6.新入生
翌朝はサイレンの音で目が覚めた。起床サイレンらしい。心臓に悪いな。
朝の内にやるべきことは少しだけ教えてもらった。ベッドメイクとかは時間のある時にやればいいらしくて、それよりも重要なのが身だしなみを整えることと時間に遅れないこと。
昨日の内に渡されていた軍服に袖を通して、鏡の前でぴしっと決めた。髪もしっかり梳かしておく。
時計を見るとまだ時間に余裕はあったけど、少し早めに行くことにした。朝の空気は心地良いからね。
集合する場所は広場だった。国旗が掲揚されている、
私が来るタイミングとほぼ同時にアンナさんもやって来た。
「エカチェリーナ。早いですね」
「目が冴えちゃって。アンナさん……って呼び方でいいんですか?」
「はい。飛行士養成課程に所属している間は学生ですからね。修了した後は正式に空軍の所属となりますので、その時に呼び方を変えて下さい」
エンジンの爆音が私たちの頭上を通過していった。大きな爆撃機だった。
欠陥機で悪名高いやつとは形が違う。
「あれは?」
「試験機です。申し訳ないですが、詳細は伝えられません」
「機密ってやつですか?」
「ええ。少し早いですが、エカチェリーナしか居ませんしミーティングを始めましょうか」
そして、朝のミーティングが始まった。といっても事務連絡と今日一日の予定を伝えてくれるだけで、まだ何も始まらない。
今日は朝の9時に新入生がやって来るらしい。例の男子2人だ。仲良くなれるといいけど。
それまでの間は自由時間。
アンナさんから朝食に誘われたので、一緒に行くことにした。
食堂は暖かかった。それと、結構な人数の人がいる。女性と男性が半々くらい。空軍は女性兵士の受け皿となっているっていうのは本当だった。
そういえば、と思って見渡してもミコヤンおじさんはいなかった。
それもそうか、ここは飛行士課程なのだから。
「誰か探してますか?」
「ええ、ちょっと、バスで出会った人を」
「おや、早速知り合いが出来ましたか、素晴らしい。どなたですか?」
「ミコヤンさんです」
「ああ、ミコヤン設計局長ですか。運が良いですね。所謂『偉い人』ですよ、あの方は」
食堂はアメリカのカフェテリアみたいな感じになっていた。
器を取って、並んで、お皿の上にどんどん品物が乗せられていく。
「多めでお願いします」
「あいよ、中尉」
「あ、私は普通くらいで……」
「んなケチくさい事言いなさんな。若いもんはたくさん食べねえと」
……多めに頼んだアンナさんより多くなった。食べられるかな。
他のものもアンナさんの1割増くらいになってしまった。お昼が食べられないかもしれない。
「党の上層部は空軍に期待を寄せていましてね。ほら、新しいもの好きな方が多いですから」
「へ、へえ……」
目の前にあるのは料理の山。
献立は肉から野菜、豆まで栄養バランス抜群なんだけど……量が。
「物資も優先してくれているんですよ。常に人数の1.5倍程度は割り当てられています。なので、無駄にしないように多く消費するのも空軍の役割です」
「あ、ありがたいことですね……」
ありがた迷惑だよ……。
「まあ、訓練が始まればこれでも足りなくなるでしょうから。今のうちにたっぷりと溜め込んで下さい」
「……へ?」
「ほら、早く食べないと時間がありませんよ」
アンナさんはその細身からは想像出来ないくらいの勢いでガツガツと食べ始めた。
軍人さんって早食いが多いとは聞いたことがあるけど、あっという間に食べ物が消えていく。
そんなにカロリー消費するのかな? 冬でもないのに太りたくないな。
そうして、1時間くらい集中して食べ続けると、私もどうにかこうにか食べ終えることができた。
アンナさんは私の隣でじっと見ていた。これじゃ残すことも出来ない。最後は根性だった。
「よく食べました。ではそろそろ、新入生の歓待に向かいましょうか」
「は、はい……」
私のお腹はすごいことになってた。妊婦みたいに膨らんでた。
腰のベルトを緩めてなんとか耐えられるくらい……おえ。
新入生は広場で迎えるらしい。
広場に出ると春の風が心地良かった。お腹いっぱいで最悪な気分だったのが少しマシになっていく。
「食べ過ぎですか」
「はい……多かったです……」
「午後から訓練が始まります。それまでに消化するように」
「は、はいぃ……」
そんな事言われても私は胃酸の操作なんてできない。お腹に集中して、がんばれがんばれとエールを送った。
「ほら、来ましたよ。姿勢を正して下さい」
アンナさんと同じ種類の車が事務所の方からやって来た。目を凝らすと、後ろの席に男子が2人乗っていた。
私たちの前に停まって、がちゃりと扉が開く。
「うわあ、ここが航空学校……」
右から出てきたのは赤髪っぽい男子。そばかすがあって、なんだかまだまだ成長途中って感じ。
「はあ、ようやく着いた……って女の子居るじゃん」
左から出てきたのは……銀色の髪に生意気そうな目つき、それと頭の上に生える猫耳。
獣人の男の子だった。
そう、この世界には獣人がいる。忘れがちだけどファンタジーなのだ。
ちなみに、別の種族ってわけじゃなくて、人間の間から生まれる。魔物が多い時代はよく生まれたらしいけど、最近は滅多に生まれない。激レアだった。
とはいえ、髪色が違って耳が生えているだけで普通の人間と変わらない。ちょっとは耳が良かったりするのかもしれないけど。
伝説上の人物にも獣人は何人か居た。だから差別されたりはしていない。
「おはようございます。では、並んで下さい。自己紹介をお願いします」
アンナさんがそう言うと、赤髪の男子は忙しなく動きながらやって来て、獣人男子はだるそうにやって来た。
「ミロスラフ・ニキートヴィチ。あなたからお願いします」
「は、はいっ!」
指名されたのは赤髪の男子――ミロスラフくんだった。
「ミロスラフ・ニキートヴィチ・アルハンゲリスキです。17歳です。出身は、えっと、わかるかな……パヴェルフスクっていう街の近くの、ザパドナヤ・パヴェルフスカヤって村です」
パヴェルフスク……確か、ウラル山脈みたいなとこの麓の都市だったはず。首都からは随分離れてる。
遠路はるばるようこそ。
「パヴェルフスクですか、一度訪れたことがありますよ。空軍の航空機のエンジンの多くが生産されている工業都市ですね。よろしくお願いします、ミロスラフ」
「お願いします!」
「では次、レフ・アレクセーエヴィチ」
「……はーい」
銀髪の獣人――レフくんは一歩前に踏み出した。随分とやる気はなさそうだけど、なんとなくわかった。
こいつ、真面目にやるのをダサいと思ってる思春期だ!
「レフ・アレクセーエヴィチ・ペトリャコフ。歳は16。出身は首都、オクチャブリスカヤ。よろしく」
「おや、オクチャブリカヤ出身ですか、私もです。同郷ですね。学校は?」
「第59学校」
「私は第61学校でした。隣駅ですね。よろしくお願いします、レフ」
こうして私たち3人の顔合わせは終わった。
さあ、これからどうするんだろう? そう思ってアンナさんを見上げると――
「まだ終わっていませんよ。次はあなたです、エカチェリーナ」
……私の番だった。
自己紹介って苦手なんだよね、どのくらい丁寧にやればいいのかあんまりわかんなくて。
「はじめまして、エカチェリーナ・ヴォルシノワ・カレーニナです。16歳。出身はヴォルシノフ、革命記念第24飛行場の飛行クラブに通ってました」
「彼女は前日から来ていました。それでは最後に私の自己紹介ですね」
そういえば、アンナさんも自己紹介するんだ。
あんまり背景を知らないからちょっと楽しみ。
「空軍航空学校飛行士養成課程第1期生の担当士官となります。アンナ・イヴァノヴナ・チェレンコワ中尉です。わかりやすく学校に例えれば、あなたたちの担任のようなものです。出身はオクチャブリスカヤ、年齢は22歳。よろしくお願いします」
自己紹介を終えると、ぺこり、と少しだけ頭を下げた。
……まあ、こうなるか。肩書と名前と出身地だけ。例え話をしてくれたのはちょっと意外だったかな。
「次に、男性新入生には重要な話がありますので、私の案内に従って下さい。その後に、寮の案内も行います。エカチェリーナ、あなたは自由行動ですが、13時にはこの場所に集合してください。では、解散」
男子だけでどんな話をするんだろう。すこし好奇心が湧いたけど、アンナさんの言うことには従わないと。
でも自由行動ったってなにしようかな。飛行機を見に行こうにも格納庫は遠すぎるし、飛行士課程の教室棟にはあんまりおもしろいものもないし。
仕方ない。自室に戻って本でも読んでよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます