カージャック犯、静香

目が覚めると、スーたんは俺のTシャツをしっかり掴んで眠っていた。



床に敷いたクロス。

枕にした大きなクッション。

ガーゼケットを一緒にかけて話をしながらリビングで眠った。




間に合ってよかった。



あの日待ち伏せした俺、グッジョブ。

次の日死んだけど、カラオケオールした俺もグッジョブ。



そして昨日の俺、ナイスファイト!



「…いっ!…て」


足は腫れていた。

ヒビくらいは入ってるかもしれない。

高かった革靴壊しやがってあの友達め。


「スーたんベッドいこうか」

首の下と膝の下に手を差し込むと、スーたんは眠ったままだけどギュッとしがみついた。


「よっこらしょ…って軽!」


太ってはないけど、ガリッてる印象もない。

なのにこの軽さ。


痩せたのかもな。



ベッドに置くとごろんと転がって、またスースーと寝息を立てた。


疲れただろうな、昨日は。



「さ、行くか」



メモと鍵とお金を少し置いて家を出た。




まぶしい太陽が憎らしい。

誰だこんな日にゴルフコンペ企画しやがったのは。

心の底から寝ていたい。

体力と精神力を最大限に消耗して寝たのは3時だぞわかってんのか!

そんで起きたの5時半だぞ!

炎天下の元でゴルフなんか出来るか!



この足でゴルフなんか出来るかーーー!




「いや~いい天気だ!」

「ですね~」


「いいな、神田さんと室長オソロじゃん」

「デキてんだから言いふらすなよ」

アハハハハハ


東京郊外の某ゴルフ場


足が痛いと言い出せない俺


湿布貼って、テーピングでグルグルやったけど痛みは誤魔化せない。

月曜日もこの調子だったら病院だな。

骨折確定だ。



「おはようございます!」

「本日はお招きありがとう」

「腕が鳴るな~」

「いい音してます!」

他社お偉いさんが集まり始めた。


「神田くん!お帰り~」

「水田社長!またよろしくお願いします!」

「来週あたり行こうね」

「モチです!」

「モチモチ~!

 おっぱい大きいお姉ちゃんいる穴場見つけたんだよ」アハハハハ

おっぱいか~…おっぱいはいらないな。ハァ…



取引先が三社と、うちのエネ開本部のメンツと

仙台と広島と福岡から数人。


のうちの一人が皆さんご存じの


「おはようございま~す遅くなりました」


「お!静香ちゃん!」

「あぁ!瀬戸社長!お久しぶりです~」


来た来た、福岡支社のじゃじゃ馬娘。


「じゃじゃ馬って何よ失礼ね」

「主任!おつかれさまです!」

「嫌み?

 本部で主任に上がった男に言われたくないわね」

「静香ちゃんが先だったじゃーん」


俺は福岡でこのじゃじゃ馬娘の部下だった。2週間ほど。

朝霧が左遷された後の冬の終わり、静香ちゃんは主任に上がってほんの一瞬広島に飛ばされ、その後福岡に来た。

で、その一瞬の部下生活をしたのち、俺は本社に移動になった。



「皆様こちらへ!」

「クソ暑いけど開会式します!」



こうして始まった真夏のゴルフコンペ。


足痛すぎて


カコーーーン


まったく踏ん張れない



「どうした神田くん」

「や…不調みたいですね」

「せっかく帽子オソロなのに」シュン


「瀬戸社長すごーい」

「静香ちゃんも腕あげたんじゃない?」

「そうですか~?」

大人になったな、静香。

女使いこなせるようになったじゃないか。


静香と話す時間は、当たり前だけどあるはずもなかった。


こうして午前中回って、昼ご飯の時も、俺たちには接待という仕事がある。


にしても、足痛え。



スーたん何か食べたかな。

冷凍食品は買ってあったし、お金も置いてきたから買いに出てもいい。

もしいない間に、ヒモ太郎のところに帰っていたらどうしようという、小さな不安もあった。

ちゃんと嫌といえたし、自分を持っていたから、洗脳はされてないはず。

だけど大好きだったのも確か。

一人でいる間に揺らがないだろうか。


「神田くん行こうか」

「はい!」

「今日は不調だね」

「はい…ダイソン狙ってたんですけどね~」

「もうダイソンは獲れないかもな」

「ですよね」


午後の部が始まった。


灼熱の太陽の下、賞品は諦めたというのにブービーメーカー賞のために片足打法で打たなければならない。

静香ちゃん代打してくんないかな。


「ナイスショット~」パチパチパチ


「北尾部長に傘さして」コソコソ

「はい!」コソコソ



「神田主任、お忙しそうですね」

「まぁね」

「どうしたのよ、わざと?」

「ちょっと足ケガしてんの」


静香の差してた大きな傘が頭上を隠し日陰になった。

「いいわよ、足ケガしてるなら」

「足痛いけど傘は持てます」




大きな傘が、内緒話するには恰好の空間を作る。





「なぁ静香」

「ん?」


「スーたんってさ」



「やだ、懐かしい名前~」



あ、やっぱ朝霧あっての友達だったのか。



「や、なんでもない」



じゃあいいや。



「神田、あんた会ったりしてないよね?

 まぁこの狭くて広い東京で

 よっぽどの偶然ないと会わないだろうけど」


「や…今」


「時効かもしれないけどさ

 もし会っても海外赴任になったこと言っちゃダメよ

 スズちゃんにはもう東京の暮らしがあるのに」


「は?え、なんで?」



「今更ふられたんじゃないなんてわかっても

 迷ったりしたら可哀想じゃない」



待て…


「なんて言って別れたんだよ」


「え?聞いてないの?」



会えなくなるから

あえて別れたんだと

勝手に思ってた。



「好きな人が出来たから別れてくれって

 ストレートに言ったみたいよ」



「は?」



なんだよそれ…


あんなベタベタに愛されてた初めての彼氏にあっさりこっぴどくふられ、希望に満ちて東京に出たのに友達は出来なくて寂しい思いして


そこにヒモ太郎が現れたのか…?


「そりゃそうなるだろ!信仰するわ!

 朝霧マジで踊り狂って死ね!」

 ほかに言いようがあるだろ!」

「えぇ?!ちょっとどうしたのよ…!」

静香ががばっと俺の口を封じる。


「ナイスショット~」

エヘヘ

ナンデモナイデスヨ



「スーたん今うちにいるんだ」



「ぇ……」



「静香?」




「はぁっっっ?!」


「ちょっ…!」

思わず静香の口を押さえた。


スミマセンナンデモナイデスヨ


「なんでよ…!」コソコソ

「あ、瀬戸社長一人だぞ行ってこいよ」

「…もぉっ!」


スタスタ乱暴に傘を出て行った静香。

ここで話せる話じゃなかった。


だってまさか



そんな別れ方だったのか?





ゴルフの結果は散々だった。

というより、予想通りだった。


「ブービーメーカーは神田巧実さんでした~」


ヒューヒュー

パチパチパチパチ


いいんだ、俺はこのグルメギフトが欲しかったんだから。

スーたんのお土産にちょうどよかった。

スーたんが食べたいものを選べばいい。


「えーーでは、会食ご参加の皆様は

 19時に日本橋さざなみへお集まりください」


一旦解散にはなったものの、そんなに時間も無い。

お見送りをし、なんやらかんやらの備品を車に積み込み会社に置きに戻る。

そして家に車を置いて日本橋。


「東京駅まで送って!

 そんな荷物明日でもあさってでもいいでしょ!」


じゃじゃ馬娘にカージャックされた。


わかってる、何を話したいか。


「お疲れ様でした~」

「神田くん荷物お願いね」

「はい!」

「静香ちゃんまたね」

「室長ありがとうございました!」


ドスン!

バタン!


乗ってドア閉めてからの


「なんであんたんちにいるのよ!

 どういうことよ!説明しなさいよ!」


「ぐるじーー」


首しめられた。



「偶然、バイトしてる居酒屋で会ったんだ」

から

「誕生日にこんなで」

からの

「突撃したんだ」

まで話すと、膝の上でぐっと握りしめてる静香の手は震えていた。

鼻をすすって、涙を落として。


「静香?ティッシュそこにある」

手を伸ばしシュッと一枚取ると

ブォーーーン!

涙拭くのかと思ったら豪快に鼻噴きやがった。

「ゴミ箱そこ、パコンって開けて」

ティッシュを捨て、一度鼻をすすると


「クソ朝霧…!

 サンバりまくって死ね!

 いや私が殺す!神田!南米までぶっ飛ばして!

 四駆なんだから太平洋いけるでしょ!!」

「や…いくら四駆でも太平洋はちょっと…」


スーたんのこと、今でも好きなんだな。

朝霧ありきのお友達じゃなく、スーたんが引きずらないように静香も身を引いたのか。

さすが男前。


「や…ごめん

 朝霧を説得しなかった私も同罪だわ…

 あの時はそれが最善だと思えたのよ。

 これから華の大学生なのに

 会えもしない…電話だって難しい

 居て居ないような彼氏に

 縛られなくていいと思ったの」

「うん…だな

 別に朝霧が悪いわけじゃないんだけどさ」

「そうよね…

 そのクソヒモ助がまともな大学生だったら

 私嬉しかったと思うもん」


元を辿れば、なんて、朝霧だってスーたんのそんな未来を想像するわけない。

意味違うのに、未来って言葉だけでゾワゾワしてしまう。



「朝霧に話してみる。

 今日は無理だから明日にでも」



スーたんは朝霧の助けを待ってるかもしれない。



「は?え、なんで朝霧に言うの?」


へ?


「スズちゃんが朝霧に会いたいとでも言ってるの?

 朝霧なんか今関係ないじゃない」

「だって…」

「スズちゃんは朝霧を

 初恋の思い出の人くらいにしか思ってないわよ

 だってクソヒモ助を好きになってるじゃない

 前に進んでるのになんでわざわざ連れ戻すのよ」


でも…


「朝霧に何ができるのよ

 今スズちゃんを抱きしめてやれるのは

 朝霧じゃなくて神田でしょ」





「私はね、スズちゃんが幸せならどっちでもいい」





心のどこかにあった迷いは朝霧のことだと思う。


どうしても、朝霧の彼女というラベルが剥がせないでいた。


でも静香の言うとおりだ。



俺は、スーたんを抱きしめてやりたい



この手で幸せにしたいんだ。




会食が終わった0時過ぎ


俺は電話を掛けた。



RRRR RRRR RRRR



むこうは昼だろ



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