光輝への思い

茶化してる訳じゃない

ふざけてる顔でもない


急に真面目


「真面目に答えろってこと?」

「真面目に聞きたい」


天城ちゃんはなんて答えてほしくて聞いてるのかな。


「もういいっていうか…」

「うん」


「そりゃね

 振られたあとはしばらく落ち込んだよ?」


電車に乗れば思い出し、駅前を通れば思い出し、門の前でもマリアの近くのセブンでも


家でも


私の日常の中には、光輝を思い出すことしかなかった。


電車に乗ってて、何度泣いたかわからない。

だけど不思議と、その姿を探す事はなかった。

私を好きじゃない光輝に会いたくはなかった。

なのに好きで好きでツラくてたまらなくて、何がいけなかったのかなっていっぱい考えた。


「諦めがついたのはね

 光輝の家に置いてた参考書が

 どうしても必要になった時」

「連絡したのか?」

「マンションに行ってみたの。

 そしたら車なかったから居ないのかって

 でもなんでだろう

 魔が差した?って言うのかな」

「うん」


「鍵、エラーになって開かなかったの」


「開けようとしたのか?」

「開けようとしたというか

 なんとなく行ってみちゃって。

 や、開いても入るつもりなんてなかったよ!」


泣いたのはその日が最後だった。


2学期の期末試験がはじまる少し前。


「あぁもうホントにダメなんだ

 光輝はホントに私のこといらないんだなって

 なんかそれで諦めがついたの」

「そっか」

「未練とか好きとかじゃなくて

 最初の彼氏だから特別ではあるけどね」

「思い出?」

「うん!完全に思い出!」


失恋のツラさから立ち直ったら、光輝と過ごした時間は、甘酸っぱくて甘々な初カレの思い出になった。


一生懸命だった自分を笑って思い出せちゃうくらい。


「そっか」




「あれはね…

 こんなこと言っていいのかな」



「何?」



「神田さんに出会うためだったのかなって。

 あの頃は運命だ!って思ってたけど

 光輝と出会った運命はもしかして

 神田さんと出会うための運命だったのかなって」



「え……?」



「あ、ごめん

 なんとくなく…

 昨日神田さんの肩もんでたらそう思えてきて…」


「マジで言ってんの…?」

「誰にも言わないでよ!

 天城ちゃんだから話したんだからね!」


美来くんのこともそれなら納得で、私の中で丸く収まったというか全てが腑に落ちた。



なんか天城ちゃんが黙ってしまった。


氷をカラカラ鳴らして

天城ちゃんは窓の外をぼんやりと見ていた。



「スズっころ」

「私そろそろ行かなきゃ」


「そんな風に思えたその気持ちは

 素直に従って行動していいと思う」


「うん」



「でもさ、どれが運命だったかは

 最後の最後、お前が天国に行くときまで

 答えはわからないと思うんだ」



「あ、そっか

 そう言われたらそうかも」




「だからまだ運命は決めつけずに

 お前が選んでいいと、俺は思うよ」




「選ぶ?」



「まだハタチじゃん

 人生これから選び放題だぞ」



天城ちゃんのあまりに真剣な言葉。


滅多に、というか初めて見たその顔がやたら心に残った。




最後、天城ちゃんの謎の迷言はよくわからなかったけど、やたらスッキリした精神状態で挑む午後の実技。


なにこれ

これ私の指?

こんなに動く?


こんなに心が乗ったピアノは

ここに来て初めてかもしれない



よし完璧!



シーーーーン


え?

ダメだった?!何で静まり返ってるの?!



パチパチパチパチ

「青井さん素晴らしかったわ!

 とてもよかった!」

「へ?」

「音の運びも滑らかで

 だけど強弱もはっきりあって

 なによりとても澄んでいました」


うん、今まで濁ってた気がする。


稲森先生に沢山褒めて貰えてルンルンだった。

リュックも楽譜も返ってきたし、天城ちゃんと遊んで楽しいし、神田さんにラインをすればすぐに返ってくる。


『ホメられちゃった!』

『じゃあ今日はお祝い』

いちいちお祝いするの?

もぉホント面白い

ニヤニヤニヤ



「キモイよ見て見て」ヒソヒソ

「や、怖っ」ヒソヒソ


フンだ

いいもん

褒められちゃってゴメンネ


靴を履き替え、階段を降りる時も

なーーんか後ろでコソコソコソ

うるさいなもう



「スズっころ!」

「天城ちゃん!え、早くない?

 少し練習しようと思ったのに」

「お前なんか陰口言われてんの?」

「うん」


あとから出てきた人たちに天城ちゃんは微笑んだ。


「言わせとけ、気にすることない」

「うん」


なんで被害者みたいな顔するの?

天城ちゃん文句は言ってない。


「お嬢様このあとは?」

「バイト、21時半まで」

「んじゃジョイジョイ居酒屋で夕飯食って帰ろ」

「あ、今週のクーポンあげる」

「一流企業なめんなよ〜クーポンなんか」

「いらない?」

「お、ポテトフライ30円引きじゃーん」

「30円大事にしなきゃ」

「30円に泣くかもしれないしな」



天城ちゃんは、私のバイト先で夕飯を済ませ帰って行った。

渋谷からの帰り方が全くわからない私を捨て置いて、ビールとポテトとゴロゴロチキンを食べてさっさと。


だけど天城ちゃんが、わからないと言ってるのに平気で捨てて帰ったのは



「いらっしゃいませ〜!」


え?


「お一人様です」



「お帰りなさい♡」



神田さんが来るからだった。



「た…ただいま」←真っ赤

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る