7.革命万歳、党の指導に敬礼

 お昼ご飯は食べられなかった。全くお腹が空いてなかった。自室で本を読んで時間を潰していると、あっという間に13時前になった。

 余裕を持った行動をモットーにしているから遅れることはないけど、早めに着きすぎても気持ち悪い。

 今度はちょうどいい時間に行くようにした。


「来ましたね、エカチェリーナ」


 私が広場に着くとみんな揃っていた。

 時間には遅れてないはずだけど、みんなやる気があるみたいだ。


 銀髪の子――レフくんも真面目な顔になってる。

 ……レフくんはお腹を抑えてるし、赤髪の子、ミロスラフくんのアンナさんへの視線が随分と変わってた。

 男子専用のお話ってどんなことしたんだろう。聞かないほうが良いかもしれない。


「すみません、遅れました」

「大丈夫ですよ。彼らと行動していたので早く着いていただけです」


 そういえば、アンナさんと男子2人とも軍服に着替えていた。私は朝からそうだったけど。

 これから訓練が始まるっぽい。気合い入れていこう!


「さて、今から訓練を始めます。休日以外は毎日行う基礎的な訓練から行いましょう」

「はい!」

「……はい!」

「……はい」


 隣の男子たちの返事は一拍子遅れていた。


「初日から厳しいことは行いません。基礎の体力がありませんからね。ということで走ります。遅れても構いませんが、絶対に、最後にはゴールするように」







 きつい。

 きつい。

 もう何キロ走った?


「ぜふっ、は――はあ、む、むりっ」

「喋る暇があるなら息を吸いなさい」


 まだ3月だというのに、体中から汗が吹き出す。

 朝食がもう喉の一歩手前までせり上がってる。


 後ろを見る余裕もない。目の前のアンナさんは涼しい顔で走ってるけど、あの2人はどうだろう。腕が悲鳴を上げてるけど、腕を動かさないと前に走れない。


 前世の知識が発動する――ランナーズハイ。

 走り続けたら楽になる――正直信じられないけど、それだけを頼りにして私は根性で走り続けていた。

 根性だけは……あるんだ……。


「存外やりますね、エカチェリーナ。それに皆さんも」

「ったり前……っすよ――ふっう、折角、軍隊、来たんすから――はっ」

「そうですっ、よっ――まだ、このくらいで……音を――上げられませっ……ん」


 私よりちょっと後ろに、2人も着いてきていたみたいだ。なかなかやる。

 彼らが着いてきてるなら、私もまだまだ諦められない。


「仕方ないですね、歩兵の皆さんが走る際に使う言葉を教えてあげましょう」


 アンナさんはそう言って、くるりと私たちの方を向きながら後ろに走り続ける。

 息を吸って、大きな声を出した。


「祖国のために! さあ、皆さんも」

「祖国の……ためにっ!」

「そこ――くの、はあぁっ、ためにっ」

「そ……こ……く、の、た、めに!」

「良いですね。革命万歳、党の指導に敬礼、歩兵最強――は空軍なので相応しくないですね」


 実際力が出たかはわからないけど、なんでかやる気は湧いてきた。

 ていうか、喋るくらいなら息をしたほうが良いんじゃないの? なんで叫ばせるの?


「ともかく、色々ありますから声を上げるのも良いですよ。気合が入ります」


 少なくとも、スローガンを叫ぶのはアンナさんには効果抜群だったみたいだ。

 さっきまで私たちに合わせてくれていたスピードがぐんぐん上がっていってる。


「まず、ふたりとも、置いてかれますっ、がんばって、くださいっ……」


 たぶん、一番余裕があるのは私だ。

 なんとか2人にエールを送って、アンナさんに置いていかれないようにギブアップを要求する脚を更に酷使した。


「おっと、速すぎましたね。ですが折り返しです。もう少しですから、頑張ってください」


 まだ折り返し!?

 もう2時間くらいは走ってるつもりなのに……。







 それから更に走り続けて。

 走り続けて……。

 どうにか私たちは脱落せずに帰ってこれた。


 私たちはゴールした瞬間に3人揃って崩れ落ちたけど、アンナさんは爽やかに汗を流して気持ちよさそうだった。


「ふう、ちょうどいい運動は気持ちが良いですね。最近は事務作業ばかりだったのでリフレッシュできました」

「は、はあ……そう、ですか……よかった……」

「皆さんも脱落せずによく完走出来ましたね。途中で諦めるものだと思っていましたが」


 懐から懐中時計を取り出して、アンナさんは時間を確認した。

 金メッキのきれいな時計だった。


「キリもよいですし、今日はこの程度にしましょうか。18時から夕食がありますので、食堂には遅れないように。では解散」


 すたすたと歩き去っていくアンナさんを見送りながら、私たちは誰も動けなかった。


「よお、お前ら……」


 レフくんが声を上げる。


「……なかなかやるじゃねえか……」

「君も、……ふう、チェレンコワ中尉に、殴られた割に、はあ――よく走ったじゃん」

「あなたたちもね。正直、私以外は脱落するものだと思ってたよ」


 やっぱりレフくんは殴られてたみたいだ。たぶん、舐めたマネしたんだろうなあ。

 思春期だから仕方ないけど、まあ、レフくんも根は真面目っぽいからしっかり効いたみたい。


「言うじゃない、えっと、エカチェリーナさん?」

「リーナでいいよ。……同期ってたぶん私たちしか居ないんでしょ? 親友にならないと」

「はん、馴れ合いか?」

「わかったよリーナ、ぼくはミールでいいよ」


 レフくんの軽口を聞き流して、赤髪のミロスラフ――ミールがそう言った。


「なっ、おい、ミール!?」

「なにさ、別にいいじゃない。恥ずかしいの?」

「は、はあ? 別に女なんかに照れないが?」

「そう? じゃあなんて呼べば良い?」


 レフくんは強がってたけど、いざ愛称で呼んでもらうってなるとやっぱり恥ずかしいみたいだ。

 猫の獣人らしく、猫っぽくてかわいい。


 同期3人が川の字で倒れながら話し合う。黄昏時に。なんかすごい青春って感じ!

 下校しながら友だちと話し合うのも好きだし、学校で授業中にこそこそ話すのも楽しい。

 けど、こういうのもすっごく楽しい。


「……リョーヴァ」

「えっ、なに?」

「リョーヴァ、だよ! 二度も言わせんなバカ!」







 夕飯の時間。……の前に自室でシャワー。何時でもお風呂が入れるっていうのはすごいありがたい。

 それに、浴室にも暖房があるからすごくありがたい。空軍万歳!


 身体を拭いて、髪を乾かすついでに窓を開けて外を眺めていると、ちょうど飛行機が帰ってきていた。朝に見た大きな爆撃機だった。

 エンジンが4つ着いているせいで、騒音がものすごい。うるさくて、窓を締めた。


 時計を見ると18時前だった。髪は乾いてなかったけど、急いで食堂に向かった。

 朝にあんなに食べたのはどこに消えたのか、お腹はぺこぺこだった。今なら朝の量でも余裕で食べ切れる自信がある。

 食堂に向かっていると途中でミールとリョーヴァに出会った。


「お、ちょうどいいね。2人も食堂?」

「そうだよ。一緒に行く?」

「そうしようか。リョーヴァ、良い?」

「……好きにしろ」


 リョーヴァに話しかけても、ぷいっと顔を背けられてしまう。

 銀色の髪からは爽やかな匂いがした。しっかりシャワーを浴びたみたいだ。


「そ、じゃあ一緒に行こっか」


 食堂は人でごった返していた。アンナさんも居たけど、前後左右に人は居た。

 夕食は一緒に食べられなさそうだ。残念。


「リーナ、使い方はわかる?」

「うん。朝に来たから」


 ミールは面倒見が良いのかもしれない。周りをよく見て、お節介を焼いてくれる。

 ちょっと気になったから聞いてみた。


「ミール、実家に弟か妹でもいるの?」

「えっ、よくわかったね! 弟と妹がたくさん。ぼくが長男」

「へえ、すごい。私は一人っ子だから羨ましいな」

「ぼくは一人っ子がうらやましいよ。実家だと自分の時間なんて無かったからね、寮は天国みたいだよ」


 朝の反省を活かして、今回は「多めで」とお願いした。

 ……朝より多く盛られた。でも食べられそう。


 隣を見ると、リョーヴァは随分と少なめだった。

 私と比較して、だけど。


「リョーヴァ、そのくらいでいいの?」

「いや、リーナはそんなに食べんのかよ?」

「だって明日も同じ訓練するんだよ。食べとかないと干からびるよ?」

「……一理あるな。すんません、やっぱ大盛りでお願いっす」


 「多め」と「大盛り」は違うらしい。

 リョーヴァのお皿には私の倍くらい盛られていた。

 顔を青ざめてたけど、育ち盛りの思春期男子なんだからきっと完食できる。


「……がんばれ、リョーヴァ!」

「騙された……?」


 ミールは自分にぴったりの量にしていた。

 さすがお兄ちゃん、しっかりものだ。

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