12.カレーニナ准尉
「よく休めたかな? 結構。君たちは正式な軍人となる。今回は配属先の希望を聞く。滅多にないチャンスだからよく考えるように」
学校に戻ってきた私たちは、事務所が入っている建物の会議室に居た。偉いおじさんが黒板の前でふらふら動いている。アンナさんじゃないから、みんなのノリはあんまり良くない。
アンナさんは飛行士課程の士官だから、これから先はあんまり関われなくなるだろう。残念だ。お手紙出そ。
「だが、選択肢を知らないと選びようもないだろう。黒板に書いていくぞ」
かつかつ、と音を立てながらおじさんは黒板に書き始めた。
一つ目が爆撃機。文字通り、でっかい飛行機を操縦する。デカくて鈍重で、でも一番強力。一番敵に狙われるけど。
二つ目が戦闘機。パイロットの華だね。よく動いて、速く動いて、敵を見つけて墜とす。エースパイロットになれるのはこれくらいだ。
三つ目が
四つ目が偵察兼連絡機。偵察機を連絡機として運用してるから、一纏めにされている。お手紙届けたり、前線の偵察をしたり。色んな土地に行けるのが楽しそうだね。
「以上の4つだ。どれも待遇に差はないから、好きなものを選ぶと良い」
……うーん。
爆撃機と襲撃機は却下。男臭そう。
戦闘機……も悪くないけど今ひとつ。戦いたいわけじゃないしね。
となると偵察兼連絡機かな。裏方を支える縁の下の力持ちっていうのは惹かれる。あと、お休み取りやすそうだし。
戦う機体は年がら年中出番が来る可能性もあるからね。
ミールはすぐ決めたみたいだけど、リョーヴァは唸っていた。
しばらくするとようやく決められたようで、きりっとした顔に戻っていた。猫ちゃんめ。
「決めたか?」
私たちが返事をすると、それでは、とおじさんが聞いてきた。
「まずはカレーニナ准尉。どれにする?」
「四つ目。偵察兼連絡機のパイロットを希望します」
「了解した。人手不足だからな、ほぼ確定だろう」
……ん、人手不足なん?
みんな楽な仕事できそうだからって殺到してるもんだと思ってたけど、もしかして激務?
そして、ミールは襲撃機、リョーヴァは戦闘機に決まった。
おじさんは各部隊に連絡してくると言い、部屋を去っていった。おじさんが帰って来るまで待機だ。
「ていうか意外だわ、リーナ、戦闘機乗ると思ってた」
おじさんが部屋を離れるのを確認した瞬間に私語タイムが始まる。まあ同期が集まったらこんなもんだろう。
「なんか厳しそうじゃん。私、飛行機が好きなだけだしね。軍の良い飛行機で楽しく飛べたらそれでいいんだよ」
「ぼくはだろうなーって感じだったよ。リーナ、空軍パイロットになった時点でほぼ目標達成でしょ?」
「うん。よくわかったね」
「1年間ほぼ毎日一緒にいたら、そりゃね。リーナって目標以上を目指さないもの」
「……あー、確かに。そういうとこあるよな、コイツ」
もしかしてけなされてますか?
「え、馬鹿にしてる?」
「いやちげえよ!? ……あっやべえもう帰ってきそうだ、黙ってろ」
リョーヴァの猫耳がぴこん、と動いておじさんの足音を感知した。なかなかやる。
神妙な顔つきを作って、私たちは椅子を元に戻した。
「待たせた。各部隊に確認を取った所、歓迎するとのことだ。カレーニナ准尉」
「はい」
返事をして、おじさんから辞令を受け取った。今この場で見るのはマナー違反だよね、我慢。
「君は北方軍管区隷下の第21航空師団第33航空連隊だ。首都から近郊の都市まで列車が出ているから、それに乗っていくと良い」
「了解です」
「詳しくは駅で聞いてくれ。幸運を祈るよ、准尉」
あら、最後に別れの言葉くらいは2人にかけようと思ってたんだけど、そんな余裕もなさそうだ。
こっそり手を振ってウインクをして、私は部屋を出た。
まずは首都に行って駅に行こう。そこから列車で……どのくらいだろう。
首都までのバスに乗りながら、封筒を開いて場所を確認した。北方軍管区っていうんだから、北の方ではあるんだろうけど。
第21航空師団第33航空連隊は……イゾルゴロドだった。元の世界風に言ったらサンクトペテルブルクかレニングラード。
国内でも第2の都市で、海沿いだからもっとも古い都市でもあった。観光が楽しみだなあ。
◇
列車に揺られること数時間。私はイゾルゴロド中央駅に来ていた。
列車の中では私の准尉ワッペンを見ておばあさんににこにこ眺められたり、帰省中っぽい軍人さんからは差し入れをもらったり、この国の人って親切なんだなー、と実感させられる良いことがいっぱい起こっていた。
親切な隣人を守るために真面目に軍人をやらせていただこう。
そして、イゾルゴロド。
魔物が簡単に駆除出来るようになるまでは、人間っていうのは水際にしか暮らせなかったらしい。なんでも、魔物は泳げないから、海沿いや川沿いなら街が包囲されても逃げられるからだとか。
なんていうか、すごい、ギリギリのところで生き延びてたんだね。よく滅びなかった。
そうしたことで、この世界において海沿いや大河沿いの都市は大昔からあって、内陸の都市は歴史が浅いのがほとんどだ。
文明は大河から生まれるし、大都市は川と密接に関係があるっていうので、そんなことがあっても歴史の大筋は元の世界と大して変わってないんだから不思議。
イゾルゴロドは大河が都市を横切っていて、しかも海が近い。この世界の発展にぴったりだった。
歴史ある都市なだけあって、革命が起きるまではここが首都だったらしい。
「綺麗だなー」
第21航空師団の基地まではバスで向かう。時刻表を見るとまだ時間がありそうだったので、観光をしていた。
大河沿いはなんていうか、(行ったことないけど)ヴェネツィアみたいだった。
船が浮かんで、大河に沿って小さな造船所が点在している。今日は日が暮れるまでいられないけど、きっと夜景も綺麗だろう。
空を見上げると、例の欠陥爆撃機が飛んでいた。訓練に向かってるんだろうけど、あんまり都市の上は飛んでほしくないね。
「実に壮麗な都よな」
ぼーっとイゾルゴロドを眺めていると、急に話しかけられた。驚いて振り向くと、黒いスーツに赤いマント、オシャレな山高帽を被ったおじさんがいた。立派なヒゲも貯えている。
……誰? 私の警戒心はビンビンになっていた。
「……ですね。ところで、どちら様ですか?」
「おっと失礼、外国の若い同胞に出会うのは初めてでね。つい気が急いてしまったよ」
おじさんは手袋を外して、私に右手を差し出してきた。
「
……リヒトホーフェン?
聞いたことがある。……っていうかめちゃくちゃ有名じゃないか。レッドバロンじゃん!
でもなんだかこの世界ではまた別の地位にあるらしい。苗字が同じなだけの別人だ。……嫌な偶然だなあ。
「……ご丁寧にどうも。リヒトホーフェン卿。空軍准尉、カレーニナです」
「おや、貴女が。なんという偶然だろう。先日の新聞を拝見したよ。どうやら、素晴らしい腕前を持っているようで」
「はは……。新聞に特有の誇張表現ですよ」
フォルクス・ゲルマニカっていうのは例の国の内戦を終わらせた勢力だ。うちの国では大衆ゲルマンって呼んでる。
名前のとおり、民族主義と国家主義、個人崇拝が混ざりあった……言ってしまえばファシストだ。
さて、そんな国の空軍大佐の彼と、つい先日新聞に取り上げられた『未来のエース』が偶然出会うなんてそんな奇跡……有り得ない。
有名っていうのは辛いね。
早くこの場から逃げようと、さり気なく辺りを見渡すと、リヒトホーフェン卿と同じような装いの男が何人も待機していた。
あらら。……絶体絶命?
「失礼ですが、バスの時間が迫っていまして。そろそろ行かないと」
「第21航空師団の基地かね? 大丈夫、まだ30分はある。そこのベンチに座って、少しだけ話そうじゃないか」
一体どこで知ったのか、彼は私が所属する部隊まで把握していた。
電話が傍受されたのか、私が確認していた時に後ろから覗かれていたのか。迂闊だった。
……従うしかなさそうだ。
「……少しだけ、ですよ」
「そう構えないでくれたまえ。君も私も、同じパイロット。飛行機を愛する同胞だろう?」
「ええ、おそらく」
リヒトホーフェン卿には私に探りを入れるつもりもあったのだろうけれど、先日任命されたばかりの准尉にそこまで期待はしていないようだった。
時々内情を探られるような質問をされたが、それも調べれば誰にでもわかるようなことばかり。
内部からの情報との摺り合わせと、私の口が軽いかどうか――将来的に利用できそうか、その確認を兼ねていたっぽい。
実のない問答を繰り返して、私はようやく解放された。
「そろそろ時間だな。カレーニナ准尉、君の活躍を期待しているよ」
「……ええ。お先に失礼します、リヒトホーフェン卿。それではご機嫌よう」
ちょこんと屈んでカーテシーの真似をして、私はバス停へと走っていった。
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