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 唐突だけど、この世界には魔法がある。魔物もいる。


 200年前くらいまでは魔物は居たらしいけど、今では滅多に見かけない。

 なんでも、銃の発展で民間人でも簡単に駆除できるようになっていったらしい。


 それより前は冒険者がいた。S級とかも居たらしいけど、魔物の脅威が無くなってからはもう居ない。


 それで、魔法のこと。

 『本物』の魔法――天変地異を起こすようなことは不可能。決められた言葉を唱えて、簡単な事をするくらいしかできない。


 あんまりロマンがない。ローファンタジーだ。


 普通の人は水を出したり火を起こしたり、そのくらいしかできない。というか、危ないことをしたら犯罪になる。

 なんにせよ、魔法なんてそう沢山使えるわけじゃない。


 今では使う人は殆ど居ない。おばあちゃんくらいの世代でも普通にコンロとか水道を使う。


 魔法は古い技術だ。出先で火が欲しいならマッチを使えばいいし、水が欲しいなら水筒に水を入れていけばいい。

 魔法を使うと魔力を使って、身体が疲れる。だから今どきの人は滅多に使わない。


 生まれつき魔力量が普通の人の何百倍もある人もいるらしいけど、使わないから誰も気付かない。


 で、なんでこんな話をしたかというと、私に魔法を覚えて欲しいらしいから。

 『花火』の魔法を使えるようになって欲しいのだという。


「ミハイルさん、私魔法なんて使ったことないんですけど」

「僕だってそうだよ。でもお役所からの依頼だからね……なんとかできない?」

「学校でも習いませんよ魔法なんて。……普通の花火じゃ駄目なんですか?」

「飛行機の中で火を使うなんて恐ろしいことできる?」

「無理です」


 航空クラブに入ってから半年、年末になった。


 この半年ほぼ毎日クラブに行っていたのと、たぶん若さのお陰で、私の飛行技術はすごく上手になっていた。

 このクラブでも一番になるくらい。来年には飛行レースの大会に出ることになっていた。


 そんな「若きエース」に依頼が来た。お役所から。

 なんでも、年始のパレードで空を飛んで花火をぱかぱか打ち上げてほしいらしい。


 当たり前だけど、飛行機の中で火なんて使ったら超危ない。エンジンは目の前にあって、大事な計器は手の届く範囲にある。

 一瞬の不注意で大惨事だ。


 じゃあどうすんの? って役所に相談したら魔法を使えって返ってきた。

 それでこれである。誰も魔法なんて使ったことがない。


「学校の友だちにいないかな? ほら、ちょうど君たちの年齢って魔法に憧れを持つ時期でしょ」

「……いますけど、あり得ない魔法ばっかり試そうとしてますよ。それに、魔力切れで酷いことになってからは魔法から距離取っちゃってます」

「あ、そういう子は今もいるんだね。なんだか親近感。うーん、やっぱり古本買ってくるしか無いかな」


 と、その時に、パイロットの名前を思い出した。

 現役のパイロット。しかも空軍の人。


「そういえば、空軍の人から名刺を貰ってます。その人に相談してみてもいいですか?」

「え、すごいね人脈。……軍隊でも魔法は使わないけど、知識はあるかもしれないね。頼んでもいいかな?」

「任せて下さい。革命記念第24飛行場の名前を、EエーVヴェー・カレーニナ記念ヴォルシノフ飛行場に変えてみせますよ」


 共産圏あるある:人名記念の施設が多い。

 この国でもそうだった。


 とはいえ、いきなり電話で連絡するなんて事は、軍隊の偉い人にするのはほぼ不可能。

 まずお手紙を出して、返事を待つことにした。私の家には電話はないから、ヴォルシノフ飛行場の電話だけど。





 待つこと1週間。ついにお返事がやって来た。


 ちょうど私が飛んでいるタイミングだったから、直接お話することはできなかったのが残念。

 チェレンコワさんが直接やって来てくれるらしい。忙しそうだけど。


 早速、次の日にやって来る。


 電話を取ってくれたミハイルおじさんは、大慌てで歓待に必要なものを町まで買い出しに行っていた。

 偉い人相手に大変だ。航空クラブの指導員はこんなこともしないといけないのか、やめとこうかな。


 翌日。


 雪が振っていたけど、私は飛行クラブに来ていた。

 雪の日は危ないから空は飛ばない。エンジン音が鳴り響かない航空クラブは初めてだった。


 この国の冬は寒い。とにかく寒い。飛ぶわけでもないのに、毛皮から作られた飛行服を着てストーブの前でゆっくりしていた。

 飛行場の建物は隙間風が多いから、あんまり部屋が温まらないのだ。


 ミハイルおじさんに貰ったホットミルクを飲みながら、チェレンコワさんを待っていた。


「ミハイルさんも大変ですね、こんな日にも来るなんて」

「それを言うならリーナちゃんだって。僕に任せてくれても良かったんだよ」

「言い出しっぺが居ないわけにはいきませんよ。それに――」


 おじさんと話していると、外から車の音が聞こえてきた。

 バスではない、聞き慣れない音だった。


「お、来たかな」


 おじさんは外套を羽織って外へと歩いていった。ウシャンカがよく似合ってる。


「――――!」

「――。――」


 外が吹雪いてきた。おじさんとチェレンコワさんの話し声が聞こえる。

 たぶん、おじさんがぺこぺこしてるんだろう。早く入れてあげなよ、チェレンコワさん凍えちゃう。


「失礼します」

「ささ、どうぞどうぞ……。リーナちゃん、来たぞ!」


 呼ばれたので、玄関の方に行ってみるとチェレンコワさんは軍服に着いた雪を払い落としていた。


 偉い人なので、なんだか高そうなコートを来ている。私は飛行服。おじさんはもこもこのセーターみたいなの。

 ……なんかすごい場違い。


「お久しぶりですね、エカチェリーナ・ヴォルシノワ」

「はい、お久しぶりです。……アンナ・イヴァノヴナ?」


 あまり形式張った言い方は慣れていないので、どうにも上手く言えなかった。

 その事をチェレンコワさんは少し笑いながら、


「ふふ、チェレンコワでも、アンナでも。将来の戦友となりそうな方に、礼儀を強要しませんよ」


 そう言って、私の頭を撫でてきた。

 おじさんはニコニコしながら私たちのやり取りを見ていた。この人、どうにも若者同士の交流が好きらしい。


「では、……アンナさん」

「ええ。よろしく、エカチェリーナ。それと、同志……?」

「おっと、まだ名乗っていませんでしたね。僕はミハイル・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフ。革命記念第24飛行場のオーナーをしています」

「そうですか。よろしく、同志ヤコヴレフ」


 おじさんはテーブルにお茶菓子と紅茶を持ってきて、早速話し合いが始まろうとしていた。

 ……けど、ちょっと寒すぎる。


 私が凍えているのを見て、2人ともストーブの前に移動しようと言ってくれた。

 やさしい。


「エカチェリーナは寒さに弱いのですね。風防が着いていない飛行機で上空に行くと大変でしょう?」

「友だちから貰ったマフラーがありますから。……それに、空を飛んでる時は楽しくって寒さなんか感じないんです」

「良いプレゼントですね。空を飛ぶのに最適ですよ、マフラーは」


 チェレンコワ――アンナさんは、紅茶にたっぷりとミルクを注いで、ゆっくりと飲んでいた。

 時折お茶菓子をつまんで、「美味しい」って呟いている。ミハイルおじさんはニコニコしていた。


「それで、相談なのですが……」


 少しの間雑談をして仲を深めると、ミハイルおじさんが切り出した。


「ええ、聞き及んでおりますよ。地区本部のパレードの際に飛行機から花火を打って欲しいと頼まれたとか」


 アンナさんは、音も立てずにソーサーにティーカップを置いた。


「……空軍に依頼すれば良いでしょうに。どうにも地区の党の方は新参の我々を信用していないようで……はあ」


 一瞬だけ、かちゃりと音を立てながらため息をつくアンナさん。

 ちょっと怖い。


「民間の、専門の訓練もしていないパイロット、それもこんな少女に。飛行中に魔法を使えなんて……」

「は、はあ」

「同志ヤコヴレフ、断りにくいのは承知しておりますが、次からは空軍に話を回して下さい。対応しますので」


 明らかに苛つきながらアンナさんは言い切った。

 クールビューティーな人かと思っていたけど、意外とそうじゃないのかもしれない。


 本物の軍人の剣幕にはミハイルおじさんも気圧されちゃって、こくこく、と首を縦に動かすだけになっていた。


「……あの、でも、私、やってみたいです」


 でも、私がやりたくないみたいに捉えられるのはちょっと心外。

 頑張って間に入ってみた。


「……エカチェリーナ」

「こう見えてもヴォルシノフ飛行場で一番のパイロットです。若造ですけど、プライドもあります」


 一番になったからには、どんなことでもチャレンジしてみたい。

 例えばそれが私みたいな若いパイロットには難しいことで、空軍に任せなきゃいけないようなことでも、私にできそうならチャレンジしてみたい。


「わかりました。私と共に飛んでみましょうか。直接判断します」

「……いいんですか?」

「ええ。ちょうど今は吹雪です。この中で飛べないようでは、その資格はありません。危険ですが、飛びますか?」


 じ、と私の瞳を見つめながらアンナさんは聞いてくる。

 ミハイルおじさんはわたわたしてた。そりゃそうだ、こんな事になるなんて考えてもなかっただろうし。

 でも、私の答えは決まってる。


「飛びます。見せてあげますよ、私の腕」

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