思いがけない再会
大都会東京のど真ん中にあるキャンパス。
二年生になればさすがに東京にも慣れたし、大学生活にも慣れた。
広い広い大学の中にある三カ所のカフェみたいにオシャレな学食。
音楽系の近くにある一カ所は、サラダバイキングがあってメニューもオシャレ。
うどんやラーメンなんかはない。
麺類はパスタやフォー。
煮魚とか味噌汁もない。
ムニエルやガスパチョ。
そんなオシャレカフェでお昼ご飯は基本一人。
美来くんと出会ったのはここだった。
美術系の近くにはもう一カ所の学食があるから、美術系の人がここで食べるのは珍しい。
美来くんに出会ったその日、美来くんはお友達と限定のトルコライスを食べるためにこっちの学食まで足を伸ばしていた。
そしてたまたま私の隣に座って、声をかけてくれた。
「え、パスタ箸で食べるの?やるね」って。
初めまして感のよそよそしさがないしゃべり方が、ぼっち心に沁みた。
「あ、スズ」
今日も一人、夏季限定トマトカレーを食べようとしてたときだった。
「マドカさん!」
同じカレーをトレーに乗せたマドカさんが隣に来た。
マドカさんがこの大学に呼んでくれたとはいえ、管弦楽は別棟。
大学内でも全然会わなかった。
「どう?二年生になって」
「どうって、全然変わりません」
「この前のコンクールとれてたじゃない」
「はい、それはなんとか」
「いただきまーす」
手を合わせ、スプーンでカレーをすくうその手には指輪。
「赤ちゃん、大きくなりましたね」
見た目にわかるほど、お腹は大きくなっていた。
「もう動くのよ」
「うそ!さわらせて!」
「つわり終わって楽になった~」
そう言って大きな一口をパクリ。
「真田さん、早く帰ってこれたらいいですね」
「まぁ隔週帰ってくるけど」
そう言って笑う顔は幸せそう。
真田さんは私が大学に入った年の秋に沖縄に転勤になった。
何度かマドカさんと三人でご飯食べに連れて行ってくれたりしたけど、真田さんは光輝のことは一言も聞かなかったし、光輝のことが話題になることもなかった。
私たちの共通点はそこだったはずなのに、不自然なほど誰も口にしなかった。
「彼氏と仲良くやってる?」
「はい」
少しだけふっくらした印象になった。
初めて会ったときのマドカさんは、余計な物が何もついてない痩せ痩せだったから。
なんだか優しい雰囲気になった。
「今日はバイト?」
「はい」
「真田くん帰ってきた時にでも食べに行くわね」
「はい!是非!
そうだクーポンあげときますね!」
「そんな貧乏くさいのいらないわよ」
ぼっちじゃない昼食を終え、午後はひたすらにピアノを弾く時間。
グループで弾いて感想を言い合ったり指摘しあったり、ピアノ科全員の前で即興で弾かされたり。
あとは個人的に、講師に指導してもらったりする。
グランドピアノを囲ってみんなが注目する中弾くのは、やたら緊張する。
だって、「わ~上手ね」ってピアノを知らない人が楽しんで見てるんじゃない。
私の何倍も上手い人たちが、弾き手の視点で音を聞く目が怖い。
どうにかこうにか今二年生になったけど、気を抜いたら退学してしまいそうな毎日だった。
だから
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『昼飯なに食った?』
美来くんの存在は大きかった。
『トマトカレー』送信
『うまそ』
『おいしかったよ』送信
『スズにカレーかけて食いたい』
やだもぉ〜
.
「いらっしゃいませ~!何名様ですか~?」
そこそこ大きなチェーンの居酒屋。
バイトは情報誌に選び放題レベルであった。
そんな中からここにしたのは、全国的に有名なお店だからなんか安心?みたいなイメージで。
初めてのバイトだから不安だったし。
それに家までどうにか歩いて帰れる距離。
「お席にご案内しま~す」
大都会東京。
そこら中に会社があり大学があるから、お客さんの層は様々。
大学生のノリノリ飲み会もあり、サラリーマンの仕事帰りに一杯もあり。
「ねぇねぇ店員さん」
「はい!ご注文ですか?」
「おっぱい何カップ?」
「え…?!」
「かーわいいーー!」
「赤くなったーー!」
「揉ませてーー!」
ぎゃーーー!
ピンポーーン
あ!助かった!
「お伺いしまーす!」
困ることもあるけど、消去法でえらんだ割に私は人生初のアルバイトを楽しんでいた。
「スズちゃんこれ三番ね!」
「はい!」
「オーダー誰か行けない?!」
「レジお願い!」
「三番行ってから入ります!」
忙しさに対応できるようになった自分が楽しい今日この頃。
「お待たせしました、揚げ出し豆腐です」
「あ、注文もいいですか」
「はい」
ポッケからピッピするやつを颯爽と取り出す自分に酔う。
「生中2」
「ありがとうございます!」
ピピッと送信。
「らっしゃっせ~!」
そのとき聞こえたいらっしゃいませは、厨房にいる社員さんの声。
これは「お客さん来たで~」って合図。
ホールにいる人誰か行けよってこと。
だからその声に輪唱して
「いらっしゃいませ~」
と言いながら、ピッピ押しつつ店の入り口へ向かった。
「何名様でしょうか~」
「えーっとね5!」
「4だろ!」
「や!5だろ!」
「数えらんね〜!」
ギャハハハハ
2軒目なのかな。すでに酔っぱらい。
「5名様ですね〜」
「マジか…」
数人いたお客さんの一人が、その場のテンションにふさわしくない冷静で小さな声を上げた。
目が合った。
だけど一瞬わからなかった。
だって、まさかだったから。
「5名です5名!」
「お姉ちゃん可愛いね!大学生?!」
「さっそくナンパします!」
「え…っと」
「スーたん…?」
「神田…さん…?」
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