13.一人の努力は十人の怠惰に勝る

 無事に第21航空師団の基地に着いた私は、そのまま第33航空連隊の人たちと顔合わせをすることになった。


「失礼します! 本日から第33航空連隊に所属させていただきます、エカチェリーナ・ヴォルシノワ・カレーニナ准尉です! よろしくお願いしま……」


 連隊の小さな宿舎があって、扉を開けるなり気合を入れて自己紹介をしたんだけど……。

 目の前にあったのは小さなストーブと、その前にちょっと大きなソファー。そして脱ぎ散らかされた軍服と絡み合う裸の女2人だった。


「ちょ、ちょ、ちょっと! なにしてんですか!?」

「何って……。アンタ誰?」

「あら、そういえば連絡あったわね。忘れてたわ」


 金髪の女の人には睨まれて、ピンク髪の女の人には下から上まで舐め回すように観察された。

 ピンク髪……って。初めて見た。彼女もなにかの獣人なんだろうか。でもケモミミはついていない。


「え? アタシ聞いてないんだけど?」

「忘れてたわ〜」

「ラーナ……お前なあ……」

「あの……私出てますね……」


 ちょっと気まずいので扉に手をかけると……あれ、開かない?


「出さないわよ。師団長に知られたら不味いもの」


 アンナさんが魔法を調べる時みたいに、ピンク髪の女の人の桃色の瞳が仄かに光を帯びていた。

 この人も魔法使えるの……?


「あ、あのっ。誰にも言いませんから、その」

「んでラーナ、誰なんだコイツ?」

「カレーニナ准尉よ。新人さんね」

「ああ、万年人手不足の我が連隊に遂に新人か。……とりあえず服着るか」

「そうね。カレーニナ准尉、ちょっと待っててくれる?」


 わ、わあ……。

 ソファーの上で馬乗りになっていたピンク髪の人が金髪の人から降りて、服を着始めた。なんだか艶めかしくて、じっと見ちゃう……。


「カレーニナ准尉、こっちに興味あるの?」

「いえ違いますっ!」

「ラーナの裸はあんまり見ないほうが良いぞ。淫魔サキュバスの獣人だ、魅了されるからな」


 金髪の人から注意されたので、私はさっと後ろを向いた。

 ていうかサキュバス……?

 名前はもちろん知っているけど、獣人にそんな種族がいるなんて聞いたことがない。


「じゅ、獣人にサキュバスなんて聞いたことないんですけど」

「S級冒険者と一緒で、ほぼ伝説上の存在だからな。実在が疑われる一方で確実に実在してる、っていうのもS級冒険者と同じか」

「500年に一人くらいしか生まれないらしいわよ。桃色の髪に桃色の瞳、ある人は伝説の娼婦に、ある人は伝説のS級冒険者に。……カレーニナ准尉、おまたせ。もう良いわよ」


 ちょっと慎重になりながら彼女たちの方を向くと、流石は現役軍人なだけあって、ぴっしりとした身だしなみに整えられていた。さっきまではあんな……だったのに。


「改めて、ようこそ第33航空連隊へ。歓迎するわよ。私は連隊長を務めるミラーナ・ヴァシーリエヴナ・ラスコーリニコワ少佐。隣の彼女は――」

「一応連隊の航法士だ。人が少ないからただのパイロットだがな。リーリヤ・ウラジーミロヴナ・マルメラードワ少佐だ。よろしく」

「エカチェリーナ・ヴォルシノワ・カレーニナ准尉です。よ、よろしくお願いします!」


 どっちも少佐殿だった。私の格上だ。

 にしても、連隊なのにあんまり人が居ない。


「あの、連隊の他の方は?」

「いないわよ。ねえリーリャ?」

「全員戦闘機とか襲撃機とか爆撃機に行っちまうんだよ。まあ、お陰でアタシとラーナは好き勝手暮らせてたわけだが」


 だからこの連隊の宿舎ってこんなに小さいんだ。一応個室は用意されてるけど、共有スペースが1つに部屋が4つってくらいで、すごく小さい。

 連隊っていうより分隊だ。


「党の判断もあるわよ。ただでさえ少ない女性兵士の、ただでさえ少ない女性パイロット、更に少ない偵察機を運用するパイロット。……全軍探しても、私たちくらいみたいね。だからここに纏められるのよ」

「あの、ラスコーリニコワ少佐――」

「ミラーナでいいわよ。リーリヤもリーリヤでいいでしょ?」

「……どうせ私たちしかいないしな、良いぞ」

「えっと……ミラーナ少佐」

「なあに?」


 ピンク髪の人がミラーナ少佐で、金髪のキツそうな人がリーリヤ少佐。覚えた。


「こんな少人数で任務が回せるんですか?」

「党曰く、『一人の努力は十人の怠惰に勝る』。1足す1を100にするのが私たちの仕事よ」

「……えっと、つまり、無理でもどうにかするってことですか?」

「そういうことだ。アタシもラーナも優秀なパイロットだからな。カレーニナ准尉、よく見たら前に新聞で見た顔じゃねえか。アンタもそうだろう?」


 ……超ブラック職場じゃないか!!







 そんなブラック連隊でも、当日から任務はしないらしい。ていうか休日だったらしい。だからあんなことしてたんだね。

 今後は自分たちの部屋でやってくれるといいんだけど……。


 今夜は私の歓迎会をしてくれるらしい。ここの各連隊は、師団から配給を受けて自分たちで料理をするスタイルなのだという。

 宿舎にはしっかり台所もある。調理器具一式も揃っていて、ミラーナ少佐が料理してくれるんだって。居ない時は自分たちで好きなの、って感じだけど。


「はい、出来たわよ。たっぷり食べてね」


 ミラーナ少佐が作ってくれたのはとにかくいっぱいの家庭料理だった。……どうやらここでも大量消費は空軍の義務となっているみたいだ。

 ボルシチ、ペリメニ、黒パンにビーフシチューにブリヌイなどなど。脇にはジュースとウォトカとワイン。

 お腹が空いてきた。


 私にはジュース、2人はお酒を注いでグラスを掲げた。


「第33航空連隊の新人、カレーニナ准尉に乾杯!」


 リーリヤ少佐の乾杯の音頭に合わせて、グラスをかちん、と合わせた。

 そこからは飲めや歌えやの大騒ぎ。……特に少佐2人が。

 目の前でおっぱじめようとしたのでどうにか止めたり、リーリヤ少佐がウォトカの一気飲みをしようとしたのどうにか止めたり。……私が全部止めている。

 これ本当に私の歓迎会なの?

 そんな疑問を思った時には、少佐2人はすでに潰れて床に転がっていた。


 ミラーナ少佐は真面目そうに見えたんだけどなあ。リーリヤ少佐はイメージ通りだったけど。

 風邪を引かれるのも不味いので、2人の部屋にお邪魔して毛布だけ持ってきてかけてあげた。

 まだ4月、この国は十分寒い。


 私も案内されていた自分の部屋に戻って、お布団に包まった。おやすみなさい。


 翌朝には、いつものサイレンで目を覚ます。

 少佐たちは完璧な身だしなみで共有スペースに居た。


「おはよう、カレーニナ准尉」

「カレーニナ准尉、よく眠れたかしら?」

「おはようございます、リーリヤ少佐、ミラーナ少佐。エカチェリーナで良いですよ、私だけ苗字呼びは変ですし」

「あら、じゃあそうさせてもらうわね」

「それで、ですが……お二人はその、寝不足ではないのですか?」


 2人の顔を見てみても、隈の一つもなかった。なんなら髪までしっかり整えられている。床で寝てたのに……。


「……まあ、色々あって慣れてるんだよ」

「そうなのよ。ほら、2人きりしかいないから沢山遊べちゃうわけで……」


 すごい人って言うわけじゃなくて、悪いことの後処理がすごい手慣れてるだけみたいだ。……尊敬出来る人なのか?


「さてと、雑談はこのくらいにしておきましょうか。エカチェリーナ准尉、あなたにも早速任務があるわ。今朝のブリーフィング、始めるわよ」

「はい!」

「やるか」


 そうして、ミラーナ少佐から私たちに任務が言い渡された。初めはそう難しい任務ではなく、簡単なお仕事。

 ある基地司令からお手紙を貰って、また別の基地司令にそのお手紙を届ける任務だった。


「了解です。あの、質問いいですか?」

「いいわよ、エカチェリーナちゃん准尉」

「それは……まあいいですけど。これって、無線通信とか電報じゃ駄目なんですか?」

「いい質問よ。任務の重要性を理解するのは大切ね。まず理解するべきなのは、基地同士の連絡っていうのは非常に重要ってことよ」


 リーリヤ少佐はつまらなさそうな顔をしていた。いいじゃないですか質問くらい……。


「それこそ、傍受されようものなら一個師団が。運が悪いと一個軍団が。それが続くと戦線全体が使い物にならなくなるわ。だから、人の手での運搬を重要視するの」

「でもそれって墜落とか、戦時中なら撃墜とかされたらどうするんですか?」

「飛行機がそんなことになったら手紙なんて跡形もないわ。内容が漏洩するよりはそっちのほうがマシなのよ」

「……それって、もし生きて敵に捕まったら……」

「あなたが内容を知らなくても、苛烈な拷問は間違いなしね。だから、生き残る時は死ぬ気で生き残るか、無理なら死になさい」


 拝啓、お母さんへ。

 簡単なお仕事だと思っていましたが、重要なお仕事だったようです。

 あなたの娘は国家の機密を扱うパイロットになります。

 選択を間違えたかもしれません。泣いていいですか。


「脅しすぎだぜ、ラーナ。心配するな准尉、平和な我が国だから、んな事は絶対にない。生存第一に考えとけ」

「でもね、リーリャ。もしもの時っていうのがあるじゃない」

「万が一だろ? 戦争の危険よりかは機体のトラブルの方が可能性は高いぜ。だから准尉、命を大事に、な。ラーナの心意気も無駄じゃないけどな」


 リーリヤ少佐……!

 表面上冷たいように見えるけど、実際は私のことをたっぷり心配してくれていたんですね……!

 これがクーデレってやつだろうか。


「ごほん。ともかく、エカチェリーナちゃん准尉、任務の内容は理解しましたか?」

「はい、理解しました」

「それなら良し。早速行ってらっしゃい。はいこれは航路図、機体は第8格納庫のMik-3を使って頂戴ね。頑張って!」


 研修とかは無しに、早速私はお仕事を始めることになった。

 自転車で格納庫に着いて、機体に乗り込んでエンジンを掛ける。

 リョーヴァとミール、元気にしてるかなあ。

 そんな事を思いながら、私は高空へと飛んでいった。




――――――――――――――――――――――




ミラーナ少佐 → ラーナ

リーリヤ少佐 → リーリャ

エカチェリーナ → カレーニナ准尉

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