第4話

 高校時代の思い出が蘇るような錯覚に陥っていた。高校を卒業して二十二年。あの頃のドキドキ感がまた蘇ってきたようだった。明子の誠実さと自分もそれなりに一所懸命生きている自分とが何だか重なって見えた。一所懸命に誠実に生きている人間は美しくて魅力的だ。


 そして、それは四十歳にもなると表情や雰囲気、言動や仕草に良く表れる。品のある歳の重ね方をしていた彼女だった。四十歳の英雄の人生としては、ゼネラルマネージャーとして大勢の部下の上に立っている。


 机の位置も皆の視線の注がれる場所にあって、二十歳代の頃は、新卒で入社した以前の会社だった。そして中途入社で、この本社に挨拶に行った時にこの彼が今、座っている席に座る事は遠い事のように感じていた。


 前の会社の新入社員時代の英雄は良い加減な雰囲気を全開にして仕事をしていた。やる気の無い雰囲気で、下手に資格だけ取っていたから、理屈っぽくて生意気だった。嫌な社員だった。しかし姉さん女房との社内結婚を機に彼の人生は大きく変わっていった。それも良い方向に、妻に尻を叩かれながら彼女にレールを敷いてもらいその上を自信満々で走り抜けた。


 そして、四十歳代には考えてもいなかった席に座り毎日、激務に追われている。そんな時に高校時代の同窓会があった。皆、歳を重ねながらも一所懸命に生きていた。離婚した人、リストラされた人、大病をした人、親が他界した人、親や祖父母の介護に追われている人。


 皆、四十歳にして突き付けられた現実と闘いながら一所懸命に生きていたそんな同窓生の姿に英雄は力を分けてもらった。「お前はゼネラルマネージャーまで昇り詰めたんだから、後はその会社の社長か自分で経営するオーナーになれよ」と言ってくれた同級生がいた。


「高校時代の仲間から社長やオーナーになる者が一人くらい出てくれたら嬉しいからな! 医者になったのは今、入院して闘っている森 仁もり じんがいるからな!」そんな言葉を掛けてもらった。皆、優しかった。今の自分の地位とか境遇とかそんな事を得意げになって話す人は誰もいなかった。これは集まった者たちが人格者だけだ。


 同窓会の写真がLINEを通じて送られてきた。時々その写真に仕事中に目を通す事がある。明子の溌溂とした姿にドキドキし、スマホを弄る指は相変わらず、ワナワナと振るえていて苦笑した。「相変わらず、俺は小心者だな」と。


 市役所や運動公園に行けば逢える。そんな事を思うだけで何だか気持ちが楽になった。そんな時に同級生からメールが来た。「今晩、この前の同窓会で集まった仲間、七人ぐらいに声を掛けているんだけどお前も来ないか?」

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