幕間:デート・ウィズ・アーニャ
明日は休日だ!
どうやら男子どもは2人きりで出かけるらしい。なにをするんやら知らないけど、女の子をハブるようなことだ。
まあ、想像はできる。
そんななので、一人で首都を散策しようと思っていて、新しいお店でも出来ていないか娯楽室で新聞を読んでいた。
首都からはバスで1時間くらいかかるんだけど、ありがたいことに新聞は毎日来ている。だから常に最先端を追えている。
一応、小説が載った雑誌とかもあるんだけど、クセがあるし、月刊だったりして誰かが読んでることもよくある。だから基本的には、新聞とラジオを目当てに娯楽室に来ていた。
「エカチェリーナ、やはりここでしたか。明日は休みですよね?」
カフェとかあるじゃん、百貨店も出来上がるとか……。新聞を読みながらどこに行こうか計画を練っていると、アンナさんがやって来た。
どうやら私を探していたようだ。
「はい。珍しいですね、アンナさんが私のことを探してくれるなんて。どうかしましたか?」
もしかして、なにかやらかしちゃったかな? それで休日取り消しとか……だったら嫌だなあ。
「ふふ、エカチェリーナは顔に出やすいですね。大丈夫、ただのお出かけのお誘いです」
「は、はあ……って、お出かけですか!?」
「ええ。大聖堂や大劇場に入りたいのでしょう? レフやミロスラフから聞きましたよ」
一体どうして私の話になったのかすごい気になる。アンナさんと彼らの共通の話題が私くらいしかないから?
そして、大聖堂に大劇場。首都の目玉とも言える施設だから、できれば行ってみたい。
大聖堂に関しては私と同じ名前の人が祀られているしね。気になる。
「ま、まあ……出来れば行ってみたいですけど」
「それなら服を拵えないと。どうです、私が奢りますよ」
確かに、この軍服でフォーマルなところに行くことも難しい。オシャレとはいえ、あくまでオシャレなだけ。
ドレスコードには引っかかるだろう。それに、聖堂に軍服で行くのも……なんかね。
でもアンナさんに奢ってもらうのもな。ほかは知らないけれど、飛行士課程はお給料が出る。
けど使い道はあんまりない。だから私もそれなりにお金はある。お母さんに仕送りしようとしたら固辞されちゃったし。
うんうん悩んでいると、アンナさんがこんな事を言ってきた。
「一緒に……そうですね、デートをしませんか?」
「……えっ!?」
デート。デート!?
まさかアンナさんの口からそんな言葉が出るなんて。……うへへ、と思っちゃう。ニヤけてないかな。
だってクールビューティー美女からのお誘いですよ?
断れる訳ないじゃん。
「……将来の上官と休日にまで一緒に居るのは嫌ですか?」
「いえいえ全くそんな事はないです! 光栄です!」
「良かった。私も最近忙しくて、気分転換が出来なかったので。それに付き合って貰いたいだけです。固くならなくて平気ですよ」
う、うおおお!
俄然やる気が……出てきた所でなにかあるわけでもないんだけど。おしゃれしてくような服もないし。軍服しかタンスに入ってない。
でもデートだからね。うへへ、楽しみだな。
どこ行こうかな? ……誘ってくれたし、アンナさんがリードしてくれるのかな?
とりあえず、身体は綺麗に洗っておいた。隅から隅まで。
この国、同性愛が普通に存在してるからそういうことが無いとも言えないのだ。万全を期していこう。
◇
そうして、翌日。
アンナさんの車で首都まで行って、駐車場に止めた。
そして私は軍服姿で、アンナさんはシックな格好で首都に降り立った。
「……オシャレですね、アンナさん。首都に似合います」
「買ったきり着ていない服があったのを忘れていました。折角の機会ですから」
リョーヴァと同じく首都生まれで首都育ちのアンナさんは、迷いなく歩き始めた。
一体どこに向かうんだろう。
大通りを歩いているだけで刺激に溢れてくる。路面電車が通っていったり、バスが通過したり。モータリゼーションも進んでいて、自家用車もちらほら見る。けどまだ馬車もいる。
……ていうか、ファンタジー世界なのにロマンがないなあ。魔法と科学を組み合わせたなんかとか生まれても良いだろうに。
そんな事を思って歩いていると、目の前のパン屋で万引きが発生した。
店の外を走る万引き犯は言葉を口にした――「暗闇よ我が身を覆い隠せ――『影』」。
すると、万引き犯の姿が見えなくなる。……犯罪で魔法が見たいわけじゃなかったんだけどな。
私は呆れながらも万引き犯を懸命に探そうとした。これでも人民を守る軍人見習いだからね、しっかりやらないと。
「最近の魔法は犯罪に使われることが多いんですよ。だから魔法を使える人は肩身が狭い思いをしましてね。……そこですか」
アンナさんの青い目が仄かに光を帯びた。
「対象限定、下肢、膝関節。冬将軍よ、その力を――『凍れ』」
アンナさんの魔法が発動すると、見えないなにかがどさっと倒れた。
「姿を見せた方が良いですよ。そこは
冷たく言い放つアンナさんの言葉によって、万引き犯は姿を現した。すっ飛んできたパン屋の店主に連れていかれた。
……かっけえ。すごいスマートに犯罪を解決した。
「……では、移動しましょうか」
「は、はいっ!」
逃げるように立ち去ろうとするアンナさんに少し疑問を抱きながらも、私も急いで着いていった。
少し歩いてバスに乗って、降りた先はオシャレな通りだった。服屋や仕立て屋が並んでいる。通りを歩くどの人も洗練されていて、ハイソな雰囲気を感じさせる。
そんな通りを歩きながら、アンナさんの説明が始まった。
「オクチャブリスカヤの服飾関係は大きく分けて2つです。革命後に出来たモダンなデザインを扱う新興店か、革命以前からのクラシカルなデザインを扱う老舗か」
「へえ。何が違うんですか?」
「モダンなデザインは合衆国でも流行っていますね。新たな時代のスタンダードとなるのでしょうが、クラシカルな服装の権威も捨てがたいです」
そして、とアンナさんは続ける。
「その中でも女性は更に2つに分けられます。ドレスか、スーツか。空軍に勤務している女性はドレスを好む人が多いですね。スーツは礼装と似ていますから」
「そうなんですね。どっちも着たことがないからわかりませんけど……」
「飛行士養成課程を修了したら准尉になります。それから1年勤務すれば少尉に昇格しますから、その時に仕立てることになりますよ」
話しているうちに、目的地の場所に着いたみたいだ。
アンナさんが立ち止まったお店はカフェだった。
「まだお昼を食べていませんからね。ここで食べていきましょう」
「はいっ!」
「私の奢りですよ、好きなのを選んでくださいね」
カフェの中はコーヒーの香りがした。そういえば、お母さんはコーヒーを飲まなかった。
それに空軍学校の食堂は食べ物の匂いなんて目の前にあるものしかわからなかったから、久しぶりの香りだ。
着席して、机の上に置いてあるメニューを見てみた。……20ルーブリ!?
ちらりとアンナさんの顔を伺うと、にこにこして私のことを見つめていた。……遠慮しなくていいの、本当?
前世でも一食に2000円なんて払ったこと無い。……いやあるけど、普段のご飯でそこまで払わない。
それこそデートのときとか……あっ。
「いいんですか?」
「デートですからね。エスコートさせて下さい」
「それじゃあ……このコーヒーと、ペリメニを」
「それだけでいいんですか?」
「ぁ……じゃあ、チョコチップスコーンも……」
「わかりました。私もコーヒーとペリメニにしておきますかね」
店員さんを呼んで、注文をした。店員さんのエプロンもかわいかった。さすが高級カフェ。
「さて……それで、どんな服がほしいですか?」
「えっと、モダンかクラシカルか、ドレスかスーツか、ですよね?」
「はい。エカチェリーナなら、きっと……。いえ、意見を言うのはやめておきましょう。私が着させたい服になってしまいますから」
今日のアンナさんはよく笑う。私と一緒に居る時間を楽しんでくれているようで、ちょっと嬉しい。
「うーん、そうですね」
どうしようかなあ。
私、エカチェリーナはそれなりに身長がある。といっても男の子には届かないくらい。
胸は……まあまあ。デカくはない。小さくもない。成長の余地はあるけど、これ以上の成長は太った結果だろう。
正直なんでも似合う。実にちょうどいい体型だった。
だから選べと言われると……大変に困る。
でも強いて言うなら、あんまり古臭くないほうが良い。モテるなら年寄りよりも若者からのがいい。
「モダンな……ドレスにしましょうかね。もう2年もしないうちに礼装が仕立てられるなら、それがスーツの代わりになりますし」
「あら、良いですね」
私の返事はアンナさんを満足させるものだったのか、嬉しそうに頷いていた。
基地だとクールで滅多に笑わない人だけど、外だと結構感情豊かだ。かわいい。
それから他愛のない雑談をしていると、店員さんが料理を運んできた。
コーヒー2つにペリメニ2つ、ついでにスコーン。
ペリメニにはサワークリームも付いていて、その上にはタイムっぽいハーブがまぶされていた。
早速一つ取って食べてみた。口の中に広がるのは肉汁とサワークリームのチーズっぽい風味。
おいしい! 日本で言うなら水餃子が一番近いかな。
アンナさんを見ると、凄く洗練された所作でご飯を食べていた。私もちょっと恥ずかしいからお行儀よく食べることにしよう。
背筋を伸ばして、カトラリーをぎゅっと握って音を立てないようにペリメニを口に運んだ。
頑張る私を見て、アンナさんは耐えきれないという風に笑った。
「エカチェリーナ、ふふっ。無理に真似しなくて良いんですよ。カフェですから」
「でもアンナさんが美しく食べてるのに……」
「私の母親が他国の貴族でして。そうしたことから、マナーは幼い頃から叩き込まれていました。癖みたいなものです」
「すごい! 本物のお嬢様じゃないですか!」
「ふふ、そこまでではありませんよ。空軍に入って、随分と荒っぽくなってしまいました。ですから、エカチェリーナも自然体でいて下さい。デートですしね」
苦笑いしながら、私は無意識のうちにお腹をさすっていた。
◇
カフェを出て、アンナさんに着いていくと仕立て屋に着いた。
店名は……『UNOVIS』。どういう意味?
「ここですか?」
「はい。……店の名前は店主しか理解していませんが、腕は確かです」
「は、はあ……」
お店に入るとからんころんと鈴の音がした。
壁には生地がたくさん置いてあって、店の真ん中は衣装を着せられたマネキンが支配している。
そう、支配している。道がない。前世の古着屋の数倍は狭い。
「同志マレーヴィチ! 私です、チェレンコワです!」
店の奥に向かってアンナさんが声を上げると、マネキンの隙間を縫って男の人が現れた。
「あんだぁ……、ってチェレンコワのお嬢様じゃねえですか。今日は何用で?」
「ええ、実は彼女にドレスを仕立てて貰いたくて、エカチェリーナ?」
とん、と肩を叩かれた。
「あ、初めまして。エカチェリーナ・ヴォルシノワ・カレーニナです」
「ほう、カレーニナ嬢ね。それとも同志って言ったほうが良いか?」
「お好きにどうぞ……」
「そうかい、俺はこの体制が好きじゃねえから同志ってのは嫌なんだよ。同志は付けねえぞ」
なんだこの人!?
いくら我が国が寛容でも、ここまで反体制な人がいるとは。……しかもその癖して表現するものは革新的だし。
「……ちょ、ちょっとアンナさん」
「……良いんです。彼はこういう人で、思想の自由も党の方針ですから」
「……アンナさんが良いならいいですけどぉ……」
「んで、どんなドレスが欲しいんだ?」
ドレスに関する知識は私にはない。好きな色だけ聞かれたので、「赤」って答えてあとはアンナさんとマレーヴィチさんにお任せすることになった。
暇だったから近くの値札を見てみた。目安として書かれているのだろう。
……わあ。
私の年収分だった。
◇
それから裸になって採寸したり、生地を選んだりして無事に目的は達成された。
ドレスは出来上がったらまた連絡してくれるらしい。その時にまた直したりするとか。
ということで、今は帰りの車に乗っている。
運転はアンナさんだ。安心して任せられる。
「今日は楽しかったですよ。デート」
「私こそっ! ありがとうございました、アンナさん! たくさん奢っていただいて……ドレスまで」
「私が好きでやったことなのですから、気にしないで下さい」
二人きりの車内でおしゃべり。郊外は夕方になるともう真っ暗で、まっ平らな地平線の向こうがほんのり明るい程度。
なんだかロマンチックな雰囲気だけど、そういう関係じゃない。何も起こらない。
今日のことや明日のこと、もっと先のことやもっと過去のことを話しているとあっという間に航空学校に戻ってきた。
なんだか名残惜しいけど、休日はこれで終わりだ。
せっかくなので一緒に食堂に行って夕食を食べた。
……周りを見渡してもミールとリョーヴァがいなかった。あいつら帰ってこれるのかな?
アンナさんも私も、空軍の義務として「多め」の夕食を食べた後は、自室の前まで送ってくれた。
なんだか密会の後みたいで照れくさい。
「アンナさん、今日はありがとうございました。すごい楽しかったです!」
しっかり頭を下げて、お礼を言った。
街中の優しいお姉さんモードのアンナさんはもう居なくなっていて、クールビューティー無表情お姉さんになっていた。
「私も、妹が出来たみたいで、楽しかったです。……リーナ。よかったら、また行きましょうね。では」
別れ際、アンナさんは私に手を振って、頭を撫でて、そう言った。
……え、リーナって言った? 愛称で呼んでくれた?
アンナさん――
私が呼び止めようとすると、走って去ってしまった。
……照れ隠しが下手!
――――――――――――――――――――
これにて1章終了です
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