ハタチの誕生日①ふるさと
梅雨は明けたのでしょうか。
「暑い…」
扇風機がぬるい風を振り回してくる。
最近は大体アラームよりも前に起きれるようになった。
だって暑くて寝てられないんだもん。
アイス枕も明け方には、ぬるくてぶよぶよの通気性最悪な枕になり、アイス枕で湿った枕のぬるさがまた気持ち悪い。
エアコンつけて寝たい。
でもエアコンつけっぱなしで寝たら、電気代いくらになるかな。
お父さんがくれる生活費で電気代と水道代とガス代を払うのと、食べる分くらいはある。
それにバイト代もあるから十分なはずなのに
なんかいつもすごくお金ない。
ひらっとっした小花柄のワンピース。
なんていうの、こういう生地。
綿じゃないサラサラでふわっとひらっとするやつ。
ウエストでヒモをきゅっと結んで、合わせる靴は厚底のスポサン。
ノースリーブで涼しいし、裾もひらひらで涼しい。
小さな小さな台所で、水筒に氷を入れて作っておいた麦茶を満タンに注いだ。
朝ご飯は冷凍しておいたご飯を温めて塩をかけて食べる。
初めの頃こそ、納豆やウインナーやキムチを買っていたけど、使い切る前に期限を過ぎて捨ててしまうことが多かった。
牛乳なんて3日じゃ絶対飲めないし、ヨーグルトも期限切れになる。
それがもったいなくて行き着いた先が塩だった。
家で食べるものを節約して、昼の学食で食べたい物を食べる。
そんで夜はバイト先で賄いご飯。
モグモグモグ
でもこの塩ご飯、美味しいの。
塩分は大事だしね。
プチプラで揃えた化粧品でメイクをして、格安在庫処分でゲットしたコテで髪を巻く。
こうして出来上がる女子大生の私。
入学祝いに麻衣ちゃんが買ってくれたノースフェイスの黒のリュックに、教科書や楽譜を詰め込んで家を出た。
今日も1日頑張るぞ~!
なんて、しゃかりき元気な主人公はもう演じられない。
「はぁ…」
家を出るとため息。
今日も大学かって。
早く夏休みにならないかな。
大学まで20分ちょっと歩き、大学内をさらに5分程度歩くと、ピアノ科の棟に到着する。
今日はピアノの授業が二限あって終わり。
稲森教授の講義室の前でサンダルを脱ぎ、靴下をはいている時だった。
「あ、おはよ」
バッタリ会ったのは、同じピアノ科の夏川さんと上原さん。
「おはよ~」
「暑いね~」
挨拶はするけど、一緒に座ったりするほどの仲でもない。
教室の中には、数人で座ってる人たちもいれば一人で座ってる人もいる。
私もその中の一人だから、見た目は別に変ではない。
一人が好きな一匹狼にでも見えると思う。
だけどそうじゃない。
好きで一人なのと、仕方なく一人なのは全然違う。
今まで、友達を作りたいと思って作ることもなかったし、知らないうちにいつの間にか、周りには友達がいた。
一人でいたことなんてなかった。
この講義室には、前に大きなグランドピアノが一台あり、机と椅子はピアノに向いて扇状に並んでいる。
ここの棟にはほかにも、ピアノが一人一つ置いてある教室もあれば、なんにも置いてない教室もある。
三階には、カラオケボックスみたいにドアがずらっと並んでいて、狭い部屋にピアノが一つ。
個人練習に没頭できる部屋もある。
「始めましょうか~」
稲森先生はすごく優しいおばあちゃん。
いくつもコンクールで金賞を獲って、フランスのなんとかで弾いていたとか、すごい人らしい。
時々講義の合間に話してくれるピアノの話は面白かった。
世界的なコンクールの本番の大事なときに、急にストーブ消したか気になって仕方なかった話とか。
ピアノを弾くために移住したフランスのアパートがまさかの楽器禁止だったとか。
「じゃあね、昨日言っていた曲
早速披露してもらうかしらね」
ピアノの蓋を開け、稲森先生は課題に出していた曲をスローなリズムで鳴らす。
「誰からいこうかしら~」
その曲が終わると
「はい、根岸さんお願い」
最初に指名されたのは、お父さんが指揮者らしいおうちのお嬢さん。
お母さんはバイオリン教室をしてるとか。
音楽一家。
着ている服もお洒落。
トートバッグはいつもブランドだし、ネイルも可愛い。
「よろしくお願いします」
しかもおしとやか。
部屋に広がる音色。
それは懐かしさを覚える音色。
課題の曲は『ふるさと』だった。
そう、あのふるさと。
ここにいる人みんな簡単に弾けちゃうやつ。
「はい、いいですね」
「ありがとうございます」
「では次はね、長田さんいきましょう」
そうやって、先生が気のままに指名し、同じふるさとを弾いてまた指名して。
そんな授業だった。
「じゃあ、青井さんお願いね」
「はい!」
私が呼ばれたのはちょうど10番目だった。
ピアノの前でみんなに向けて礼。
そして先生に礼をして椅子に座り
ふぅっと一呼吸
『ふるさと』と言われ、私が思い浮かべるのは馬由が浜。
お父さんとお母さんに連れられて、子供の頃から何度も遊んだ海。
スイカ割りもしたし花火も見た。
お父さんもお母さんも麻衣ちゃんも笑ってた。
楽しかった。
電車を待つ馬由が浜の駅。
夏祭りの縁日。
初詣の馬由が浜神社。
家族がいて友達がいる。
大好きなふるさとは馬由が浜。
「はい、とてもよかったですね」
「ありがとうございました」
「楽しかったのかしら?
そんな気持ちが音に素晴らしく表現できてましたよ」
「はい!」
やった!
嬉しい!
美来くんに報告しなきゃ!
授業が終わりみんなが教室から出ていく中、早速美来くんにラインをしようとスマホを出した。
「美月の方が上手かったよ」
「だよね」
視線を感じた。
「ぼっちのくせに」クスッ
「友達いないとか引くよね」クスクス
「性格に難あり」クスクスクス
胸はぎゅっと苦しくなって、ドクドクと心臓が変な音を出した。
笑いながら出て行く根岸さんたちは、ドアのとこでチラッと私を見てまた笑った。
『もしもーーし、スズ?あれ?スズ?』
手に握っていたスマホから、美来くんの声が聞こえた。
「あ、ごめん」
『スズ終わり?俺このあとアトリエ行くけど
その前にアイスでも食わない?』
「食う…」
『んじゃ3号棟の前の売店行くね』
美来くん…
早く美来くんに会いたい。
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ライン?美来くん?
『スズHappyBirthday!』
杏奈だった。
『タケルからもおめでとう』
『スタンプはタケルチョイス』
シュッシュと落ちてくるメッセージ
それと一緒に落ちてきた写真。
タケルくんが撮ったの?
杏奈が大笑いしてる。
あ、ヤバい泣く
杏奈は去年も今年も、私の誕生日を忘れなかった。
『ピアノがんばれ~』
うん
頑張るよ。
「おーーいスズ」
美来くんは手に二つ、カップのバニラアイスを持っていた。
「バニラでよかった?」
「買っててくれたの?」
「俺のおごり」
「ありがとう!」
木陰のベンチに座り、蓋を取って木のスプーンを差すとまず私にくれる。
「ありがと」
「どうかした?元気ない?」
「え」
「違うならいいけど」
なんか言えない。
「さっきね、稲森先生に褒められたの!」
「え、マジかよかったじゃん
言ってたふるさと?」
「そう!」
嬉しそうに聞いてくれる。
褒められて嬉しかったのを喜んでくれる。
「美来くん」
「ん?」
ぱくっとバニラアイスを口に入れ、美来くんは私の顔を見る。
私今日誕生日なんだけど
覚えてる?
「今日終わったらさ、何か食べに行って
どっか遊びに行こう?デートしたい」
だって誕生日なの。
「ねぇ今日私の…!」
「今日は無理だな」
「なんで…?」
「たまには別行動しようぜ
スズも誰かと遊びたくない?」
そうだよね
いつも私いるもんね
「あ、スズもう帰るんだっけ?」
「うん、今日はもう授業ないし」
「じゃあ帰ったら洗濯しといて」
「うん」
うまいなって、美来くんはバニラアイスを食べた。
食べながら私の頭を撫でてくれる。
「俺もふるさと聞きたいな」
ふるさとを褒められた私を喜んでくれて。
一人じゃない。
キャンパスでこうやって一緒にアイス食べる人がいる。
一緒に喜んでくれる人がいる。
「あ、そうだ」
「ん?」
「スズ500円ちょうだい
デッサン用の鉛筆落としたらしくてさ」
「うん、売店にあるの?」
「あるある」
アイスを食べ終わり、美来くんに鉛筆代の500円を渡して、私は帰ることにした。
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『誕生日おめでとう♡』
キノコだ
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『今日誕生日だろ?
画家の彼氏とデートか?
二十歳おめでとう』
英介…
涙はもう止められなかった。
すれ違う人が泣いてる私を変な顔で見る。
人がいない馬由が浜と違うのに、泣いてるなんておかしいよね。
だってここは人が沢山いる表参道。
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今度は誰…?
『今日シフトでれますか?16時』
店長だった。
一人で蒸し暑い部屋で過ごすより、バイトで大きな声出して笑ってる方が楽しいに決まってる。
『出れます!』送信
涙を拭いて、太陽の照りつける坂を歩いた。
馬由が浜の太陽と同じはずなのに
東京の太陽は
違って見えた。
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