22.Lav-5
イゾルゴロドの襲撃から始まる一連の攻勢は、西部戦線(対大衆ゲルマンの前線)の全てを巻き込む大攻勢となっていた。
深夜、サイレンの音が鳴り響く。
こうなる事はわかっていたから、飛行服のまま寝ていた。寝不足の頭を強引に目覚めさせて、共同スペースまで走っていく。
「例によって、夜襲よ」
「了解」
「寝不足に慣れてるのがこんなに効いてくるなんてな」
他の連隊がまだ動き出せないうちに、私たちは既に空へと飛んでいた。第33航空連隊は平時からの鍛錬により、寝不足と徹夜に強いのだ。……なんか悲しいな。
夜襲といっても、その殆どは途中で撃退される。灯火管制がしっかりされた場所を夜間に爆撃するのは、結構難しい。
だから、大衆ゲルマンも少数の襲撃ばかりを繰り返し、対空陣地に撃退される。攻撃というより、嫌がらせ目的なんだろうね。
『今日は来てくれるかな〜っと』
『ふわぁ……来なくていいですよぉ……早く寝たい……』
『夜襲するヤツらも絶対寝不足だぜ。
『リーリャ、真面目にやりなさい』
『へいへい……サイレンでも起きなかった癖によく言うぜ』
『り、リーリャ!』
……この人たち、こんな時でも同衾してんの? 体力どうなってるんだ。
私がそんな事になったら常にヘロヘロになりそうだ。ベテラン軍人ってすごい。
『そういえば、少佐。陸軍の方の戦況はどうなんですか?』
『うぅん……エカチェリーナちゃん少尉には伝えちゃだめなのよね……』
『今更だろ。戦況伝えたとこでなんも変わんねえって』
『でもねぇ。規則だし』
『優勢から拮抗に移って、劣勢って感じだ。冬が来る前に押し切る魂胆で、ゲルマン機甲師団が全力投入されてるらしいぞ』
『リーリャ……仕方ないわね。新聞でも伝わるでしょうし』
機甲師団――その名の通り、戦車とかが装備された装甲部隊。大衆ゲルマンはおよそ16師団持っているらしくて、クレプスキュール攻撃の際には空軍と共に大活躍したとか。
最精鋭なだけあって、情報も多い。上の人も警戒しているんだろう。
……だけど、同じく最精鋭のリヒトホーフェン隊の情報は驚く程に少ない。
ズウォタ王国から逃げている時に出会ったエリカの操縦と、その機体に描かれた無数の撃墜マークを見るに本当のエースなのだろうけれど。
内戦から生き続けるエースなんて、兵士がたくさん噂をするだろうに、開戦してからは彼らの二つ名すら聞いていない。どこにいて、何をしているんだろうか。
たぶん、アンナさんも同じく警戒している。……不気味。
『エカチェリーナちゃん少尉、起きてるかしら?』
『あっ、はい! どうかしましたか?』
『遅くなってるぞ。速度合わせろ』
今は見えない敵よりも目の前の襲撃に警戒しないと。気持ちを切り替えて、夜闇に集中した。
ちなみに、私たちの機体にも撃墜マークが描かれている。Vの字にバツを上書きした簡単なマークだけど。
◇
結局、その日はすぐに帰ってきた。陸軍が撃退に成功したようだった。
宿舎に帰ってすぐに寝て、昼頃に起きた。ゆっくり眠れてよかった。
「今日は警戒飛行よ。事前にルートは指定されているから、そこを飛行したら終わっていいらしいわ。楽ね」
「嬉しいですね。今日はゆっくりできそうです」
「早く帰ってきて早く飯食って早く寝ようぜ」
いつも通りに空を飛んで、眼下に広がるのは祖国の大地。ほぼ前線と言えど、それでもこの基地は最前線とは離れている。
航空基地が最前線になったら、パイロットも防衛戦に駆り出されるかもしれない。それは嫌だね。
西帝への大爆撃やズウォタ王国への飛行爆弾による攻撃、イゾルゴロドの空爆のように、大衆ゲルマンは丸ごと壊す戦略爆撃を好む。そのため、航空隊は常に何層かに分けたパトロールを行うことで、多層的な防空体制を構築している。
イゾルゴロドは悲劇だったけど、上層部もしっかり学習していた。北極圏からの爆撃は宇宙人でもなければ不可能だから、それ以外の全周を防空網でガッチリ固めている。……フラグじゃないよ。北極圏からやるのは流石に無理だって。
『異常なし。次の地点に向かうわよ』
編隊長はミラーナ少佐だ。私たちは斜めに傾いた線のような編隊を組んでいる。私は一番端っこ。
ミラーナ少佐が片方を注意して、もう片方を私が注意。リーリヤ少佐が残りの前方と後方。まあ、編隊の形なんて連携が取りやすければなんでもいいんだけどね。
12月に近付いて、寒さもだいぶ厳しくなってきた。雪もよくちらつくようになっていて、飛行服を着ていてもコックピットの中は寒い。
『寒いですねぇ。コーヒーでも持ってくればよかった』
『本当ね。次からはそうしましょうか。凍えちゃうわ』
『ウォトカ飲むか』
『……私の連隊では禁止よ』
『なんでだよ、めちゃくちゃ暖まるぜ? 飛行服要らずだ』
最近、爆撃機連隊の爆撃機が墜落した。現場検証によると、なんでも、飛行中に機内で酒盛りをしていた可能性が高いらしい。
……近々、空軍全体でウォトカ禁止令が発令されそうな気もする。
『そういや少尉はウォトカ飲めるんだったか? 来年で……19だろ?』
『そりゃ飲めることは飲めますけど。あんまりお酒は好きじゃないんですよ』
『なんでだよ?
『まあ……そうかもしれませんけど……』
私はどうにも強いお酒が苦手で、ウォトカなんかは特にキツかった。ビールやシャンパンとかもあるんだけど、お酒自体が苦手みたいで、滅多に飲むことはない。
この国の人は、寒い日なんかは特にごっくごっくお酒を飲むものだからちょっと疎外感を感じることもある。
『帰ったら飲もうぜ。それならいいだろ、ラーナ?』
『それならいいわよ。私も飲むわ』
あの優しいミラーナ少佐も例外ではない。お酒で何かが活性化するのか、サキュバス特有の魅了的なのが強まって目の前で……始められることもたまにある。
『……ほどほどにしてくださいよ』
2人が潰れた後の片付けをするのは私なんだから。
楽しそうな少佐たちを見るのは好きだけど、後片付けは面倒だった。
『エカチェリーナちゃん少尉も飲めば良いのに。あ、ここも異常なし。次の地点に行くわよ』
『了解。そうだぜカレーニナ少尉、食わず嫌いと飲まず嫌いしてると魔物が寄ってくるって母ちゃんに習ったぞ』
『……なんですかそのしつけ方。ていうか魔物なんて見たこともないですし、怖くないですよ』
『魔物はなぁ、めちゃくちゃ怖くて――っと、目の前に飛行機いるぜ。注意しとけよ』
リーリヤ少佐の言う通り、目の前から飛行機が向かってきていた。
『さて、敵かしら』
『形は……我が国の戦闘機みたいですね。あ、銀色です』
『銀色ってことはLav-5か。同志たちだな。近付こうぜ』
塗装のされていない銀色。戦時だからと生産性を重視して、塗装を施さずにいくつかの部隊に渡された新型機だ。
名前はLav-5。Lav-3の後継機で、随分と評価が高い。まだまだ生産され始めたばかりだから、今Lav-5を配備されている航空連隊は精鋭航空連隊と言える。
『あら、
『うお、マジじゃねえか。スオミからの空襲に警戒してんのか?』
彼らの機首のペイントを見てみると、金色の円の中に銀色の星。それが表している所属は第1独立親衛航空連隊だった。
開戦当初から国境地帯に派遣されていた精鋭部隊だ。
『羨ましいですね、Lav-5』
『本当にな。Mik-3じゃ限界近いぜ』
私たちの乗機――Mik-3はほぼ旧式になってきている。ギリギリ対抗できているけれど、どの性能も大衆ゲルマンの戦闘機に勝っていない。高空でも、低空でも。もし戦闘になったら、技術でなんとかカバーするしかない。
ミコヤンおじさんには悪いけど、早く後継機を作ってほしい。あんなパルスジェットの試験機なんかじゃなくて。
『同志たち、異常はないか?』
『はい、同志。そちらは?』
『問題なし。共に防衛に励もう。それでは』
通信が入ってきたから返答すると、コックピット越しに敬礼をされた。
敬礼を返すと、彼らは私たちの後ろへ飛び去っていった。
加速性能も段違いだ。羨ましい。
『アタシらも、もっと功績挙げてLav-5貰わねえとな』
『この機体じゃ功績を挙げる前に撃墜よ。焦らずゆっくりやっていきましょう。技術で言ったら、私たちも彼らに負けないわよ』
その後も警戒飛行を続けて、敵影が無いことを確認した私たちは基地へと帰投した。
格納庫へ戻る途中でボロボロになった機体をいくつか見かけたけど、もう慣れてきた。
平時であれば異常な光景も、私たちに何もなければ、戦時下では平穏な日常となる。
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