訪問者
ピアノが一つ、荷物置きの籠が一つ、椅子が一つ。
狭い部屋はそれでいっぱい。
ここにいるとピアノ爆音だけど、なんと素晴らしい防音なんでしょう。
廊下はシーーンと静か。
思いっきり弾きまくれる。
「うんうん、いいですね~」
「ありがとうございます」
「最後のこの音ね
もう少し優しく鳴らしてみましょうか」
「はい」
9月のコンクールに向けて、個人練習の教室は予約が争奪戦なっていた。
今日は稲森先生がピアノの個室を回ってくれてたからラッキー。
「青井さんは最近音が変わったわね
何かいいことでもあったかしら?」
「はい!」
「心をそのまま音に活かせる
あなたのとても特化した技術だと思うわ」
エヘヘ~
大学が夏休みになり、私の生活は、午前中掃除洗濯ネット動画。
午後、自宅に戻り換気しながらピアノを弾き、そして大学でピアノを弾く。
夜は週三回くらいでバイト。
バイトの日数も時間も減らした。
巧実さんが行かなくていいって言うし、実際ここからだと電車乗らないといけないからあまり行きたくない。ここから歩ける範囲で短時間なバイトを探そうかと思ってるとこだった。
それに驚くほど
お金が減らない。
私どんだけ美来くんにつぎ込んでたの。
お父さん、一生懸命働いて私にお金くれてるのにごめんなさい。
だけどまた違うバイト覚えるのもだるいな~…
大学の購買でバイト情報誌をもらって家に帰った。
ペラペラ
家の近くで夕方の数時間。
巧実さんは日曜日に休めることが多いから、出来れば日曜休みがいい。
ペラペラ
また居酒屋系?
でもあまり遅くまでもな~
巧実さんが終わるくらいまでに終わりたいし。
あ、洗濯入れなきゃ
グラスに残ってた麦茶をゴクゴク飲み干してベランダに出た。
巧実さんが買ってきてくれた麦茶は美味しい。
香ばしくていい匂いでスッキリしてて、どこか上品。
「しかし暑いな~」
フフフ~ン~
鼻歌まで出ちゃう。
お日様のいい匂い。
アイロンもしなきゃ。
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ポケット中で鳴ったのはお母さんからだった。
「はいはーいもしもし」
『あ、スズちゃん?』
「お母さん久しぶりだね~元気?」
『もぉ…元気~?じゃないわよ
どうしてるの?夏休みじゃないの?』
「夏休みだよ」
『帰って来ないのかってお父さん毎日言ってるわよ』
「うん、帰らない
お盆には杏奈たちも遊びに来るし
コンクールあるから学校行きたいし」
片手で洗濯物を外して籠に入れ、パラソルの下に置いたままの椅子に座った。
『すずちゃんお金は足りてるの?ちゃんとしてる?』
「お母さん」
『何か困ったことはない?』
「今ね、一緒に暮らしてる人がいるの」
『あらそうなの?』
意外とあっさりしてた。
もっと絶叫されるかと思った。
『お父さんには言えないわね』クスクス
「だから家には帰ってないの」
『どんな方?大学生なの?』
「は…働いてる人」
光輝のこと気に入ってたもんな
なんか言えない。
『すずちゃん、自分のことは自分でするのよ
甘えっぱなしにならないようにね
あなたはすぐ甘えるんだから』
「わかってる
ちゃんと家事やってます~」
『よかった、お母さん安心しちゃった』
「なんで?家事やってるから?」
『そういう人と出会ってくれて。
だって寂しくないでしょ?』
「うん」
そうだった。
忘れてたけど、そもそも東京に行くが快諾されたのって光輝が東京になるからって話で、光輝がいるなら安心だねって事だったよね。
その前にフラれたけど、東京に行くことは取りやめにならなかった。
というか、大学変更するって選択肢は思い浮かばなかった。
『じゃあね、お母さんその内ご挨拶に行くから
よろしくお伝えしてね』
「うん」
日陰にいたとはいえ、じんわりと汗がにじんだ。
ベランダから入ると、家の中の冷え冷えの空気がピタッと張り付いてきて気持ちいい。
取り込んだ洗濯物を畳み、アイロンを掛けて
よし、やるか
夕飯にとりかかる。
ご飯を洗ってセットするくらいはもう大丈夫。
今日は、巧実さんが帰ってきてから生姜焼きを焼いてくれるから、私はキャベツを千切りにしてタマネギを切っておく事になっている。
幸いキャベツは一玉ある。
一玉もあれば、半分練習半分本番できっと千切りキャベツが出来るはず。
「ふぅーーー…」
いざ勝負!!キラーーン
トントントントントン
うわーー!やっぱり音だけ!
何これ!野菜炒めじゃないんだから!
ピンポーン
「ヒャッ…!!」
ドキドキドキドキドキ
ビックリした~…
ピンポーン
でも荷物頼んでないから出ないでいいって言われてる。
ピンポーン
誰だろ?
モニターを見ると
「え…」
女の人だった。
絶対セールスとかじゃない。
デニムのキャップに長い髪。Tシャツにワイドパンツかな。
勧誘系かもしれない。
ピンポーン
見なかったことにしよう
ピッ
わ!間違って押しちゃった!
「巧実~早く開けて、いるんでしょ」
え…
誰?
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