14.『本物』の魔法

 機密書類を運んだり、訓練中の兵士たちの手紙を集めて持って帰ったり、仕事は結構忙しかった。他にも、空軍が参加する訓練の時は偵察機として働かないといけない。

 少佐たちが言っていたとおり、第33航空連隊は激務の日々だった。


 そんな私は、夜闇を飛んでいる。地上では雨が降っていたけど、雲が低かったから雲の上まで出てきた。

 夜空が美しい。私だけのプラネタリウムだ。

 あいにく星座に詳しくないせいで前世との比較はできないけど、ほとんど同じだろう。でもちょっと星が少ないかな?


 地上を見ると、雲の切れ目から夜景が見える。この時代ではまだまだ暗いところが沢山あるけれど、明るいところは明るい。人の営みが見えるというのは、夜闇に一人飛んでいる私にとって勇気づけられるものだった。

 今は基地に帰投中。

 国境沿いまで飛んでいく必要があったせいで、帰りがすごく遅くなってしまった。


「ただいま帰りましたー……」


 宿舎に帰るのもほぼ深夜だった。消灯時間はとっくに過ぎていて、早く寝ないと明日に響く。

 素早くシャワーを浴びて、髪は……乾かしている時間も無いのでタオルを巻いてベッドに入った。

 目を瞑って、すぐに意識は沈んでいく。


 朝起きて、朝食を食べて、少佐たちとブリーフィング。今日はあまり遠くに行かないといいなあ。

 飛行機の操縦は好きだけど、長時間飛行はやっぱり疲れる。


「エカチェリーナちゃん准尉!」

「ふぁ……はい」

「寝不足?」

「昨日、遅かったので……」

「よくあることだから慣れておきましょうね。それと、准尉は今日は出張よ。オクチャブリスカヤの航空学校まで。Mik-3のメンテナンスも兼ねて、どうやらあなたに話があるらしいの」


 あれ、随分と早く母校を訪れるタイミングが来てしまった。折角だしアンナさんに会ってこようかな。


「了解しました」

「次はリーリャ。あなたは――」


 ブリーフィングを終えて、私は宿舎を出る。自転車を漕いで格納庫にやって来た。

 そのまま寝不足の頭で飛行機に乗り込んで、オクチャブリスカヤに向けて飛んでいった。……墜落しないように気をつけよう。







「……国外出張ですか? どうして私が?」


 Mik-3を久しぶりに会ったミコヤンおじさんに預けて、私はアンナさんの元へと向かった。

 どうやら話があるのはアンナさんらしかった。

 そしてそこで聞かされたのは大衆ゲルマンへの出張計画。リヒトホーフェン卿とのことは話してないから、どうして私が選ばれたのは不明。


「実は……我が国と彼の国の空軍が技術交流を行うようでして。その際に、機体をあちらの国まで運ぶ必要があります」

「はあ」

「その機体に搭乗するパイロットを、先方が、エカチェリーナ、あなたを指名してきました」

「は、はあっ!? どうして私が!?」

「……私にもわかりません。ですが、准尉一人を派遣する程度で彼の国の航空技術を研究できるのですから、断る選択肢もありません」


 ……そういえば、リヒトホーフェン卿は軍事協定が云々言っていた気がする。その時にこの話が出たとするのなら、……嫌な予感しかしない。

 話すべきか、どうか。私が迷っていると、アンナさんが声を掛けてくれた。


「なにか、隠し事があるようですね?」


 言っていいのかわからないけど、アンナさんに隠し事をし続けるのも難しいだろう。

 それに、私はもう軍人――公な立場を持っている人間なのだから、しっかり報告しておこう。


「……実は、先日――」


 リヒトホーフェン卿とのことをアンナさんに報告した。囲まれていたことも、探られていたことも。

 すると、アンナさんは衝撃的な事を言う。


「なるほど。では私も共に向かいましょう」


 いや無理じゃないかな……?

 アンナさんは中尉だ。しかも、そこまで偉い立場でもない。国家間の交流にまで口出しするのは難しいだろう。


「いや、それは難しいのでは……」

「世間において、魔法使いが忌避される理由は知っていますか?」

「えっと、……あまり。なんとなく嫌われてる、って認識ですが」


 魔法使い――その名前のとおり、魔法を使える人だ。

 簡単な魔法は誰にでも使える。けど、それ以上の魔法は使えない。魔力の量が足りないから。

 だけど、生まれつき桁違いに魔力を保有している人がいる。それが魔法使い。『本物』の魔法を使える人。


「殆どの人は理由を知らないでしょうね。『本物』の魔法は、人を操る事が出来てしまうのですよ」


 アンナさんは立ち上がって、部屋から出ようとしていた。


「チェレンコワ中尉、どちらに?」

「ゆえに、冒険者が必要とされなくなったこの時代において、魔法使いはただ危険で、信頼できない人間です。『他言無用』ですよ?」


 アンナさんが『他言無用』と言うと、私の口に違和感が生じた。なにか、むずむずする。

 ――魔法使いなんですか、と聞こうとすると、私の口は開かなかった。喉から出た声は言葉にならなくて、うめき声のようになった。


「ごめんなさい。エカチェリーナを信頼していない訳ではないのですが、念の為」

「ぷはっ、……わかりました。けど、それって……偉い人に効くんですか?」

「信頼されていないと、精神に作用する魔法は発揮できません。だから私は、職務に忠実なのですよ」


 それだけ言って、アンナさんは部屋を出ていった。

 衝撃的なこと――アンナさんが魔法使いということ、魔法を使われたということに固まっていると、外から車のエンジン音が聞こえた。

 急いで窓に駆け寄ると、アンナさんは首都の方へと向かっていった。……偉い人と『お話』するんだろう。







 帰ってきたアンナさんは、無事に許可を得たことを伝えてくれた。

 持って行く機体はMik-3。我が国ではあんまり評判が良くないミコヤンおじさん設計の機体なんだけど、あっちの国にとっては特性がぴったりらしい。

 だから私に第33航空連隊のMik-3を持ってこさせたみたいだ。


「それで、出発はいつですか?」

「今です」

「え?」

「今日です。準備完了次第、とのことでしたので」


 アンナさんは一旦更衣室に入ると、飛行服に着替えてきた。鞄も持ってきていて、その中には必要な書類と着替えが入っているらしい。

 建物を出て、アンナさんが運転する車で格納庫まで向かった。

 ちょうどミコヤンおじさんが仕事を終えたみたいで、格納庫でタバコを吸っていた。


「同志ミコヤン。航空機の近くは禁煙ですよ」

「あっ、と、あなたは……同志チェルニコワ。それに同志カレーニナも」


 アンナさんの厳しさは設計局の人たちにまで周知されているようだ。おじさんはタバコを急いで消して、アンナさんに敬礼をしていた。


「敬礼は不要です。同志は軍人ではないのですから。さて、航空機のメンテナンスは完了しましたか?」

「はい。……ですが、これは同志カレーニナの機体では?」

「ええ。大衆ゲルマンとの技術交流に使用する予定となっています」

「……ああ、例の。安心して下さい、変なのは積んでいませんよ」

「わかりました。では、エカチェリーナはこの機体をお願いします。私は別の格納庫からMik-3を借りてきますので、無線は訓練の時同様に設定してください」

「了解です!」


 早速飛行機に乗り込もうとすると、ミコヤンおじさんに呼び止められた。ちょっとタバコ臭かった。


「同志カレーニナ、大衆ゲルマンに行くのかい?」

「はい。なんでも……あ、ごめんなさい。言っちゃダメそうなので詳しくは言えないんですけど……」

「はは、大丈夫。軍人ならそれも当然さ。けど、注意してくれよ。あの国は内戦直後。……何が起こるのかわからないからね」


 たしかにね。

 まさかの街中であんなことをしてくるようなリヒトホーフェン卿だ。彼らのホームグラウンドに行って、何をされるかなんてわかったもんじゃない。

 ……だからこそ、アンナさんも着いてこようとしてくれたのかもしれない。技術交流をする国相手に変なことはしないと信じたいけどもね。


 飛行機に乗り込んで、滑走路に出た。アンナさんの機体はすでにスタンバイしていて、その少し後ろに私の機体を導いた。


『エカチェリーナ、燃料は大丈夫ですか?』

『満タンです』

『念の為、国境沿いの基地で一旦補給をします』

『了解しました。海に出ないと道中の国境を跨ぐことになりますけど、どうしますか?』

『空軍から連絡が伝わっていますので、安心して下さい。それでは離陸します。後ろに追従して下さい』


 飛行機は徐々に高度を上げていった。

 そうして、私とアンナさんは、大衆ゲルマン――地上の地獄を統一した崩壊国家フォルクス・ゲルマニカへ向けて飛んでいった。

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