アロハシャツ大魔王
靜佳
何ですか、早く始めてください。
長野県松本市にあるA高校は今日も平和だ。小鳥は囀り、やや冷たくなった秋風は爽やかに緑を吹き抜ける。窓に掛けられたカーテンはひらひらと揺れ、俺の鼻をくすぐった。
いい朝だな。早くに登校した俺は、日当たり良好の三列目の机に突っ伏してSHRを待っていた、が。
「おはよう、諸君!今日も良い朝だな!」
たった今、朝の清々しい気分を害された。
彼女の名はなつき、うちのクラスの学級委員だ。しかし、特別頭のいい訳でも、運動ができる訳でも、容姿が優れている訳でもない。頭に至っては、寧ろ下から数えた方が早いくらいだ。
なつきは、どうやら、人に好かれる術を知っているらしい。
——もっとも、それならば俺にも配慮というものをお願いしたい。
「朝から元気がよろしいことで」
なつきは前髪をかき上げ、誇らしげな顔でポーズを決める。
「そうだろう、そうだろう。何せ、元気こそが私の取り柄なのだからな」
憐れだ。
このままぼうっとしているのも残念至極なので、小洒落たシャーペンとワークブックを取り出した。遅かれ早かれやることになるなら、今のうちにやっておくべきだろう。
「へぇ、勉強?感心だね」
なつきは悉く俺を邪魔しに来る。もはや、日常だ。
嫌々問3の問題文から目を離し、憤慨する。
「この優れた頭には、有益な情報しか詰め込みたくないのさ。分かったら邪魔をするな」
なつきは数秒固まったのち、顔を真っ赤に染め上げた。
コツコツとペンの後ろのほうで机を突きながら、支離滅裂の罵声を聞くうちに、始業の鐘が鳴った。
するとなつきは慌てて彼女の席へと急いだ。
――ドタドタ
何か、とても重量のある動物が階段を駆け上がる音がした。その音が途切れた刹那、教室の横開きのドアが勢いよく開かれた。
その得体の知れない生物は、開口一番、こんなことを言った。
「今日は10月31日なので、東西の日じゃないですか」
何を言っているのだろうか。実にくだらない。せめてハロウィーンであってほしかった。
その生物は、静まり返る教室から、望んだ反応は得られなかったようだ。
「何ですか、早く始めてください」
生物は鼻息を荒くして、学級委員のなつきを怒鳴りつけた。
こいつは、この学校で悪名高い一応理科教員である。人呼んでアロハシャツ大魔王。年中同じ柄のアロハシャツを着ていることに由来する。
授業は実りがない、というよりも、本人に知識がない。ガスバーナーの空気調節ねじが上下どちらかもわからない理科教員なんて聞いたこともないだろう。
どの口で高等教育なんて謳っているんだ。
「ありがたいお言葉を聞かせて差し上げようと思っていたのですが、本日は皆様の態度がよろしゅうないようで。お蔵入りさせることになりました」
いつまでも終わらぬ沈黙に耐えかねたのか、大魔王はチョークを叩きつけ、捨て台詞を吐いて退散した。
――大魔王のお言葉なんて、誰も求めちゃいないさ
大魔王の習性は大変興味深い。
基礎スペックから、身長165センチ、体重72キロ。顔はサルを幾らかよくしたものだ。45を過ぎても未だ独身で、もちろん彼女もいない。
大魔王は幾度となくセクハラで検挙されているのだが、証拠不十分で一切の制裁を与えられていない。女子生徒の前でニヤニヤする姿は非常に卑しく、不快だ。
この物語は、やつを懲らしめる計画を記した記録である。
アロハシャツ大魔王 靜佳 @tami-soyokaze
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アロハシャツ大魔王の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます