第5話 勝てないと認めるな

一匹の黒い蝶が宿屋の鎌江コアの部屋に入ってくる。そして蝶は鎌江コアとなる。彼は急いで入ってきた窓を閉める。ほんの少し背中がヒリヒリする程度には痛い。


「これでよし」


蝶から鎌江コアになった時に床に落ちた鉄扇を拾う。この鉄扇には大きな秘密がある。とある箇所に魔力を通せば蝶になる力である。その副産物として爆発が起きる。爆発を使い、灰を吹き飛ばして逃げてきた。


さて灰は向かい風ではないし、ここまで飛んでこないことに安心できる。なんというべきか濃い一日だった。生徒会選挙の推薦人になって、帰ってたらセレーノ教の幹部に会うって、どこまで不運なんだろう。でも前世よりは良い。

さて飯を食いに行くか。


宿屋の一階の大部分は店のように質素なテーブルとイスがある。その奥には厨房となっている。今はピークを過ぎた時間ではあるが、普段よりも食事をとっている宿泊者が少ないことに気付く。推測はつくが一応確認しておくか。


「スピアルさん、今日はなんでこんなにも少ないんですか?」


階段付近のイスに座ってお酒片手におつまみを堪能しているスピアルさんに聞く。スピアルさんは商人の護衛のために首都に来ている傭兵の方らしい。


「コアか、セレーノ教幹部グリージョ・オノーレが現れたと噂になっているからな、警戒してみんな逃げ出す準備忙しいんだよ」


「…質問に答えていただきありがとうございます」


「気にするな」


一礼をしてスピアルさんから去って、厨房に向かい、注文をする。近くのイスに座って料理が来るまで待つ。

灰色の魔女にしてセレーノ教名誉幹部グリージョ・オノーレか。灰が最大の脅威といっていいだろう。付着したものは燃え出し、灰となりて被害を拡大させていく。付着してからの対処の方法はあるのかわからない。現状、付着したら死ぬ。また魔女であることを考えると魔法も厄介になってくるだろう。

今もなお疑問が湧いてくる。なぜ俺が泊まっている宿屋を攻撃しなかったのか。本当に俺は逃げ切れたのか。なぜ相手は体術と灰のみで戦かったのか。セノーレ教と接敵した最初、あの通りだけ暗くなっていたのか。キリがない。


次、また戦う機会は来る。もっと強くなるしかない。それと同時に選挙にも勝てるようにする。

決意をして、料理が運ばれてくるのを楽しみにしていた。




次の日、学園に行くと案の定、休校を知らせる大きな紙が校門に貼り付けられていた。セレーノ教による首都への襲撃が理由とされ、安全確認のため四日間、休校ということだった。

校門前では生徒たちがコソコソと会話していた。


「セレーノ教か、怖いねぇ」

「しかも幹部が現れたって噂あるし、外に出るのが怖くなるなぁ」

「夜は出歩かないでおこう」

「確かに、それがいいね」

「首都の防衛体制は一体どうなっているの」


確かに首都の防衛体制については思うところはある。急なことだったとはいえ大通りが無茶苦茶にされているのに治安維持隊が来たのはどうやらグリージョ・オノーレが去っていってから。身の安全をとったことに対して賛否両論。本来、襲撃者が被害を拡大し続けた時に出動し、襲撃者を追い払うまたは確保するのが役割である。だからセレーノ教幹部が現れ、被害を出したならすぐに出動すべきという真っ当な意見もあれば、勝てない相手に対して出動するのはおかしいという今回の件を正当化しようとする意見もあった。俺としては勝てないって認めたら治安なんて崩壊するのに何を言ってんだという気持ちだ。


「いた」


昨日聞いたばかりの声がする。背中がツンツンと突かれる。視野の隅にアメジスト色の髪が見える。


「御機嫌よう、カリベルト」


振り返りながら挨拶をする。彼女はいつも通り澄ました様子だった。

少し周りから注目されている。


「御機嫌よう、鎌江君。早速で悪いけど、付き合って」


周りがザワザワしている。やれまだ付き合っていなかったんだとか、なんて大胆!みたいな声が聞こえる。

俺と同様周りの声が聞こえ、失言に気付いたカリベルトは赤らめつつ、言い直す。


「い、いや、少し話したいことがあるから付いてきなさい」


「お、おう」


意識してしまい、少し返事がおかしくなる。なんだか照れくさい。

早くこの場から去りたかったのか、カリベルトは俺の手を掴んで急いで歩き出す。


周りがさらに騒がしくなったのはいうまでもない。









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