23.遭遇戦
『リーリヤ少佐、後ろですッ!』
『了解、引き付けとくからやってくれ!』
照準を合わせて、20mm機関砲を放つ。
敵機に命中して、翼をへし折って、撃墜。これで
『少尉、回避!』
『うわっと!』
意識するよりも先にミラーナ少佐の声に反応して、操縦桿を斜めに引っ張った。
エルロンとエレベーターが反応して、私の乗機はぐるりと
すぐ隣を敵機が通過していった。上空から近付いて、一撃離脱を行おうとしていたようだ。
『くっそ、やっぱMik-3じゃ限界がある! 曲がらねえし遅えし弾も少ししか保たねえ!』
『リーリャ、愚痴は後! まずは彼らに対処するわよ!』
いつも通りの警戒飛行――そのはずだったのに、運悪く私たちは敵の戦闘機部隊と遭遇してしまった。敵の数も多い。
『別の連隊は!? なんで私たちしかいないんですか!』
『増援は求めてるわ! 10分もすればやって来るわよ、どうにか耐えて!』
私たちは3機で、敵は8機――1機墜としたから、7機。
《白兎ィ! 逃げんじゃねえぞォ!》
《黙ってやられる奴が居るわけねえだろイモ喰らいが!》
敵の煽りにはリーリヤ少佐が対応する。気質が似てるからなのか、煽り合いが上手いようでぽんぽん言葉を返してくれる。
そうすることで、私たちは冷静に周りを概観することができていた。適材適所ってやつだ。
《ハハ! ローストして付け合せにしてやるよ、白兎ども!》
《お前らの死体を蒸留したら美味いウォトカが出来そうだな、イモ野郎!》
大衆ゲルマンは戦争のせいで畑が荒廃して、厳しい環境でも育つ芋類ばかりを食べていた。最近は他国から収奪できているから違うらしいけど。
そんな訳で、リーリヤ少佐は敵をイモになぞらえて煽りまくる。
空軍から、敵機との煽り合いは危険だからやめろとのお触れが出ているんだけど、守っている人は見たことがない。
たまに他の連隊と話すときもあるけど、その時は煽り合いの技術について話すことがよくある。なんかラップバトルみたいだね。
『よくそんなに罵倒できますね。
……いや、そんなに文化的な行いでもない。前世の対戦ゲームの全チャ煽りバトルだ。SNSでやる場合もあったけど。
違うのは本当に命が掛かっているかどうかだけ。
『少尉も言葉が荒くなってるわよ。よし、撃墜』
リーリヤ少佐に張り付いて罵り合っていた敵をミラーナ少佐が撃墜した。
『2人とも1機ずつやってんじゃねえか! ずるいぞ、アタシの分も残しといてくれ!』
『余裕があればね!』
敵は6機まで減少したが、それでも私たちの倍。圧倒的に不利なのに変わりはない。
でも、私も少佐たちも、操縦の腕と射撃の腕は一級だ。機体も数も劣っているけど、技術でなんとかできている。
なんとかできているんだけど、キツい。敵は高度を分けた編隊を組んでいて、すごくやりにくい。
《卑怯だぞクソが! 降りてこい雑魚ども、数で勝とうとすんな!》
《評共のパイロットには空よりも地上の方がお似合いなようだなァ! 地面まで堕ろしてやるよ!》
目の前からやって来る敵機に射撃を行いながら、回避をして上空の注意もする――脳みそがパンクする!
でもやらないと死ぬ。
空戦の数的不利はすっごく神経をすり減らす。あんまりやりたくない。
何度も避けて、何度も撃って、私たちはたった3機で敵と拮抗していた。機体の性能も人数も負けているんだから、よく頑張っている方だと思う。
……それなのに、援軍はまだ来ない。
『少佐! 援軍はまだですか!』
『クソ、おいラーナ! これ以上はキツイぞ! 弾が切れた!』
『……わかったわ。撤退するわよ! 一気に高度を下げて、振り切りましょう!』
編隊を再編して、ミラーナ少佐を先頭に敵機の集団から逃げていく。
《白兎は逃げ足が早えなあ!》
敵パイロットの罵声が無線に乱入してきた。頭に血が上って、転回して戦闘を再開しようとしてしまうけど、我慢。
深呼吸……深呼吸。
地上まで降りれば、雪が積もってきた大地のお陰で私たちの機体はよく隠れる。照り返す太陽光は少し眩しいけど、それは敵も同じで、上空からは探しにくくなる。
『……よし、もう平気ね』
周辺の警戒をしたミラーナ少佐が呟いた。
『はあ、クソ。敵を堕としてアタシらは損害無し、けどアイツらの邪魔しか出来なかったな』
『……どうして援軍は来なかったんでしょうか』
大衆ゲルマンは強いものの、私たちの国も負けていない。各地で善戦することで、敵の侵攻を抑えている。
本格的な冬に突入してきたのも良いことだった。雪と吹雪は、守る私たちの盾となってくれている。
『もしかしたら親衛連隊が来てくれるかと思ったのだけれど、予想は大外れね』
『同時多発的な空襲でも発生したのかもな。アタシらみたいな遭遇戦になった場所が多すぎたか』
『あんまり良い想像はできなさそうですね。最悪の事態になっていないといいんですけど』
『はあ、気が滅入るぜ』
冬になって国土は白くなっていく。
色のない世界のようで、どこか、いつかの出張時の大衆ゲルマンを思い起こさせた。
◇
幸いにも、私たちの基地が壊されているといったことはなかった。ただ……。
「最悪ね。冬になって雪も積もって、それなのに敵は大攻勢を仕掛けたみたいよ」
師団司令部に報告をしてきたミラーナ少佐は宿舎に帰ってくるなりに、開口一番にそう言った。
いつも余裕がある少佐の表情は、少しだけ曇っていた。後ろにまとめた桃色の髪が、元気のなくなった犬の尻尾みたいに垂れ下がっている。
「……ラーナ、どこまで押されてるって?」
「少尉は……もういいわね。大河に沿った防衛陣地は敵空軍と機甲師団の共同により壊滅、それに伴っていくつかの都市が包囲されて、残存部隊は懸命に抵抗しているわ」
「前線が崩壊したんですか?」
「ええ、その通り。防衛戦は何重にもなっているけれど……それも何箇所か突破されたみたい」
前世のSLGでは、前線を突破してから機甲師団を突入させれば簡単に敵を倒せた。この世界はゲームではないからそう単純な話でもないけど、ただ一つ同じと言えるのは、前線が崩壊するのは非常にマズイ、ということだ。
この国とズウォタ王国の国境から首都までの距離はあまり離れていない。それでも車で何日もかかるけれど。ただ、飛行機ならあっという間だ。
「私たちに出来ることがあれば……」
「残念ながら、無いわね。ただのパイロットに戦況を左右するほどの影響力なんてないわ」
「はあ、そうですよね……」
「ま、だからこそエースになろうってんだ。エースは味方の希望の星、敵の凶星。アタシたちの名前を轟かせてやろうぜ」
結局、パイロットなんてのは一兵卒に過ぎない。大軍を動かす将軍でもなければ、万の敵軍を打ち倒す無双の英雄でもない。コツコツと目の前の任務を行っていく他ないみたいだ。
……と思っていたんだけど。
「エースってそんなに凄いんですか?」
「そりゃな。冒険者と同一視されるときもあるくらいだ。言っちまえば、空の英雄だぜ。1機で連隊を相手に勝つこともあるくらい……って聞いたな」
「なによそれ……ちょっと盛り過ぎよ」
「本当だって。大衆ゲルマンの内戦だとそうなってたらしいぞ」
なんかエースってすごいらしい。……そういえばエリカの機体の撃墜マークも信じられないくらい多かった。
この世界って微妙にファンタジーだから、そういうこともあり得る……のか?
「はあ、リーリャはたまに大嘘つくことあるから、エカチェリーナちゃん少尉も気を付けてね」
「はあ!? アタシそんな嘘ついたことないんだけど!?」
「……忘れたとは言わせないわよ、リーリャ。私だから許したものの……他の連隊の子と……」
「は……あ、ああ。あれはほら、な? 違うんだって。嘘じゃないって何度も言っただろ?」
腕を組んで考え事をしていると、リーリヤ少佐が宿舎を飛び出して逃げていった。
それを追いかけてミラーナ少佐も宿舎を飛び出す。
あとに残されたのは私一人。
開け放された扉から入る外気が寒かったので、面倒だったけど立ち上がって閉めにいった。
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