第7話

 場末の寂れた場所にある行きつけの店に寄ったのは、二十三時をまわった頃だった。この店は、ゼネラルマネージャーになってから通うようになった。駅とは、反対方向にあり、かつては風俗店、当時はトルコという呼称の店が軒を連ねていて、賑やかなネオン街だったが時代の流れと共に衰退した。今、営業している風俗店は、数えるほどしかなく、その周りにあるスナックも数軒になっていた。


 毎日が針の筵状態な日々を生きている。人からの冷たい視線、緊張、期待、責任感、僻み、嫉み。様々なものを背負い、陰口を言われていると、一人で静かな場所に行きたくなる時があった。いや勝手に彼でそんなものを背負い込んでいるのかもしれない。精神的や感情的な緊張や不安を総称してストレスと言うが、それを彼が勝手に作り上げているだけなのかもしれない。


 ある日、仕事の付き合いで総合病院の院長の息子の副院長らと街に繰り出していた。二次会まで付き合うと、何だか無性に胸が苦しくなった。高血圧と狭心症の持病があって、作り笑いの時間と偽りの誉め言葉を発している自分が虚しくなっていた。


 持病にも触りそうな感じで、その場から逃げ出したくなっていた。そんな時にこの店に寄った。暗闇に灯りを灯していた、その雰囲気に誘われて、店へと吸い込まれるように入って行った。


 冷静な時には絶対に入らないような怖く不潔な店構えだった。しかし、その店は刺々しく乾き切った英雄の心に大量の打ち水を放ってくれた。一見すると入るのに躊躇する雰囲気を漂わせている、この店は品のある五十代後半のママが営んでいるスナックだ。


 店の名前は「よし」といった。浮ついた雰囲気とはかけ離れたママの雰囲気が素敵な店だった。英雄は仕事上の飲み会の後は必ず、この店に立ち寄るようになった。まるで疲れて乾ききった自分の心に打ち水を打ってもらいたく、弱くなった心をリセットするかのようにこの店に足を運ぶようになっていった。


 明子とまだ話したかったのにと、そんな名残惜しさを抱き今日もこの店にやってきた彼だった。


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