まさかの現状
東京本社に移動になって3日。
『今日は行けそう』送信
引き継ぎ関係が落ち着いて、今日は早く帰れそうだったから川津に連絡した。
高校時代のサッカー部の仲間たちとやっと集まれることになった。
出張で度々来ていたとはいえ、出張は友達と飲みに出れるような時間はとれなかったから。
19時半
仕事を切り上げ連絡をすると、休みだったらしい四人は先に集まって飲んでいた。
指定された待ち合わせ場所は
『ハチ公前な笑』
高校の頃の合い言葉の様なフレーズがラインに入ってきて、電車を待ちながら笑ってしまった。
新宿で飲んでると言っていたのにわざわざ移動してまでのこのネタ。
「巧実~」
「うわぁ~巧実お帰り!」
「え、酔っ払うの早くない?!」
懐かしい顔ぶれ
「ハチ公前へようこそ」
「誰だよそのネタ思い出したやつ!」
こんな思いつきが重なって
「店はそこに決まりました!」
「え、ここ?!」
高田が指したのは、全国どこにでもあるチェーンの居酒屋。
「学生時代が懐かしいだろ~」
こうやって重なって
「うわ~しばらく行ってねぇわ!」
運命としか思えなかった。
.
「らっしゃっせ~!」
「多そう」
「待つ?」
「待ってでも今日はここだろ!」
「腹減ったんですけど」
早く何か食いたい。
金曜日の夜。
店内は混雑しているように見えた。
「お、店員さんかーわいい!」
マサルは結婚しても可愛い子ウォッチングが趣味。
「何名様でしょうか~」
え…?
「えーっとね5!」
「4だろ!」
「や!5だろ!」
「数えらんね~!」
ギャハハハハ
なんで…
「5名様ですね~」
「マジか…」
思わず漏らしてしまった言葉を聞いて、店員は席の空白が書いてある表から顔を上げ
はっきりと目が合った。
「え……っと」
「スーたん…?」
「神田…さん…?」
俺はもう、会えるとは思っていなかった。
東京に来ていることは知っていたけど、星の数ほど人がいるこの東京で、こんなに偶然に会うなんて思いもしなかった。
会うことさえ諦めたこの恋が
こんな偶然で
「やっぱりスーたんだ!」
会えるなんて。
変わってない
いや、大人っぽくなった。
最後に会ったのは、本社の前で涙を浮かべていた修学旅行。
まだセーラー服を着ていた。
「5名様ご案内しまーす!」
朝霧と別れたとは聞いた。
理由までは聞かなかったけど、ブエノスへの転勤が理由だと想像するのは容易い。
「あぁあ、行っちゃった」
「全員とりあえず生?」
席に座ると川津はメニューを取り、マサルはまだスズちゃんの後ろ姿を追っていた。
「巧実、腹減ったんだろ?とりあえず食う?」
「あ…うん」
店内は客が多く忙しそうだった。
ベルを押しても来るのは違う店員。
忙しそうに歩き回るその姿は、あの頃、子供っぽさの残っていたのとは違い
改めて出会った
そんな感覚もあった。
「え、吉野サッカーチームやってんの?」
「まぁな~」
「巧実は?サッカーやってないのか?」
「商社マンは忙しそうだもんな」
「福岡でフットサルには入ったんだけど
全然行けなかったな」
「そういやマネージャーだった南田」
「おぉマドンナ~」
「げき太り」
あ、こっち見た。
手を振ると、遠慮がちに手を振り返してにこっと笑う。
やっぱり可愛いとか思ってしまう。
それから2時間もいなかった。
注文した料理がなくなると酒田が
「次はやっぱビッグエコーでしょ!」
そんなことを言い出して、俺たちは店を出た。
帰り際、スーたんは厨房に入っていき会えなかった。
「巧実?聞いてんの?」
「え…ごめん何?」
高校時代によく行ったカラオケ。
テンション高くそこに向かいながら思い出話は尽きなかった。
「なんかあるのか?あの子」
酔っ払ってたはずの川津が、いきなりしらふなトーンでそんなことを言った。
みんな立ち止まる。
人通りの多い場所で、邪魔そうに通行人はよけて通る。
「なんかって…」
「知り合いなんだろ?」
「まぁ」
「ただの知り合いじゃなさそうだけど」
「や…なんていうか同期の元カノで…」
「行ってこいよ」
え?
「美步ちゃんと別れたのって、あの子?」
「えぇ!マジで!」
「その顔正解だろ!」
「偶然がすぎるだろ!」
「相変わらずわかりやすいな巧実」
「冷静になる前に会ってこいよ」
俺が帰ってきたからって集まってくれたのに、俺は一人、さっきの居酒屋に戻った。
冷静になる前に会わなければいけないと思った。
冷静になったらきっと、会いに行けない。
会って何を言うかは決めてないけど
これは
運命としか思えなかった。
人通りの多い居酒屋の前で、歩道と車道の境目のガードレールに腰掛け、出てくるのを待った。
もし裏口なんかがあったらアウト。
でもすぐ裏には大きなビルがあるし
両サイドも建物が密着して小道がありそうにも見えないから、おそらく出入り口はないと思える。
こんなとこで出てくるのを待って、気持ち悪いだろうか。
気持ち悪がられたら諦めよう。
うん、待ち伏せされて気持ち悪いなら俺の出番はない。
「あ…雨」
ポツポツと落ちてきた大粒の雨。
すぐに雨足が強くなると予想できるような大粒具合。
三軒先のローソンに走った。
傘を買い、また店の前に戻ると窓の中にスーたんが見えた。
会って何を言おう
朝霧は今でも好きなのか?
色んな疑問と迷いが浮かんでは打ち消し、出てくるのを待った。
酷くなる雨足が地面に跳ね返り、ズボンの裾をぬらした。
どのくらい待ったのか、入り口の自動ドアが開き
「お疲れ~」
そんな声が消えると
「あ、雨だ」
出てきた女の子はハンカチを頭に乗せ走り出した。
「スーたん!」
今しかない。
冷静になる前に。
「待ってたんですか…?」
「あ、うんごめん
迷惑かと思ったんだけど」
やっぱキモかったか
「全然!ちゃんと話せなかったから嬉しいです」
マジ…?
本当に嬉しそうに笑ってくれた。
よかった
まだ諦めないでいい。
「あ」
濡れる
傘を傾けてしまったのは、なんの意図もな
なかった。
濡れてしまうと思った反射的なものだった。
だけどスーたんは少しだけ体を引いた。
身構えるというか、線を引くみたいに
「あ、じゃあローソンまで」
「え?」
「傘買おうと思って」
やっぱダメか
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「あ、すみません」
「どうぞ」
スマホを見て、パッと嬉しそう笑う。
メッセージの相手が、喜んでしまう様な関係のやつなんだろうと考えなくてもわかった。
わかりやすい。
そういう相手がいてもおかしくない。
だって大学生だ。
そしてこれは本当に
見るつもりはなかったんだ。
でも傘に入る範囲の距離で、俺の目下で
『一万もらうね
都展のメンバーと飲み行くことになった笑』
「……」
はい?
一万もらう?
え…え?
待って待ってスーたんのお金をもらうんだよな?
え?なんで?え?え?
スーたんがそこにいなくても、スーたんのお金を手にする事が出来るほど近い関係。すなわち彼氏だよな。
さすがに結婚はしてないよな?
「スーたん…彼氏?」
「え、あ…はい」エヘヘ
どういうこと?!
何で彼女の金もらうんだ!
飲みにいくのに彼女の金もらうってなに!
「大学生…?」
「はい!一つ上なんだけど同じ大学の美術なんです」
「へ…へぇ~…」
「油絵やってて、今度都の展示会に出す作品が
なかなか大変そうで」
「そ…そうなんだ」
あ!わかった!同棲か!
財布を一緒にしてるんだな!
それなら一万もらうもおかしくない!
そうだきっとそうだ!
「一緒に住んでんの?やるね〜」
「え?」
「え?」
違うのか?!
「いやいや!まさか〜
住んではないですよ~遊びには行くけど」
待て待て待て!
じゃあやっぱスーたんの金じゃん!
え?え?なんで?どういうこと?え?
やっぱどう考えてもえ?しか言えねえ!
え?なんで?!
住んではないけど彼の家に金を置いてるって事か?!
なんで?!なんのために?!
あ!わかった!保険的な感じか?!
何かあったときのために?!
だとしてもなんにしても何故彼氏が一万もらうんだ!10000歩譲って借りろ!
あんな頑張って働いたバイト代を軽~くもってける彼氏って!
大体(笑)ってなんだよ!
てめぇの金で飲めや!
いや無いからスーたんの金か!
金がないのに飲みにいくな!稼げ!
「神田さん?どうしたんですか?」
「か…彼氏はなんのバイトしてる…の?」
あ、突っ込みすぎた?
あきらか不審な顔したぞ今。
「だから~、都展で忙しいし
美術は締め切り締め切りでバイトする暇ないんです」
「あ…そうなんだ…大変だね~…」
「そうなんです!だからね毎日千円渡すんだけど
千円が限界だから申し訳なくて
彼も節約して協力してくれるんです」
は?
「ちょっと待って…頭痛い…」
「え、大丈夫ですか?風邪?」
それって…
ヒモかーーー!!
完全にアウト!!
「神田さん、濡れてる」
「あ…うん俺は大丈夫」
「神田さんはなんで東京に?出張ですか?」
「いや、転勤で…
3日前に来たばっか」
「そうなんだ~」
そんな彼氏やめろとか言っていいのか…?
「じゃあまた会えますね!」
え?
大粒の雨が、コンビニで買ったビニールの傘にボタボタと音を立て落ちる。
「スーたん、それ貸して」
「え…」
「何か困ったことがあったら連絡して?」
スーたんが手に持っていたスマホには、ハッキリと今みたラインのメッセージ。
返信途中のメッセージは
『いいよ〜ミッキーの袋から取って』
電話番号を打って、神田と登録した。
「俺からは連絡しない」
スーたんと連絡を取りたい下心はなかった。
直感というのか、いつか何か困ることがあるんじゃないかと思った。
助けてくれる友達や、大学のほら真田の彼女とか、バイト先の年寄りとか色々いると思うけど
だけど今
俺が必要なんじゃないかと思えた。
だからこうやって再会したんじゃないかと思ったんだ。
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