バイト終わりの待ち伏せ

変わってない


あの頃と同じ


驚いた顔は



「やっぱりスーたんだ!」



パッと、嬉しそうに笑った。





パンケーキを頬張ったときを思い出す、嬉しそうな笑顔。





「どうして?」

「あ、東京に」

って、悠長に喋ってる段じゃない。

「スズちゃんオーダー行って!」

「はい!」

「忙しそうだね」

「ごめんなさい…」


「5名様ご案内しまーす!」


神田さんたちをお店の奥の空いてた席に案内してから、忙しくて喋る暇はなかった。

タイミングよくオーダーを取りに行く事も出来ず。

だけど目が合うと、神田さんは笑って手を振る。

だから小さくこっそり振り返した。


「店長これ持ってっていいですか?7番?」

厨房の中で店長がニヤっと笑う。

味見しすぎたのか狭い厨房の中でだいぶ幅とってる。

「青井ちゃーん、誰よあれ」

「芸術家の彼とはまた違う種のイケメンね

 うぶそうな顔してやるぅ〜!」

パートの主婦さんは手元を見なくてもキュウリが切れる。

「そんなんじゃないです」


「じゃあどんなん?」


どんなって



「高校時代の元彼の友達です」



厨房との間のカウンターにずらっと並ぶ伝票の紙にチェックを入れ、運ばれるのを待っていた焼きナスを持ってった。


それから2時間弱。

途切れることのない接客をしつつ、トイレチェックに行ったり、厨房の補充を手伝っている間に、神田さんたちのグループはいなくなっていた。

久々に会ったのに全然話せなかった。

出張か何かで来たのかな。

神田さんは福岡支社だったはず。



「青井ちゃーん、30分延ばせない?!」

「大丈夫です!」

いくら私でも、この席の埋まり方でお先に~とは言いづらい。


22時までの予定だったけど、30分どろかお店を出たのは23時を過ぎていた。

「気をつけてね~」

「はい!お疲れ様でした!」

「お疲れ~」

店の奥で着替えて、店を通って出る。


家はここから歩いて30分。大学からは15分で来れる。

だから便利なの。

人も沢山いるしお店もたくさん開いてるから夜でも全然怖くない。

馬由が浜のこの時間の闇感を考えたら同じ日本と思えない。



「あ、雨だ」


いつの間にか雨降ってた。


三件隣のローソンでビニ傘買うか、お店に有る誰が使ったかわからないボロい忘れ物傘を使うか。

でもお店のを使うと乾かして返さないといけないから面倒。

晴れた日に無駄に傘持って行くのも、雨の日に余計に一本持ってかなきゃいけないのも。


もう一本あってもいいし買おう


タオルハンカチを頭に乗せ、いざ!!



「スーたん!」



え?



ダッシュモードになっていた足が呼び止められて急停止。



傘からボタボタと溜まった雨水が落ち、グレーのスーツの足下は、跳ね返る雨に濡れ色が変わってしまっていた。


「待ってたんですか…?」


「あ、うんごめん

 迷惑かと思ったんだけど」



「全然!ちゃんと話せなかったから嬉しいです」



神田さんが私に傘を傾ける。



「あ、じゃあローソンまで」

「え?」

「傘買おうと思って」


「家遠い?」

「30分くらいです」

「送るよ」


相合い傘で家まで?

この雨だからもっと濡れちゃうし

それに


「大丈夫です!傘買って走って帰るので」


例え元彼の同僚で、何の関係もないとしても、男の人と相合い傘で帰るなんて、美来くん嫌がると思うし。


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「あ、すみません」

「どうぞ」


美来くんからラインだった。

迎えに来るのかもしれない。

遅くなったし雨降ってるし。



『一万円もらうね

 都展のメンバーと飲みに行く事になった笑』

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