9.ハンバーガー
訓練には休みの日もある。そういう日は学校の外に出る良い機会だった。
とは言っても、首都に行くにはバスしかないし、そのバスもあんまり出ないので時間は結構限られるけど。
でも息抜きは大切。
リョーヴァとミールと一緒に首都――
だいたいモスクワだ。この世界は地球にそっくり。歴史が違って魔法があるだけ。ファンタジー世界のくせにあんまりロマンがない。
ミールは首都に来たのは初めてだった。商店街や路面電車を見て感嘆してる。
私はといえば――感嘆してた。
だってロシア行ったことないもん。ヴォルシノフはちっちゃい町だったし。
オクチャブリスカヤ、すげー!
そんな私たちを見て、リョーヴァは呆れていた。
地元だからね。首都の景色もお上りさんも、もう飽きるほど見ているんだろう。
「お前らなあ……田舎生まれなのバレるからやめとけって」
銀髪で陽の光を照らし返しながら、リョーヴァは私たちに言った。
「ていうかミールだって……なんだっけ、パヴェルフスクだったか。工業都市なんだろ? 似たようなもんだろ」
「いやいや全然違うよ! 人が沢山いるのに空が綺麗だ……!」
「そこ? 地元はどうなってたんだ?」
「ぼくの村は自然に囲まれてたから綺麗だったけどね。パヴェルフスクは煤まみれだよ!」
我が国といえど、環境保護の意識はあんまり進んでない。人の害になること――排水の垂れ流しとかは規制されてるけど、まだそのくらいだ。
だから、工業都市はあんまり綺麗じゃない。ミール曰く、息をするだけで咳が出るらしい。
「リーナんとこは?」
「ちっちゃい町だよ。鉄道も来てないし、車とバスだけ。飛行場はあったけどね! 我らが栄光の革命記念第24飛行場!」
「へえ、変な町だな」
「失礼だなあ。のどかでいい町だよ」
「俺はオクチャブリスカヤに慣れてるからな。――さて、どこ行く?」
首都の案内はリョーヴァに任せっきりにすることになった。
この時代にはスマホがないから、どこかの
『地図なんか買うだけ金が勿体ねえよ。歩いてれば覚えられるだろ、複雑な街じゃねえし』
リョーヴァがそう言うので買わないことになった。
案外ケチくさいとこがあるんだよな、こいつ。
「とりあえずご飯食べたいなあ」
「お、いいねリーナ。リョーヴァ、オススメのお店よろしく!」
「……オススメ、ねえ。そうだ、お前ら外国の飯は興味あるか?」
外国のご飯?
寿司とかかな。和食が食べられたら嬉しいけど。
「どんなやつ?」
「合衆国人の店だよ。俺が航空学校に行く頃に開いてな。毎日行列だったから行けなかったんだが、そろそろ落ち着いてるだろ」
寿司じゃなかった。残念。
そういえば、私たちは軍服を着ている。
特に深い理由は無くて、それくらいしか服がないのだ。
私服を着てもいいんだけど、わざわざコーデを考えるのも面倒くさい。
いつの間にか軍隊脳に変わっていた。
あと、空軍の服はオシャレだから市民人気も高い。
下手な私服よりもカッコいいから、空軍の人はほとんどが軍服で外出する。
アンナさんなんかは2着くらいしか私服を持ってないと言っていた。冠婚葬祭用のスーツとドレスだけ。すごいね。
リョーヴァが案内してくれたのはめちゃくちゃにアメリカっぽいダイナーだった。
首都の市民は今でもこの異国料理に興味津々で、行列が出来ていた。
「うわ、すっごい行列じゃん」
「リョーヴァ、並ぶの?」
「これでも少ないほうだぞ。回転は早いからな、一時間もしないで入れるだろ。並ぼうぜ」
なんだか夢の国の行列を思い出す。
あそこもほぼアメリカだったからおんなじようなもんか。
「で、何が食べられるのさ? ぼく、外国の料理とか食べたこと無いんだけど」
「確か……ハンバーガーとかいうのが有名らしいぜ。あとはアイスクリームか」
「へえ。じゃ、そのふたつ食べよっか」
「だな。クセは強くないって聞いてるから、ミールも食べれんだろ」
「どうかな……。ちょっと心配だよ」
思った以上に行列が消化されるのは早くて、30分くらい3人で駄弁っていたらあっという間に私たちの番になった。
扉を開けると、まさにダイナー! って感じの店内だった。
どの人もハンバーガーとポテトを食べてる。他の物はないの? ってくらいみんな一緒。
カウンターに座ってメニューを見ると、本当にハンバーガーしかなかった。ちょっと時代を先取りしすぎじゃない?
「ハンバーガーにチーズバーガー、ポークバーガーにチキンバーガー。なんだこりゃ?」
リョーヴァはメニューを見て素っ頓狂な声を上げていた。
私も同じ気分だよ。
「いらっしゃい、若い軍人さんたち。うちは初めて?」
「あ、はじめまして。そうです」
「見ての通り殆ど一緒さ。中のひき肉がどれから出来てるかって違いだよ、好きなの選びな。ポークは30カペイカ、チキンは50カペイカ安いよ」
普通のハンバーガーが3ルーブリでチーズバーガーが4ルーブリだった。300円と400円くらい。
なんというか、普通の価格。外国の料理だからちょっと高いかな? って感じ。
「私はチーズバーガーにしようかな」
「え、リーナ決めるの早いね。……じゃあぼくは普通のハンバーガーで」
「俺も同じの。あとアイスクリーム全員分」
「オッケー。金は先払いだよ」
各々が財布からお金を出すと、店員さんはさっさと行ってしまった。見た感じワンオペだから、女将さんなのかもしれない。
「あの人、合衆国の人かな?」
「だろうな。訛りが合衆国だ」
「評議会共和国にわざわざ来るなんて、凄い人だね」
ちなみに、この世界はどの国の人も同じ言葉を使ってる。
日英仏露に韓中アラビアエスパニョール。どれにも似ていてどれとも違う。でも不思議と意味がわかる。
地域によって訛りが変わるくらいで、どの国でも言葉が通じる。生まれてすぐのうちは異世界チートかと思ってた。
評議会共和国は我が国のこと。
「……リーナ、おい、聞いてんのか?」
「え、なに?」
物思いに耽っていたらリョーヴァに肩を小突かれた。
「はあ、ミール。も一回言ってやれ」
「あはは……明日の訓練、やっと飛行機に乗れるけど、どれに乗るか決めた?」
そういえば、休日が明けたらようやく飛行機に乗る訓練が始まるのだ。
まずはアンナさんが後ろに乗る複座式の訓練機に乗るわけだけど、みんな飛行機に乗れることはわかってるからそこはすぐに終わる予定になってる。
その後は早速戦闘機に乗ることになっていた。
いくつか候補がありますから先に決めておいてくださいね、って休みの前にアンナさんから宿題を出されていたんだった。
「ミールとリョーヴァはもう決めたの?」
「まあね」
「おうよ」
「へえ、教えて貰ってもいい?」
と、ちょうどその時に女将さんがハンバーガーを持ってきてくれた。
「はい、お待ちどお。軍人さんたち、飛行機乗りなのかい?」
「うわ、美味しそう! ええ、まだ見習いですけどね」
女将さんはどん、と目の前にチーズバーガーを置いてくれた。
お水のサービスもある。いいね。
チーズバーガーのチーズはたっぷり、パティは何枚も挟まれている。
早くかぶりつきたくて、口の中に唾液が溢れてきた。生まれてこの方食べてないから、実に16年ぶりのハンバーガーだ。
ちょっと高めだと思ってたけど、こんなにたっぷりなら仕方ない。
「へえ、アタシも趣味で乗ってたんだ。合衆国の航空隊に誘われたけど、やりたい事があるってんでこっちに来たけどね」
「おばさんも飛行機乗れんのか? やるなあ」
「おばさんって……まだ29だよ。アタシはアメリア。あんたらは?」
「俺はレフ。右のがエカチェリーナで、左のがミロスラフ」
リョーヴァが紹介してくれている間に、早速チーズバーガーを口に運んだ。
ああ、この感覚!
油、油、油。チーズチーズチーズ!
最高にジャンキーで最っ高においしい。
前世のどこのハンバーガー屋さんよりもおいしかった。さすが本場の人が作るだけある。
「よろしくお願いします」
「よらひふ、おねがいひまふ」
「パイロットならアタシとあんたらは仲間だね。次来る時は半額にしてあげる。贔屓にしてくれよ?」
◇
あの後、ハンバーガーを食べてからは軽く観光をして終わった。
私と同じ名前の聖女カタリナが祀られている救主聖女月誕大聖堂と、大劇場を見に行った。
時間もあんまりなかったからどっちも中には入らなかったけど、外から見るだけでもすごかった。いつか時間がある時には何泊かして観光するのもいいかもしれない。
今日も楽しい一日だったな! と思いながらシャワーを浴びて髪を乾かして、服を脱いで下着姿になって布団に潜り込んだ。
そして、その時思い出す。
そういえば2人がどの戦闘機に乗るのか聞いてなかった。
ていうか私もまだ決めてなかった。
明日選べるのは3つ。
運動性重視の小型戦闘機。
この子は傑作機として名高い。複葉機みたいな運動性を持ちながら、速度もそれなりに出てくれる。
バランスの良い中型戦闘機。
この子はあんまり評判が良くない。なぜなら、機体に木材を使用しているからか、運動性能があんまり良くないからだ。加速性能もあんまり良くない。
みんなよく曲がる戦闘機が好きなのだ。
あまり動けないけど、双発で速度もよく出る大型戦闘機。
この子は普通の子だね。可もなく不可もなく、普通の双発機。特段選ぶ理由はないかな。
リョーヴァはたぶん小型機。すばしっこいの好きそう。
ミールは大型機だろうね。安定感を求めそう。
なら私は中型機かな。
よし、と心に決めて眠ることにした。明日も早い。
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