開戦前夜

11.未来のエース

 順調に私たちの訓練は進んでいき、遂に修了となった。

 今日は修了式。お母さんに伝えると、航空学校まで来てくれるって言ってくれた。


 もう一年くらい会ってないから、すごく久しぶりだ。毎週しっかりお休みを貰えるんだけど、長期休みは貰えなくて帰省するタイミングもなかった。

 アンナさん曰く、これは第1期生が濃密スケジュールでやってるせいなのだとか。本当は三年かけてやる訓練を一年で終えたのだ。

 ……入学スケジュールが私の誕生日次第だったり、訓練ではあんまり意味のないことまでやらされたりするし、本当に手探りって感じだね。後輩はもっと穏やかな学校生活を送れますように。


 修了式は飛行士課程の教室棟じゃなくて、また別の偉い人が来たりする建物にある、記者会見とかやりそうな広い部屋でやることになっていた。

 ちなみに服装はいつもの軍服。あのドレスは未だに着ることができてない。いい機会があればいいけど……。それまでに体型を維持し続けないといけない。

 アンナさんは礼装だった。胸元に勲章が幾つも輝いていて、私たちが知らないアンナさんを見ているみたいだ。


 修了式が始まった。

 お客さんは後ろの方に詰めていて、私たち修了生は前の方で並んでいる。アンナさん。

 あ、お母さんだ。こっそり手を振るとにっこり笑ってくれた。


 修了式に特別なことはしない。学校長が私たちを一人ずつ読み上げて、准尉に任官される。

 そうすると遂に正式な軍人となる。アンナさんじゃなくてチェレンコワ中尉って呼ぶようにしないとね。


「エカチェリーナ・ヴォルシニコワ・カレーニナ」

「はい」


 名前を呼ばれて、一歩前に出る。隣には国旗があって、もう片方にはカメラマン。……たぶん、政府広報かなにかに使われるんだろう。

 空軍は胸元に階級ワッペンが貼られる。噂だと墜落した時に残りやすいかららしいけど、本当かは知らない。

 普通は学校長がワッペンを直接貼ってくれるんだけど、そこは我が国。女子相手だからってことで、一旦アンナさんに渡されてから付けられた。


「……おめでとうございます、リーナ」


 ワッペンを貼る時は結構近づく。耳元で囁くくらいなら簡単に出来た。

 規律には厳しいアンナさんが、そう言ってくれたのがすごく嬉しかった。リーナって呼んでくれたし。私もアーニャって呼んで良いかな?


 アンナさんが離れると、学校長が敬礼をした。私も敬礼を返して、カメラがパシャパシャ。これで終わり。

 これから准尉になります。

 リョーヴァとミールも無事に終わらせた。アンナさんにワッペン付けて貰えなくてちょっと残念そうだったけど。

 

 会場を移動して、ちょっとした立食パーティー。党本部お気に入りの空軍なだけあって、食材もお酒も沢山あった。

 折角の機会だから、アンナさんと、リョーヴァとミールをお母さんに紹介することにした。


「お母さん!」

「リーナ! 久しぶりねぇ……元気だった?」

「毎週電話してたじゃん! もちろん元気だったよ」

「それでも顔が見れないのは寂しいのよ。立派だったわねリーナ……准尉?」

「えへ。……ありがと」


 お母さんに頭を撫でられて、私はにっこりと笑う。安心する。


「でね、お母さん。この人がアンナさ……あ、チェレンコワ中尉」

「初めまして、お母様。アンナ・イヴァノヴナ・チェレンコワと申します。第1期生の担当士官でした。ご息女は我が校においても――」


 アンナさんはお母さん相手に私の活躍をつらつらと述べ始めた。なんか三者面談でめちゃくちゃ褒められてるみたいですっごい恥ずかしい。

 とはいえ邪魔をするわけにもいかないので、料理を食べたり飲み物を飲んだりしてなんとか耐えた。


「……チェレンコワ中尉、そろそろいいんじゃないですか?」

「そうですね、エカチェリーナ。私はレフやミロスラフのご両親とも話してきます。では、お母様。失礼します」

「ええ、また。……チェレンコワさん、だったかしら。丁寧できれいな人じゃない!」

「まあね。自慢の上官だよ。……で、こいつらがっ」


 私の近くで何やらひそひそ喋っていたリョーヴァとミールの肩を掴んでお母さんの前に出した。


「同期のリョーヴァとミール。リョーヴァは生意気で、ミールは真面目」

「いやめっちゃ適当だな!? えっと、初めましてリーナの母さん。俺はレフ・アレクセーエヴィチ・ペトリャコフっす。んで隣のが――」

「初めまして。リーナの友人をやらせてもらってます、ミロスラフ・ニキートヴィチ・アルハンゲリスキです」

「あらあらご丁寧に自己紹介をありがとうねえ。リョーヴァくん、ミールくん。……この子は気が強いけど実は優しくて良い女の子なのよ。……あ、どっちかと付き合ってたりするのかしら? それとも取り合い――」

「お母さんっ! ……リョーヴァ、ミール、あなたたちのご両親とこ行こ!」

「あらあら」

「また後でね!」


 お母さんが適当なことを言うせいで、私の顔は真っ赤になっていた。鏡を見なくてもわかる。だって熱いもん。

 リョーヴァのご両親にミールと一緒に挨拶して、ミールのご両親にリョーヴァと一緒に挨拶した。ミールのご両親はすごく遠くからやって来ていて、なにかと興味深そうに周りをきょろきょろしていた。

 初めて首都に行った時の私とミールを思い出した。







「集合写真撮るんですか?」


 宴もたけなわ、といったタイミングで学校長が言い出した。どうやら、第1期生の集合写真を撮るらしい。

 会場をよく見てみると、ご丁寧に横断幕とステージまでセットされていた。

 真ん中に椅子が一つ……アンナさんが座るのかな。


「いいね。ぼくも妹弟に自慢できるよ」

「集合写真かー。学校で撮った時以来だな」


 リョーヴァとミールは楽しげだった。集合写真撮るときってなんかウキウキするよね、わかる。

 対してアンナさんはあんまり。乗り気じゃなさそうだった。


「アン……チェルニコワ中尉。どうかしましたか?」

「実は……あまり写真というものが得意ではなくて。良い笑顔をするものでしょう? 苦手なのですよ、何もない時に笑うのは」


 アンナさんにも苦手なものってあるんだ。それが写真で、しかも笑顔が作れないから苦手っていうのは真面目なアンナさんっぽい。

 けど結構深刻に考えてるみたいだ。


「そんなに笑顔って必要ですか?」

「家族で撮った写真にも、私が笑顔なのは一つもありませんでした」

「じゃあ今日が初めてですね!」

「……いえ、笑いませんが?」

「私が笑わせてみせますよ! 良い小噺アネクドートを知っているんです」


 アンナさんは怪訝な顔つきになってしまった。大丈夫、これは絶対にウケる。


「陸軍歩兵が聞きました。『どうしてパイロットはウォトカ禁止なんだ?』。空軍パイロットが答えました――」

「『決まってるだろ? 個室が足りなくなるからだ』。ちなみにウォトカは禁止されていませんよ。パイロットの個室を羨む陸軍のアネクドートですね」


 アンナさんは表情をぴくりともさせずに言い切った。このアネクドートは知られてたし、それ以上に衝撃的な事を初めて知った。飲酒飛行いいんだ……。

 個室があってウォトカが飲めるなら誰でもパイロットに志願する! っていう鉄板のネタなんだけどね。駄目だった。

 もちろんパイロットが誰でもなれるわけない。本当にそうだったら、本当に個室が無くなっている。


「またそれか? たまには別のアネクドート言ってくれよ」

「正直、ぼくもリョーヴァに同意かなあ」


 男子2人からも裏切られた。……ていうかそんなに言ってったっけ?


「むむ……じゃあこれ。『6人眠れる塹壕小屋ゼムリャンカに入ると、陸軍兵士は「まあまあだな」と言う。海軍兵士は「地上ならどこも天国だ!」と叫ぶ。空軍兵士は――』」

「『「ここが僕の部屋かい?」と呟く』。エカチェリーナ、陸軍のアネクドートに詳しいですね」


 アンナさんの表情は相も変わらず。この氷結美人め……。


「もういいだろ? そろそろ怒られるぜ、さっさと撮っちまおう」

「チェレンコワ中尉を笑わせるのはまた今度にしよう。ほらリーナ、行こう」


 こうなりゃ最終手段だ。


「ちょうど真ん中にチェレンコワ中尉だと左右のバランス悪いですし、私が後ろに立ってもいいですか?」

「いいですよ」

「……なに考えてんだ?」

「なんにも〜?」


 私たちはステージの上に立った。後ろに赤いカーテンがあって、横断幕がそのそばに掛かっている。

 アンナさんは座って、綺麗に姿勢を正した。


「笑顔だぞ、ミール」

「君もね、リョーヴァ」


 にっこりと笑顔を作る男子を見て、私もにっこり笑った。

 それから少しだけ……アンナさんの耳元でそっと囁く。


「……一年ありがとうね、アーニャお姉ちゃん」


 私が囁くと、アンナさんは私の方を振り向こうとするが――


「中尉、写真を撮る時は前を向かないと!」


 一瞬見えたその顔は、ニヤつきを必死に抑えていた。これならちょうどよく笑顔になれるだろう。

 私は満面の笑みを浮かべて、カメラマンさんに準備オッケーのサインを送った。サムズアップ!


 ぱしゃり、とフラッシュと音が鳴って写真が撮られた。

 私は素早く逃げようと――首根っこを掴まれた。


「いい笑顔ですね、カレーニナ准尉?」

「は、はは……写真に大事なのは笑顔ですから!」







 パーティーの後は初めての長期休暇。みんな帰省だ。

 帰ってきたら直ぐにどこに配属されるのか決まる。希望を聞いて、それから航空隊が決まる。

 その時はあんまり時間もないだろう。別れる前に、アンナさんも入れてみんなで抱き合った。

 また会おう――そんな誓いも込めて。


 お母さんと一緒にバスに乗った。今日だけは、特別に学校が各帰省先にバスを出してくれている。

 ヴォルシノフ行きのバスは私とお母さんの2人だけ。ミールは首都から鉄道、リョーヴァとアンナさんは首都が故郷だからすこし寂しい。

 でも久しぶりにお母さんと2人きりなのは嬉しいな。


「エカチェリーナ、学校はどうだった?」

「すっごい楽しかった。親友も出来たし、尊敬する人も出来たよ。……お母さん、ありがとね」

「どうして? 特別なことはしてないわよ?」

「あの時お母さんが煽ってくれなかったら行ってなかったもん。きっと、今日もあの集合住宅ピャチエターシュカでゆっくり過ごしてた」

「あらあら。ゆっくり暮らすのは嫌い?」

「ううん。でも、掛け替えのないものを手に入れられたから。だから、ありがと」


 ごうんごうんとバスに揺られながら、真っ暗な外を眺める。今日は月が大きかった。

 月の近くが、一瞬明るく光った。願い事を言っておけばよかった。







 寝て起きると、もう少しでヴォルシノフだった。

 固い椅子で凝った身体を伸ばすとばきばきと音が鳴った。


 そこからはあっという間に故郷だ。

 降りると、なんとなく落ち着く匂いがした。うーん、我らが栄光のヴォルシノフ。ちょっと田舎。


 お家に帰る。久しぶり。

 我が家の内装は特に変わりなく、誰かが増えたりもしていない。見慣れた光景だった。一つだけ、私の雰囲気が減っちゃったくらいかな。


『未来のエースか? 航空学校のパイロット課程第1期生が卒業する』


 温かくて落ち着く実家のリビングで朝刊を読んでみると、一面が私たちの話題だった。

 ……誰から聞いたのか、操縦の腕まで書かれちゃってる。コンプラ……の意識をこの時代に求めるのは酷か。


 写真に使われていたのは修了式のキリッとした写真じゃなくて、パーティーのときの集合写真だった。

 みんないい笑顔だった。一生の思い出だね。アンナさんの真っ赤な顔も白黒だからわかんない。


 ……でもお母さん!

 記事を切り抜いて壁に飾るのはやめてほしいな!



――――――――――――――――――――――



ちょっと短い1.5章の開始です

アネクドートを考えるのに小一時間かけました

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