう。それまで伝えたら士気の低下もさらに著しいだろうから言ってない。

 でも普通の敵部隊はしっかり編隊を組んでいる。

 彼女たちは家族だ。普段から一緒に過ごしていて、提携は優れているはずなのに、単機で活動させるのは不思議に思っていたけど――「それで十分」な相手なんだろうね、私たちは。


「ということで、君たちの活躍を期待する。私は飛べないからな、頑張ってくれよ! ハハハ! ではこの後は我が連隊の隊員たちと顔合わせを行ってもらう。もうしばらく待っていてくれ」


 中将が去っていったあとの空気は、冬よりも更に冷たいものになっていた。

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