スズと神田
「こうくんこっちこっち!」
長時間のフライトと時差で疲れただろうと思ったけど、空港で見つけた母親は元気いっぱいだった。
「お疲れ」
「いや〜しかし遠いな光輝」
「まぁな」
勤続ん十年の慰労休暇らしい。
会社から旅行代金の一部を負担してもらえるとかで、とても慰労されるとは思えない南米にやってきた。
田舎の温泉にでも行けばよかったのに。
真壁さんに話したら、親父たちがいる間は自由出勤でいいと調整してくれた。
「とりあえずホテルでいい?疲れたろ?」
「嫌、こうくんのお家見たいわ」
「お母さん急に元気になったね…
飛行機でもう無理帰りたいって言ってたのに」
家は会社のあるオフィス街から15分程度。
空港からは一時間。
「まぁこうくん、外国で運転できるの?」
「出来るようにしたの」
「光輝焼けたんじゃないか?」
「あれね、反町隆史みたいだわ!」
俺のどこにそんなワイルドさがあるんだ。
共通点は日本人男性って分類と日に焼けたってだけだろ。
車はこっちにいる間だけ乗れればいいから、ここに来て免許を変更してから真壁さんと色違いで中古のワーゲンを買った。
だいぶ慣れたとは言え
プップーーー
「キャ!なに?!こうくん大丈夫なの?!」
「しまった…またやってしまった」
左ハンドルにも進行方向にも慣れたのに、つい歩行者に譲ってしまう。
バックミラーを見ると、一見穏やかそうに見えるマダムが舌打ちしていた。
現地の人からすると、無駄に停まった車だから仕方ない。
でも日本に帰ったときのことを考えたら、この感覚は失いたくない。
「しかしすごい車線だな…」
「お母さん絶対運転できないわ!」
「俺も出来るだけしたくない」
そうして到着した家は、地下に駐車場がある10階建てのアパート。
場所的にはオフィスに近く店も多いし便利だけど、クソ狭い。
「ホントに狭いわね」
「うちの光輝の部屋より狭いな」
備え付けのシングルベッドと、それと同等程度の床面積。
そこに小さなPCデスクと棚を置いたらもう何も置けない。
その横にはキッチンがある。
部屋がこんだけ狭いのに、なぜかキッチンはテーブルが置けるほどの広さ。
でもテーブルは買ってないから、棚の上で立ち食いするスタイルを二年以上経っても継続していた。
「だから言っただろ
うちではくつろげないから」
「お茶くらいちょうだいよ
ま、可愛いやかんね~」
「お湯沸かせよ、ココアでいい?」
「お茶がいい」
「親父は?」
「お茶あるのか?」
親父はベッドの横の窓から外を眺めていた。
外国らしい縦長の観音開きな窓。
「そこにスーパー見えるだろ?緑の」
「あぁそれ?」
「そこが最近日本の食品置き始めてさ
高っけぇけど緑茶も買った」
「まぁ!じゃあお醤油なんかもあるの?」
「うん」
「お母さん何か煮物でも作りましょうか!」
母親の作る煮物を食いたいと思ったのは、30年生きてきてたぶん初めてだった。
日本にいるときは煮物なんて敢えて選ばなかった。
お茶を飲むと買い物に出かけた。
長時間のフライトと時差でつらいだろうと思うのに、母親は嬉しそうに食材を選び、何もないうちのキッチンで筑前煮になり損ねたような煮物を作った。
「ごぼうがほしかったわね」
「うん、でも美味い」
「ほんと?!こうくん美味しい?!」
「うん」
それに炊き込みご飯や煮魚、味付け卵。
卵焼きに野菜炒めも作って冷凍してくれた。
その間、親父はベッドで寝ていた。
「こうくんいつまでこっちにいるの?」
「未定」
「お嫁さんが外国人だったらお母さんどうしよう」
は?
「英語わからないわ」
「結婚していいんだ」
30になったらさすがに心配になったのか?
「いいに決まってるじゃない!
お母さんがいつダメだって言った?」
言ってたじゃないか。
「こんなにあちこち飛んで回るようなら
早くお嫁さんもらって
誰かに一緒にいてもらった方がね」
「ふーーん」
「スズさんはもうダメなの?」
「……」
この人なんで別れたかわかってない?
「いじめてたくせに」
「いじめてないわよ!」
「スズはもういいから」
「この前ね、偶然お母さんに会ったのよ
スーパーまつよしで」
「で?」
「光輝くんはお元気ですか?って」
「そ」
「ねぇこうくん
スズさんに戻ってきてって言えないの?
スズさんがいたら海外だってきっと楽しいわよ」
PPPP
「ちょっとごめん」
ラインは真壁さんだった。
『東京YS銀行から確認のメールがまだなんだけど
朝霧くんしかわからないみたいで
ごめんね、至急確認してもらえるかな』
時計を見た。
まだ10時半か。
日本に連絡するときはつい時計を見るようになった。
「こうくん、牛丼も作りましょうか」
「うん」
RRRR RRRR RRRR RRRR
出ないな。
寝てる?飲み会?
RRRR RR
『はい』
「天城?」
『ちょっと待ってください
外行きます』
「あ、飲んでた?いいよすぐ済む」
『いえ』
「東京YS銀行の南田さんからさ…」
ハッとした。
電話の向こうから
『もぉ巧実さん!』
スズの声が。
『ごめんごめんだってスーたんが〜』
『天城ちゃーん巧実さんが』
『すみません、外出ます』
「うん」
『ちょっとコンビニ行ってくる』
『え!じゃあアイス!』
『俺も~』
一緒に暮らしてるんだよな。
あの頃、帰らないでいい日を待ち望んだ。
一緒に眠る日に憧れた。
この後悔と一生付き合うことは
覚悟していたはずなのに。
「ちょっと電話してくる」
「はいはい」
スマホを持って外に出た。
なんか冷静でいられない。
『あ、スミマセン』
「うん」
『今日は神田さんちでそうめん流しで…』
「相変わらず好きだなあいつ、そういうの」
『朝霧さん』
「東京YS銀行からメールが来てないらしくて
明日朝一で連絡取ってくれ」
『あの二人』
「うん、聞いてる
神田から電話あったし。
一緒に暮らすーーって叫んでた」
『いいんですか?』
「天城こそいいの?
スズのこと好きじゃなかった?」
『俺はいいんです
もう女子の友達と思われてるから』
ハハハ
「思い込んだら激しいから」
『俺は神田さんも朝霧さんも大事な先輩なんで
どっちの味方もしません』
「神田の味方しろよ
俺はもうスズのことは」
『あいつ、東京に出てきてから友達できなくて』
何…?
『そんでクソみたいなヒモ男と
1年くらい付き合ってて』
は?
『毎日千円やって、貯めてた金も使われて
あげく友達と3Pやられそうになって』
「ちょ…待っ……」
『朝霧さんにフラれてからのそれです』
まさか…
東京で楽しくやってると、勝手に想像していた。
スズのことだから、杏奈ちゃんたちみたいな友達に囲まれて、ピアノ弾いてバイトしてサークルでも入って、合コンなんかも行っちゃうだろうって。
想像したくなかったけど、彼氏も出来るだろうとは思った。
『神田さんが助けてヒモ左衛門とは切れたし
大学も、神田さんか俺か
休みの日は学食で一緒に飯食ったりして
最近は楽しくなったって言ってるけど』
そんなこと思いもしなかった。
『ずっと自信持てなかったんだと思いますよ』
自信…?
俺か…
俺がスズの自信を挫いたんじゃないか
信じていたはずの俺に急に心変わりされて。
『やっと誰かを心から
信じれるようになったんだと思います。
見返りを渡さずに思ってもらえるって』
『神田さんのこと
好きなんだと思います』
神田とスズが出会ったあのスキー
二人が偶然会った修学旅行
『俺はあいつの味方だから
あいつが選ぶことを
結果がどうあれ後押ししてやります』
全てはここに繋がっていたんだ。
「そ、まぁ今楽しいならよかったじゃん
神田ならいいやつだし」
『そうですね』
「楽しそうな声だった」
『明日確認取って連絡します』
神田に出会わせてよかった。
スズを助けてくれたなら
スズが今辛くないなら
だって俺には
どうしてやることも出来なかっただろ
スズは今
どんな顔で笑うんだろう
スズを幸せにしてやるのは俺じゃなくていい
スズが幸せなら
俺じゃなくていいんだ
そう決めたのは俺なんだから
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