10.Lav-3

 待ちに待った飛行訓練の日。

 まずはアンナさんを後ろに乗せて、練習機で習熟度のチェック。

 私たちが乗るのは複座式(前と後ろに座るところがある、2人乗りの飛行機)の練習機だった。


「この機体では、私も操縦ができることになっています。ですが、私が操縦したら失格ですので、留意しておくように」

「なんだか厳しいですね」

「第1期生は優秀な航空クラブの経験者だけを集めましたから。少数精鋭である以上、その程度は前提として求められています」


 私が疑問を呈すると、アンナさんはそう言った。

 薄々感づいていたけど、やっぱり私たち第1期生は優秀なパイロットを集められたらしい。

 どうりで訓練とかが洗練されてないわけだ。とりあえずなんでも試してみようみたいな雰囲気を感じていた。あの高いところから飛び降りるやつとか、来期の後輩からは免除されてるといいな。危ないよあれ。


「ということで、まずはエカチェリーナ」

「はい!」

「リーナ、がんばってね」

「無理すんなよー」


 軍用機となると、結構大きい。

 風防を後ろにスライドして、私たちが入れるようにする。


 そう、流石軍用機。風防が全周を覆っていて、コックピットの中に雨とか雪とかが入らないのだ。

 ヴォルシノフ飛行場のは全部オープンコックピットだったから、途中で雨でも降ろうものなら地獄だった。


 練習機の凹みのところに足を掛けて、コックピットへと登っていく。ここ最近でまた身長が伸びたから、こういう動作もあんまり苦じゃない。

 コックピットに座ったら、友だちから貰ったピンクのマフラーで首元を覆った。空を飛ぶ時は毎回巻いてたから、お守りみたいなものだ。これがあると安全に帰ってこれる。


 アンナさんが風防をスライドして、がちゃん、と閉まった。密室の出来上がり。


「では、エカチェリーナ。まずは滑走路まで出て下さい」

「はい、アンナさん」


 エンジンを始動すると、民間機のか弱い咆哮よりももっと強い轟きが響いた。

 振動もすごい。風防を閉めているからなんとかなっているけど、外にいるミールとリョーヴァにはすごい音だろう。

 ……あ、耳塞いでる。そりゃうるさいよね。

 彼らの鼓膜のためにも早く飛んであげよう。


 この時代に航空管制なんてものは存在しない。

 飛行機に搭載されてる無線を使って、安全かどうかの確認を行うだけだ。

 そこら辺はアンナさんがやっていた。私がやるのは滑走路にアプローチするだけ。

 スロットルを控えめに動かして、滑走路に進んでいった。そういえば舗装された滑走路も初めてだ。たのしみ。


 ちょっと進めばすぐに滑走路にたどり着いた。このくらいはできないとね。


「……了解。エカチェリーナ、許可が出ました。離陸して下さい」


 軽く操縦系統のチェックを行って、フラップを下ろした。

 フラップを下ろすことで揚力が増える。わかりやすく言えば、離陸しやすくなる。

 その分空気抵抗が増えるから、離陸した後は格納する必要があるけど。


 スロットルを押し込んで、少しずつ速度を上げていく。ずっと乗っていた複葉機とは段違いの速さで加速していく。

 余裕で乗りこなせると思ってたけど、ちょっと難しかったかも。気合を入れていこう!


 十分に速度が乗ったら、操縦桿を引いて機体を空へと浮かび上がらせた。

 それから、速度と高度を稼いでから着陸装置ランディングギアとフラップを格納する。


「見事ですね、エカチェリーナ。安定した離陸です」

「ありがとうございます!」

「では、このまま高度を上げていってください。2000mまで上昇をお願いします。失速に注意するように」


 練習機は重い機体みたいだから、あまり仰角をつけすぎないように注意しながら高度を上げていった。

 失速とはその名前の通りスピードが物凄く低くなってしまうことだ。紙飛行機でイメージすればわかるように、飛行機っていうのは速度がないと飛ばない。


 速すぎるのも問題にはなるし、機体によってちょうどいい速度って言うのは違うけど。ともかく、エネルギー保存の法則だ。

 高度を上げれば速度は下がるし、それが続けば下がりすぎて飛べなくなってしまう。位置エネルギーのために運動エネルギーを犠牲にしているわけだからね。


 そんな訳で、しっかりと注意しながら飛ぶことで高度2000mの高空に来ていた。

 これくらいの高さになると、世界を一望している気分になる。


「良いですね。では、基地へと帰投し、自信の判断で着陸を行って下さい」

「了解です」


 方向音痴じゃなくてよかった、って飛行場に戻ろうとする度に思う。

 しっかりと方角を覚えていて、飛行場の近くのランドマークを記憶しておいて……GPSがあればまた違うのだろうけど、この時代では自分の脳みそが一番頼れる。

 地図も悪くないけどね、でも自分の位置がわからないことにはどうしようもない。


 帰り道は逆に、速度が出すぎる事に注意しておく。

 高度を下げる時はもちろん、それよりも大事なのが着陸の時。

 これはわかりやすいだろうけど、速すぎると止まれないから。かといって遅すぎると墜落してボカン、だけど。

 その辺りは感覚。たくさん乗っていたから、ヤバいとちょうどいいの間がなんとなくわかってきていて、無事に着陸することができた。


 格納庫の前まで帰ってきて、エンジンを切った。


「安定した飛行でした、エカチェリーナ。お疲れ様でした」

「ふう、ありがとうございました」

「この後、2人の練習飛行を終えた後は編隊飛行の訓練を行います。格納庫で待っていて下さい」

「わかりました」


 練習機から降りて、ミールとリョーヴァとハイタッチした。


「やっぱり飛ぶのは楽しいね。2人も楽しんできて!」







 2人とも無事に飛行を終えて、早速戦闘機に乗ることになった。

 私たちが選んだ機体と同じ機体をアンナさんが操縦して、一人ずつと二機編隊を組んで飛行を行うことになる。


 最後には標的気球に向かって射撃も行う。

 50発だけ撃たせてくれるらしい。スコアは全員終わった後にみんなの前で発表だって。


「負けらんないね」

「リーナも戦闘機で撃った経験はないよね?」

「そうだね、初めて」

「全員初めてか。才能の戦いだな、俺も負けてらんねえよ」


 ていうかアンナさんすごいね、なんでも乗れるんだ。


「では先ほどと同じ順番で行いましょうか。エカチェリーナ、乗る機体は決まりましたか?」


 さっきとは違う格納庫に移動して、今度は3つの機体が2つずつ並べられていた。

 私が選ぶのは中型機。名前はLav-3。


「はい、このLav-3でお願いします」

「わかりました。では搭乗しましょう。指示は無線で出します。使い方はわかりますか?」

「予習済みです」

「素晴らしい」


 予習……って言っても、食堂で先輩パイロットに聞いただけなんだけど。決めたのは寝る前だったしね。

 航空学校は航空学校なだけあって、殆どの人に操縦経験がある。本当に良い環境だ。


 さっきと同じようにコックピットに乗って、違いは後ろが心もとないだけ。

 一人で初めての飛行機に乗る時は、やっぱりちょっと緊張する。


 リョーヴァとミールに手を振って、エンジンを始動させた。


『聞こえますか、エカチェリーナ?』


 計器のチェックやらをしていると、耳につけた無線からアンナさんの声が聞こえてきた。

 私もぽちっとボタンを押してから返答をする。


『はい、しっかり聞こえます。私はどうですか?』

『良好です。この機体の運動性能には期待しないで下さい。ですので、余裕のある操縦を心掛けるように。急な操縦はスピンに陥ります』

『わかりました』


 スピン――急な操作などで翼端失速が起こったりすると陥る状態。

 例えるなら、竹とんぼみたいになってしまう。

 飛行機が。


 高度があれば復帰することもできるけど、低高度で起きてしまったらまず脱出するべきだろう。

 まあ、ぐるぐる回る中で正常な判断ができれば、だけど。

 これだけは避けないと。

 エンジンが壊れても滑空できるけど、これは復帰も難しい。一番怖い。


『では、私の後に着いてくるように。……年末のようなことをしてはなりませんよ』

『わ、わかってますって!』


 それから先は同じこと。

 離陸して、高度を上げて、目的地までゴー。


 目的地には標的気球が浮かんでいた。

 それに攻撃するらしい。


『私の合図に合わせて射撃を行って下さい。助言は必要ですか?』

『お願いします』

『Lav-3に搭載されている20mm機関砲は撃ち続けるとすぐにバラけます。ですので、断続的な射撃が有効です』

『ありがとうございます』

『はい。射撃後は直ぐに離脱を。気球の残骸に絡まって墜落しますからね。では20秒後、気球に射撃を開始してください』


 20秒……今が時速400kmくらいで、秒速だとだいたい100mだったはず。となると2キロ先。

 今はまだ気球が米粒くらいにしか見えないけど、そこまで進んだらそれなりの大きさに見えるだろう。


 ぐんぐんと進んでいき、予想通りに気球が大きく見えてくる。

 今のうちに少し座る位置を調節して、機首を微調整して、照準を気球に合わせた。


 アンナさんのカウントダウンが始まる。


『……7、6、5、4、3、2、1、射撃を許可します!』


 操縦桿に着いている赤いボタンを何度も押した。一度押す度に、大きな音と反動が身体を襲う。

 ずんずん、と音と反動が身体に響く。射撃時間は10秒にも満たなかったのに、凄く長いように感じられた。

 弾倉の50発が全て発射されて、赤いボタンを押しても反応が無くなった。


 気球の残骸は随分と近くなっていた。


『エカチェリーナ、離脱!』


 アンナさんの声で我に返って、私は急いで機体を動かす。操縦桿を横に曲げて、引く。

 急な操作だったから危なかったけど、ラダーを操作することでなんとか安定させた。


 機体はガタガタと震えていた。ガタガタと音がした。墜落に怯えているようだった。

 水平に戻して、機体を安心させた。もう大丈夫だよ、と言い聞かせるように。


『お疲れ様でした、エカチェリーナ。最後が少し危なかったですが……初めての射撃は誰でもこうなります。あまり気に病まないように』

『アンナさんもですか?』

『ええ。随分と前でしたが。では帰投しましょう』


 帰りも安全に、無事に帰ってこれた。

 降りたらまた2人とハイタッチ。


 その後はミールが先に行って、リョーヴァが次に行った。

 リョーヴァが帰ってくる頃には夕方になっていて、着陸がすごい怖かったって言ってた。


 かわいいので2人で撫でてあげた。えらいねえ。


 そして待ちに待った射撃結果発表。

 アンナさんは操縦しながら器用に紙にメモしていたようで、手元のバインダーを見ながら発表を始めた。


「催し物でもないので、一気に発表します。最優秀がレフ。次点にミロスラフ、最後にエカチェリーナです。初めてですので、改善も凋落もします。慢心せず、改善の努力を怠らないように」


 私は……最下位だった。

 感覚だと全部当てられてた気もしたんだけど……ショック。


「……うそ?」

「マジか、リーナってそっちの才能は無いんだな」

「ね、なんか意外。飛行機関連ならなんでも得意だと思ってたよ」


 ……私もそう思ってました。

 戦闘機パイロットはやめとこうかな。偵察機とかに乗ろう……。


「……詳細を伝えましょうか?」

「えっ、いいんですか?」

「レフ、ミロスラフは知りたいですか?」

「まあ、知りたいっすね」

「ぼくも」

「では……。レフは50発中47発。ミロスラフは40発。エカチェリーナは34発。……ちなみに私は、初回は22発でした。それでも優秀でした」


 ……別に悪い成績じゃないじゃん!

 リョーヴァとミールが当て過ぎなだけだった。


 珍しくアンナさんがデレてくれた。過去の成績を教えてくれるなんて。……ていうか覚えてるなんて。やっぱり気にするんだね誰でも。

 それに、私のことを気にかけてくれた。この人はやっぱり優しい。


「18時から夕食です。現時刻は……17時40分。食堂に移動しましょうか。では解散」


 アンナさんは金メッキの懐中時計で時間を確認していた。おしゃれで、古風な意匠をされた懐中時計だった。

 ……いや、21世紀からすると古風なだけで、この時代だとまだ現役なのか?


 あと、この飛行訓練を完遂したことで、これより先は全部今までの訓練の繰り返しになるらしい。

 ある意味一区切りだね。卒業まではまだまだあるけど、なんだか達成感。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る