ブエノスアイレスの空
「下田~これファックスしといて」
「ジャペェェェン!ですか?!」
「本部」
「もぉ~ノリわるいな~」
下田がいちいちしてくるヒロミゴーにはもう飽きた。
「お昼ご飯なに食べようか」
「丸亀うどん食いたいっす!」
「真壁さん、書類届けてくるので
先に食べててください」
「そ?じゃお願い」
「はい」
「下田くん、そこの中華っぽいとこでも行く?」
「中華っぽいとこですね!」
オフィスの近くに中華っぽいカフェが出来たのは最近。
ぽいと言うだけあって、本当にぽいだけなんだ。
中華と言えば中華。
エスニックと言われればエスニックだし、日本な要素がないかと言われればあるようなないような。
中華の要素が一番強いから中華と呼んでるけど。
洋風のジャンクな食べ物がもうお腹いっぱいな俺たちには、このテイストは有り難かった。
あ、聞きたいのはそれじゃないよな。
なんで下田がここにいるかって?
それは、小間使いの社員を社内募集したとき、この男は出世コース営業の職を辞してまで志願してきた。
そりゃもう部長と余田さんと花田さんが死にものぐるいで止めたらしいけど、下田は聞かなかったらしい。
だけど、たとえ下田といえど、エネ開に配属される素質を会社にはかわれている。
困った上層部が話し合って、例外として下田をこっちに派遣した。
ポジションは小間使い。
だけどエネ開の人員としての教育もするように、と。
会社の掟さえ変え、ある意味力ずくで海外赴任を勝ち取った男。
そうしてやってきたこの下田は、スペイン語が話せるという使えるやつだった。
だから会社は、大目に見て許したのかもしれない。
仕事関係は英語でいいけど、地元の人はスペイン語だ。
そしてこの陽気なキャラ
「sljdmlk pm iljrk llw」イェーイ
↑シーズン1と同様、スペルは私の指が当たる通りです。
英語、スペイン語とは関係ありません。
「HEY!シモダ~!」
近隣の店とすぐに馴染んだ。
そして急に来た日本の企業に優しくしてくれるようになった。
ある意味、一番海外赴任に向いている男だ。
取引先のオフィスはここからそう遠くなく、車を出す方がよっぽど面倒だから歩いて行く。
どこを歩いても綺麗な街。
ど派手で可愛い建物が多く、スズがいたら喜んだだろうなって思う。
スズがいたら毎日写真送ってただろうなって思う。
スズがいたら
あれから2年も経つのに、口癖のように頭の中で繰り返していた。
見上げた空に雲はなくいい天気。
だけど高いビルの隙間から吹き込む風は、日本と同じように冷たかった。
PPPPP PPPPP PP
ん?神田?
通話のボタンをスライドしながら
建物の陰に入った。
「もしもーし」
『あ…朝霧さんのお電話でしょうか!』
「はぁ?んだよそれ
どうしたこんな時間に」
仕事の電話なら大体夜にかかってくる。
こっちが夜ならむこうは朝
むこうが夜ならこっちは昼間
『あ…あのさ』
「え、なに?緊張してんの?」
『今…何してる?』
「取引先に書類もって行ってる
途中のなんか店の軒下」
『あ…あ…雨宿り?』
「風が寒いから」
『そ…そっか…そっちは冬だな…』
「なんだよ、なんかあった?」
なんか大きな深呼吸が聞こえる。
なんなんだ?
夜中に何の電話?
「神田?どうした?」
神田は予想しなかったことを
『俺スーたん好きだから!!
スーたんとうちで暮らすことにしたから!!
まだスーたんには聞いてないけど!!
俺スーたんが大好きなんだーー!』
耳キーーーーーーーーーン
「ちょ…!あほか!音量考えろ!
真夜中にどこで叫んでんだよお前!」
『日本橋』
「や…日本橋でなに叫んでんの…頭大丈夫か…?」
『そういうことだから!』
「はいはーい、了解」
『へ?え、いいの?』
あ、なんか手震える
「スズとそうなったってことだろ?
スズがいいならいいんじゃねぇの?」
『あ…うん
でも一応やっぱ朝霧には言っときたくて』
「会ったときでもよかったのに
わざわざサンキュ-」
『いや…え?』
「あ、そうだ
小豆島の資料送ってくれない?
参考になりそうな案件があってさ」
『え、小豆島?あ、うん了解』
「じゃ、俺そろそろ行くな」
『うん』
電話を切った。
「……」
俺に何が言える
俺が手を離したんじゃないか
神田ならいい
神田ならスズが傷つくようなことはしない
スズが幸せなら
それでいい
それを望んだんだから
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