美来くんの待ち伏せ

朝、目が覚めるとやっぱり神田さんはいなかった。


寝室のドアを開けると

「いい匂~い」

「あ、スーたんおはよう」

「おはようございます」

今日もお味噌汁のお出しのいい匂い。


ざーっと顔を洗い歯を磨き、キッチンへお手伝いに。

明日は早く起きて、作るところから手伝おうと心に誓った。


引き出しからランチョンマットと箸を出して並べ、台の上に出来上がってる冷や奴と明太子とゆで卵を運ぶ。

「店長これ運んでいいですか?」

「一番テーブルね」

「はい!」

アハハハ


今日のお味噌汁はオクラとしめじだった。

「小さく刻んでみたけど食べれる?」

「美味しいです!」

丸い木の板に鉄の棒がくっつけられたようなテーブルに、さびれたスチールっぽい背もたれのない椅子。

二人分のランチョンマットでいっぱいな大きさ。

家の中だけど、どこかアウトドア感がある。

神田さんお洒落だな。

ネクタイを締めてないYシャツの袖は捲ってあって、デニムのエプロンがまたお洒落。

スーツにエプロンってなんかいい。


「おかわりは?」

「大丈夫です」

「大学大丈夫?」

「はい、天城ちゃんも来るし」


食べ終わり食器を下げると、神田さんは歯を磨いたり身支度をして時計を見た。

「スーたん置いといていいから

 俺時間ないし先に行くね」

「私時間あるから洗います」

「んー…じゃあお願い」

「エプロン借りていい?」

「え?うんいいけど」


「わーい、神田さんのエプロンだ」


ぐふっ!←神田


「ス…スーたん」

「はい?」


ぽんぽん


なんか頭撫でられた。


「行ってくる」

「はい!行ってらっしゃいませ!」


ぐふっ!←2回目



神田さんが仕事に行って、私は昨日買ってもらった化粧品でメイクをし、洋服を選んだ。

Tシャツが好きらしい神田さんはいっぱい持っていた。

白のTシャツの胸ポケットからロケットが飛び出してるのが可愛くて、それを借りることにした。

それと家から持ってきた膝上のチノスカート。


「もう来るかな」


天城ちゃんが迎えに来てくれることになっていた。


ピンポーン


「来た!」



だってね


「ったく、だいぶ遠回りだ」

「ごめーん」


ここから大学に行く方法がわからなかったの。

公共交通機関に乗らない範囲で暮らしてたから。


そして都会の電車が怖い。


「お前大丈夫…?顔色悪いぞ」

「これに毎日乗るの…?」

「明日からは一人で」

「無理…」


大学が見えてきた頃にはヘロヘロ。

「うわ~なんか懐かしいな~」

え?

「天城ちゃんここだったの?」

「いや、大学の空気が

 俺も大学生に見えない?」

「見えない」

「あっそ」

電車の中で天城ちゃんが背負っててくれたリュックをもらう。

「教室どこ?」

「まず購買に行かなきゃ」

「あぁ教科書か、何冊もあんの?」

「8冊くらい…」

「結構だな」

「学生証もまた再発行してもらわなきゃ

 いい加減怒られるかもしれない」

「俺だったら怒るかも」

「私でも怒るかも」

アハハ

講義室に向かう前に、教科書が売ってある一番大きな購買へ向かった。

楽譜は取り寄せかもしれないな。

稲森先生になんて言おう。

楽譜を大切にしない学生なんて見放されるかもしれない。


ハァァァ…

「ため息でかいな」

「だって…」


大きめのコンビニと、文房具屋さんと本屋さんが合体したようなメインの購買。

1限目の前はいつも多い。


「へ〜、焼き立てパンとかあるんだ

 買おーっと、腹減った」

「朝ごはんは?」

「食べてない

 お前もしかして神田さんが作ってくれてない?」

「うん」

「いいな、神田さんのご飯」


え…天城ちゃんもしかして


「うそ!神田さん好きなの?!」

「ちげぇわ!」

パコーン

「いっ…!

 叩くことないじゃん!」

「鈍感なのは相変わらずだな」


天城ちゃんとこんな感じだったから

気が付かなかった。




「スズ…!」




そこに、美来くんがいたことに。







「こいつ?」


「うん…」



大学の中で、偶然会う事なんてなかった。

一つの街みたいに、学生や先生たちや職員さんは沢山いるし、すごく広いから。


偶然会ったのは、出会ったあの日だけだった。



「待ってたんだ…ここに来ると思って」


「やだ…」



震えてしまった手を、天城ちゃんが握った。


「何か用?」

「誰?」

「関わらないように言われなかった?

 下手な事したら訴えられるよ

 それとも待ち伏せするほどの用事?」



「わかってます

 だけどこれだけ…」



美来くんが差し出したのは


私のリュックだった。


麻衣ちゃんが買ってくれた


教科書や楽譜が入ったままの



「これは…要るんじゃないかと思って

 姉ちゃんに買ってもらったんだよな」


「うん…」



「楽譜も入ってたから」



「うん…ありがとう…」




「スズのピアノ、俺好きだったよ

 ふるさと、本当に聞きたかったし」




それだけ言うと、美来くんはリュックを天城ちゃんに渡して行ってしまった。



「よかったじゃん、教科書返ってきて」

「うん…」

「ちょっとは反省したのか保身か

 酔いが覚めてまずいことしたなって焦ったのか

 まぁなんにしても

 ごめんなさいが聞こえなかったけど」


「なんにしてもさ…」


「ん?」


「戻ってきてよ、とかはないんだね

 やっぱATMだったんだよね私…」


「神田さんがいるじゃん、スズっころりんには」

「うん」

「教室どっち?」

「あっち」


戻ってきたリュックは、天城ちゃんが背負ってくれた。

中には学生証と電波の通ってないスマホも入っていた。


「あとはいらないから持って帰って」

「重てえな~」

「天城ちゃん、ウインナーロールが美味しいよ」

「マジで?買おう」


「じゃあね、天城ちゃん

 もう美来くん会わないだろうしいいよ」


「ぼっちなのは変わらないだろ

 俺が休みの時くらい楽しく昼食えばいいじゃん」


いつの間にそんな優しくなったの?

あの運動会の日と同じ人?


「うん!」



最後の言葉だけは本当だったと思えた。

好きじゃなくても、謝らなくても


私のピアノを好きだというのだけは



信じられた。



それでもやっぱり、美来くんがいなかったら、私は全部を辞めていたかもしれないから、それを思えば、美来くんと出会った意味もあったと思う。




『リュック返してくれたよ』送信


ブブブ

ライン早いな


『天城に聞いた』


もう?


二人とも、すごい心配してたんだろうな。


あ、ヤバいニヤニヤしちゃう

ぼっちなのにニヤニヤしてたら怖いって



なんだろうこの清々しい気分。

色々終わって、生まれ変わったみたいに心が軽くなった。

もしかして美来くんと付き合ってた時、私ストレス感じてたんじゃない?

プププ

絶対そうだ。

私我慢してたんだよ。

なんで気付かなかったんだろう。





ぼっち授業が終わると、天城ちゃんは外で待っていた。


「天城ちゃん!」

「腹減った〜早く行こう…」

「お待たせ

 あ、ねぇ今日の日替わりは」

「「地中海の恵み」」

アハハハ

「何で知ってんの〜」

「売店に書いてあった」


やっぱり誰かいると楽しい。


「神田さんにラインしたら

 神田さんも学食行ってみたいって」

「え、ホントに?」

「平日に休み入れるってよ」

学食に向かいながら、天城ちゃんはキョロキョロと興味津々。

「やたら噴水やら彫刻あるな」

「だって美芸大だもん」


そしてこの時間、混み合う学食

崩れ落ちる腹ペコ天城ちゃん。


「マジ?」

「いつも通り」


一緒にトレーを持って並ぶのは、一人で並ぶよりも何倍も楽しい。

「俺タンドリーチキンにするから

 お前地中海にしてよ、シェア」

「うん!女子会みたいだね!」

「まだ言うか」


ちょうど、窓向きのカウンター席が2つ空いていた。

そこに並んで座って、一緒に食べるお昼ご飯。

「んーー!美味しい!ね、汁飲んでみて」

ズズズ

「うわウマ〜最近の学食はレストランだな」

「また来たい?」

「来てほしいなら来てやるけど」

「えぇ〜どうしよっかな〜」


お皿の上はあとひと口。

天城ちゃんはもうコーヒーを飲んでいた。

ストローでアイスコーヒーをチュウっと吸うと、クルクル氷をかき回し、私は最後のひと口を口に入れた。


「なぁ」

「ん?」


私も飲み物取ってこようかな。




「朝霧さんのことはもういいわけ?」


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